第二百二十五話 街へ行こう!(その六)
ブレフとシスティちゃんと、軍服ちゃん。
三者は、異なる表情で、俺を見ていた。
俺の悶絶する姿が滑稽だったからか、ブレフは爆笑。心優しシスティちゃんは、心配そうな顔をしてくれている。
そして軍服ちゃんは、驚いたように、目を見開いている。
紫色の果実をたっぷりと買って、三人の元へ戻ると、軍服ちゃんが駆け寄って来た。
「き、キミ、さっき魔術を使わなかったか?」
む?
たったあれだけで、魔術の行使に気付いたのか?
詠唱もしてないし、風の魔術も、視認出来るような強さではなかったと思うが……。
軍服を着ているだけあって、憲兵とか特高とか、治安維持側の存在なんだろうか?
街中で勝手に魔術を使うと罰せられる場合があると云うが、それで質して来たとかか?
「俺、一応、免許持ちだから、あれくらいの魔術は使っても平気なはずだけど……」
「免許!? キミはその若さで、魔導士だとでも云うのか!?」
正確には、魔術師ですがな。
「えっと、軍服ちゃ……コホン、キミの後ろに立ってる男の子も、魔導免許持ちだよ?」
「何だって!?」
軍服ちゃんが振り返ると、ブレフは、にししと歯の見える笑顔で免許証をかざしている。
よっぽど嬉しかったんだな、合格出来たの。
「し、信じられない……! 余程の天才なのか、それとも、師が飛び抜けて優れているのか」
俺の場合は、後者ッス。
「キミたちは、同じ人物に師事しているのか?」
「いや。別々だけど」
「む? そうなのか……」
ちょっと残念そうな顔をする軍服ちゃん。
何だろう?
子供ふたりを魔導士に仕上げることの出来る凄い人を期待したのかな?
だが、すぐに決意めいた顔をする。
なんと云うか、なりふり構っていられない感じだ。か細い藁にも縋りたいかのような表情だ。
「キミたちの師は、どのような人物なのだろうか?」
「おう。凄く頼りになる人だぜ?」
「超可愛い。ヤバいくらいにラブリー」
俺とブレフが同時に答えた。
軍服ちゃんは、俺の方を見て眉をひそめたから、望む回答では無かったのかもしれない。
でも、間違ってないと思うんだけどね。
「むむーっ! にーた、ふぃーは!?」
「も、もちろん、可愛いぞ?」
妹様の方が反応されてしまったか……。
この娘は、どうにも俺とエイベルが仲良くするのを警戒しているフシがあるからな……。迂闊だったか。
「アル……?」
そして何故か、俺の袖を引っ張ってくるぽわ子ちゃん。
どんな言葉を要求しているのか、そりゃ分かるけどさ。
「か、可愛いよ、ミル……」
「――――ッ!」
ぽわっとした瞳が、ぽわわっと見開かれる。
何故だか、背景にキラキラと星が輝いている気がするぞ。
「むーっ! にーた! ふぃーだけ! ふぃーだけ褒めるの! じゃないと、危険なのー!」
妹様が激怒されてしまった。
しかし、危険って、何だ?
軍服ちゃんは、俺の様子を見て見切りを付けてしまったらしい。
ブレフに、ズイッと近づいた。
「不躾で申し訳ないが、キミの師の名を、この私に教えてはくれないだろうか?」
「え? ああ――。シャークさん、だけれども」
「シャーク!? それはもしや、ギルド執行職の、シャーク・クレーンプット氏のことか!?」
む?
我がグランドファーザー、それなりに有名なのだろうか?
軍服ちゃんは、食いつくようにしてブレフの肩を掴んだ。
「あ、ああ。シャークさんは、冒険者ギルドの執行職だぜ?」
「ならば、頼む! どうか、この私を、シャーク氏を会わせて欲しい! 先程も云ったが、命に係わるかもしれない重要な案件なのだ!」
ブレフは戸惑って、こちらを見る。
爺さんの家に連れて行って良いものかと。
そして、何故か力強く頷く、ぽわ子ちゃん。
何故、その子が、って感じでブレフの戸惑いがより大きくなった気がするが、俺にはどうしてやることも出来ない。
「アルママは、私の親友~……。挨拶は、必要……?」
どういう事だ?
軍服ちゃんじゃなく、自分がセロのクレーンプット家に来たいだけなのか?
わからん……。
ぽわ子ちゃんの考えが、読めん……。
「むん……? アル、悩んでる……? 悩みがあるなら~、私がきいてあげる……?」
頭を撫でられ、優しく囁かれてしまった。何で俺が心配されてんだろね?
「めー! にーた助けてあげる、それ、ふぃーのお仕事! 誰にも渡さないっ!」
いかん。ぷんぷんモードのフィーが加わると、収拾がつかなくなるぞ。俺に止められるだろうか。
その時、控え目な黒髪の女神が、ちいさく手を挙げた。
「あ、あの……。ここだと目立ってしまいますし、とりあえず移動してはどうでしょうか……? シャークおじさんなら、きっと話を聞いてくれると思いますし」
まともな子がいるって、本当に助かるよね。
俺たちは、セロのクレーンプット家に移動した。
※※※
「アルちゃん! フィーちゃん! おかえりなさ~……あら? あらら? ミルちゃん?」
「そう。私はミル……。アルママの親友……?」
「いえ~ぃ!」
ぱちんとハイタッチしているふたり。
何だろうね、この空気。
マイマザーは、そのまま、俺とフィーとぽわ子ちゃんを、いっぺんにだっこしてしまった。
まるで、全員自分のものだとでも云わんばかりだ。
「何だ? お前たち、友だちを連れてきたのか? って、うおぉっ!?」
ムキムキの爺さんが、ぽわ子ちゃんを見て驚いている。そう云えば、面識はあるんだったか。
「おい、お前等、どういう事か説明しろ! さっき、うちの若いもんが、星読み様のご息女は来ておりませんかと、青い顔でやって来たぞ? 迎賓館に、変な手紙を入れたんだろう? 脱走を手伝ったのも、お前等の仕業なのか?」
まあ、こんなちゃんぽんな状況じゃあ、何も分からんだろうな。
だが、その前に、軍服ちゃんの話を聞くべきなのだろう。
人の命が掛かっていると云っていたし。
俺が云うまでもなく、軍服ちゃんは、シャーク爺さんの前へと進み出た。
「失礼。冒険者ギルドの、シャーク氏ですね?」
「ん? 確かにそうだが……? その服装、ヒゥロイトか、お前?」
「はい。ゾン・ヒゥロイトのフレイと申します」
「おいおいおいおい、そっちかよ。俺はてっきり、妹のほうかと思ったぞ?」
「双子ですからね。似ているのは、当然です。それよりも、貴方を信用出来る人物と見込んで、重要な話があるのです。聞いて頂きたい」
「あぁ? 何か知らんが、後回しじゃダメか? 信じられんかもしれないが、うちの娘が抱きしめているのは、行方不明中の娘でな。保護したことを知らせてやらないと、騒ぎが拡大してしまう」
既に捜索隊に加わるつもりだったのか、爺さんは外出用の格好をしていた。もう少し帰宅が遅ければ、入れ違いになっていたかもしれない。
しかし、軍服ちゃんが遮った。
「多くの人命に係わるかもしれないことです! どうか、今、聞いて頂きたいのです」
彼女は、真剣な瞳をしている。爺さんはそれを覗き込む。
「ふん。嘘は云っていないようだな?」
「もちろんです。我がバウマン子爵家の家名に誓って!」
軍服ちゃん、やけにカッチリした口調だと思ったら、お貴族様だったのか。
堂々とした態度なのも頷ける。
「チッ……。しゃーねぇなぁ……。――ドロテア」
「ええ。私がギルドに、その子を保護したことを伝えてくれば良いのね?」
人数分のお茶だけ置いて、祖母はササッと出ていってしまう。
この辺は長く連れ添っているだけあって、阿吽の呼吸だな。
爺さんは軍服ちゃんをソファに座らせ、ジッとその顔を見つめた。
ギルドの執行職をしているだけあって、迫力のある顔つきだ。
これが普段の仕事モードなんだろうな。
キシュクード島のマイムちゃんあたりだったら、恐ろしくなって泣き出すかもしれない。
「ガキ共は追い払うか?」
「いえ。彼らには先程、私自らが『後で話す』と云ってしまいました。追い払うのは、約束に反します。事の重要性を考えると口をつぐんで欲しいとは思いますが、それは貴方にお任せしても?」
「危険な話なら、そもそも、こいつらを外には出さん。良いぜ、お前が構わないなら、話してみな?」
何か、重苦しい会話をしているぞ?
これって、この後、俺たちは外に遊びに行けないってことなのか?
まだフィーに、屋台で買ってあげる甘いものも残っているのに。
軍服ちゃんは居住まいを正し、真剣な口調で云った。
「近いうちに、このセロで、魔物が暴れる可能性があります。規模は不明ですが、使役されるモンスターは、兇猛であろうと思われます」
何だって?
今、軍服ちゃんは、途方もないことを云わなかったか?
ブレフは驚き、システィちゃんは、不安そうに震えている。
変わりがないのは、妹様とぽわ子ちゃんくらいのものか。
いや、違う。
うちの爺さん。
シャーク・クレーンプットは、冷静に軍服ちゃんを見つめ返していた。
「色々聞きたいことがあるが、その前に確認だ。そいつァ、つまり、人災ってことだな?」
その言葉に、フレイはしっかりと頷いた。
「はい。『敵』はおそらく、従魔士です」




