第二百二十四話 街へ行こう!(その五)
息を切らし目の前に立つ少女は、活発そうなショートカットをしていた。
まぎれもない、美少女。
しかし、それ以上に目を惹くのは、やはり身を包む軍服っぽい服装だろう。
こういう子が着ると、かっこ可愛い。よく似合っている。
「あれ……? その服装……」
ブレフが何かを云い掛けるが、軍服幼女は、俺たちの輪の中で、身を屈めた。
「すまない。話は後だ。今は私を、周囲から見えないようにして欲しい!」
必死に訴えてくる。
確かに俺たち五人で囲めば、見えにくくすることは可能だろう。
(後は、魔術を使う場合だ)
影で覆ってあげるとかね。
まあ、こんな所で魔術を使うつもりが無いから、しないけど。
他には、あの氷穴にいたリュネループの女魔術師の使った隠匿の術か。
尤も、闇の魔術と違って、あれは、当分使いこなせないだろうから、そもそも選択肢に入らないか。
だが、その前に、この娘が何者なのかを問題にしないといけない。
本人は「話は後」と云っているが、悪い子だったら困るし。
ブレフも同じことを考えたのか、俺に視線で「どうする?」と訊いてくる。
善悪抜きに、厄介事に巻き込まれたくないなら、スルーすべきなんだろうけど。
「むん……? アル、この子は、大丈夫~~……。たぶん……?」
すると、ぽわ子ちゃんが、俺の袖を引っ張りながら、そんなことを云い出した。
まさか、俺たちの意図が分かったのだろうか?
だが、ブレフは「突然、何云ってるんだ?」って顔をしている。
そりゃ、意味不明に違いない。
違いないが――。
(信じてみるか、ぽわ子ちゃんのことを)
将来の救世主様の言葉にベットした。
そして、雑談――焼き鳥にはタレか塩かで、割と険悪な空気で話し込んでいると、騎士っぽい人たち数人が、キョロキョロしながら、俺たちのそばを通り過ぎていった。
あれって、公園で見た人のお仲間っぽいよね。
と云うことは、冒険者っぽい風体の人物はぽわ子ちゃんを捜していて、騎士っぽい格好の人たちは、軍服ちゃんを捜していたのかな?
彼らが去って、しばらく時間をおくと、軍服ちゃんは、すっくと立ち上がった。
うん。
凄い美少女だね。
特筆すべきは、まつげの長さか。
幼女時代でこれだから、成長すればきっと、凄くセクシーになるに違いない。
まあ、ここにいる女の子は、全員、容色に優れているから、皆、美人に育つんだろうけど。
「やあ、ありがとう。キミたちのおかげで、助かったよ」
わりと口調は女の子らしくないのね。
でも軍服姿と相まって、却って似合っているように思える不思議。
「あ~~……っと、当然、事情は訊かせて貰えるんだよなぁ?」
十手に手を掛けながら、ブレフが云う。
俺と違って、ぽわ子ちゃんの判断を信じてはいないようだ。
これは疑り深いと云うよりも、用心のためなんだろう。
もしかしたら、シャーク爺さんの仕込みかもしれない。
「いや。済まないが、キミ等を巻き込むわけにはいかない。それに、会ったばかりの者に話すようなものでもない」
「おいおい。話は後だと云ったのは、そちらだろう? 不審者だってんなら、俺が捕まえることになるが?」
「言葉足らずだったことは、謝罪しよう。けれど、人の命に係わることなんだ。どうか、許して欲しい」
綺麗な姿勢で腰を折る軍服ちゃんに、ブレフは毒気を抜かれたようだ。
大きく息を吐きだした。
「んじゃ、名前くらいは、名乗れるんだろう?」
「ああ。それは構わない。こんな格好をしているのだから、所属はバレバレだろうしね」
何だろう?
有名な所の服装なのかな?
「私はフレイ。『ゾン・ヒゥロイト』の一員さ」
ゾン……? 何だって?
俺にはサッパリ、話が理解出来ない。
だが、システィちゃんが、両手で口を押さえた。
「えっ……!? ゾン・ヒゥロイト……!?」
「ふふふ……。自分で云うのもなんだが、私は美しいだろう……?」
軍服ちゃんは、システィちゃんの驚きに、ニッと笑った。
分からん。
どういうことなのか。
ナルシストなのか、この娘?
確かに凄い美人だけどさ。
訳が分からずに首を傾げていると、腕の中の妹様が、俺の服を引っ張った。
「にーた。ふぃー、あの紫の食べてみたい!」
ああ、そうか。ロッコルの実を買おうとしていたんだったな、そう云えば。
食べるの大好きなマイエンジェルからすれば、こんな云い合いは、興味の外なのだろう。
「皆、悪い。ちょっと買い物してくる」
軍服ちゃんは、気になるけれど、マイシスターを優先するのは、当然のこと。
フィーを抱えて、屋台に近づいた。
「アル、ミル、フィール、どこへ行く~……? 星へ行く~……?」
何故か、変な歌を歌いながら、一名、ついてくるけれども。
「むむーっ! ミルちゃん、何でついてくる!?」
「むん? アルあるところ、ミルを見る……?」
「めー! にーたのそば、ふぃーだけ! ふぃーだけで良いの!」
「むん? それならー……。私は、衛星……? 今は、まだ」
「とこしえになのー!」
妹様は激怒しているが、まさか追い払うわけにもいかない。友だちだしね。
「へい、らっしゃい!」
屋台のおっちゃんは、元気で愛想が良かった。どうやらロッコルの実の専門店であるらしく、置いてあるのは、紫色の実だけだ。
「ほら、フィー。機嫌直して、食べてみよう?」
「むむ~~……。にーたが、そういうなら……」
不承不承と云った様子で、購入した果実を頬張るマイシスター。
と云うか、躊躇無く齧り付くのね。おっかなびっくりと云った様子も、一切無く。
「みゅーっ! 美味しいの! ふぃー、すっぱいの好き!」
最初に出る感想が、酸っぱいか。
甘酸っぱい味と説明されていたが、酸っぱさが主なのかな?
「にーた、にーた! これ、美味しい! にーたも、食べて?」
囓りかけをズイッと突き出してくるマイエンジェル。
酸っぱいのは苦手だが、フィーを拒絶することは出来ない。かぶりついてみる。
「ぅぅ~~~~っ! 酸っぱい!」
矢張り俺向きの味ではなかったか。
しかし、はて……?
この味、どこかで憶えがあるんだが……?
考え込んでいると、ぽわ子ちゃんも、ロッコルの実を購入した。
しかし、かぶりつくことはしなかった。ぽわっとした表情のまま、俺に云う。
「ロッコルの美味しさの神髄は、かじゅー……」
口の上でぎゅーっと絞ろうとし、
「アル……」
パワー不足で断念したようだ。
そんな縋るような目で見られても。
多分、果汁を飲みたいのだろう。
ガドの短剣に浄化の魔術を掛けて消毒し、それから、レモンの輪切りのように、紫の実を、切り分ける。
後はそれを絞れば良いのだが、ぽわ子ちゃん、ずっとこちらへ開いた口を向けたままだ。
……歯並び良いね。まだ乳歯だろうけど。
「はい。ぎゅー」
「う~……」
たぶん、ぎゅーって云いたかったんだろうけど、口を開けたままなので、うーになってる。
「むむん……! すっぱおいしい……? アルに感謝……?」
チロリと舌で唇を舐めるぽわ子ちゃん。
その表情は、実に満足げだ。
「むむーっ! にーた! ふぃーも! ふぃーにも!」
マイシスターが、俺を揺さぶる。
これはアレだな。
果汁が飲みたいんじゃなくて、俺に飲ませて欲しいんだろうな。
こっちは囓りかけなので、そのまま絞れば良いだろう。
「ほら、フィー。あーん」
「あーん!」
酸っぱい汁だからな。目に入ったら、悶絶必至だろう。
ちょこっと風の魔術を展開し、フィーのパッチリおめめをガード。合わせて、果汁の飛散も防ぐ。
ギュッと絞り、可愛いお口へ、果汁をぽたぽた。
「みゅみゅーん! これも美味しい! でも、ふぃー、悔しい……!」
ぽわ子ちゃんの発案だからか?
当の本人は、何故か俺に向かって、Vサインをしている。
「アルも飲む……? 私、飲ませる……? 母親気分……?」
いえ。
酸っぱい汁も、ダダ甘なマザーも、間に合っておりますです。はい。
「めー! ふぃーが飲ませてあげるのー! にーた、お口開ける!」
俺の眼前で、フィーはロッコルの実をかざす。
果汁が飛び散り、目に入った。
「ぐあああああああああああああ! 目が! 目がああああああああっ!」
「ああああああ! にーた!? にーたああああああああああああああ!?」
悶絶の原因の分かっていないフィーは、泣きながら抱きついて来る。
果汁は鼻の傍にも命中した。
苦しみながらも、ロッコルの実の匂いを改めて嗅ぎ、ようやく、記憶の扉が開く。
(この匂い、アレだ――!)
目をごしごしとこすり、何とか立ち直る。
酸っぱくてスルーの対象だった紫の果実に、ひとつの可能性が浮かび上がった。
「お、おい、坊主、大丈夫か? ロッコルの汁は、謂わば兵器の一種だからな」
流石に店主だけあって、目に入ったときの惨状を知っているらしい。
「い、いや。大丈夫です。それより、これ、十個……いえ、二十個下さい」
「ま、毎度あり……。だが、坊主、いたずらには使うなよ……? 本気でシャレにならんからな……?」
使わんわい。
振り返ると、ブレフたちがこちらを見ている。
軍服ちゃんも、まだいるようだ。




