第二百二十三話 街へ行こう!(その四)
新たに手紙を書き直して、こっそりと迎賓館のポストに置いてきた。
こんな形で、迎賓館を訪れるとは、思いも寄らなかったぞ?
結局、古い手紙は、ぽわ子ちゃんのものに。
無念がる妹様を宥めるために、システィちゃんに新しい紙を貰って、ペンギンの赤ちゃんを描いてあげた。
あの灰色で丸っこい、可愛いやつね。
俺はオオウミガラスの雛を見たことがないので、それしか思い付かなかったのだ。
「ふおぉっ! にーた、これ、オオウミガラスの赤ちゃん!? 可愛い! ふぃー、気に入った! いつか、必ず生け捕る!」
だから、生け捕っちゃいけません。
そして、何故だかシスティちゃんにもねだられたので、ペンギンの絵を描いてあげた。
彼女は大層、喜んでくれたから、失敗ではないはずだ。
「アル。お前、絵も得意なのか」
「いや、そう大したものじゃないよ」
元日本人だから、と云うだけで、別段、上手ではないだろう。
プロ顔負けの素人とか、いくらでもいたからね、地球世界だと。
そして、俺の服の袖を引く少女がひとり。
「アル……。私も、雛の絵が欲しい……!」
「え? あ、うん」
どうやらぽわ子ちゃんは、筋金入りのオオウミガラスファンであるらしい。
雛の形態が違ったら、ちょっと申し訳ないぞ。
しゃしゃしゃしゃーっと筆を走らせ、雛たちが、押しくらまんじゅうしている様子を描く。
固まっているペンギンの赤ちゃんたちって、可愛いからね。
「るーるるるー……! るるーるー……!」
イラストを受け取ったぽわ子ちゃんは、胸に押し抱き、片足立ちで回転を始めた。
この娘を計れるだけの器は俺にはないので、喜んでいるんだろうと考えるより他にない。
そして、公園から商店街へと移動する。
フィーはまだまだ公園にいたがったが、ブランコと砂場なら、西の離れにもあるからね。
街巡りのために、我慢して貰う。対価に何を要求されたかは、話すまでもないだろうな。
「ここの屋台、美味いんだよ!」
案内された商店街の一角は、通りそのものが、ズラッと屋台の並ぶフードスペースになっていた。
なお、ポイ捨てにはとても厳しいらしく、ゴミはゴミ捨て場へと、ブレフに再三に渡り、注意される。
「お兄ちゃん、何度も叱られたものね……」
システィちゃんが、そんな風にネタばらししてくれる。
あまり悪質だと、この屋台通りから出禁になるらしい。
ハトコ兄はそっぽを向いて口笛を吹いているが、威厳を保つことは無理だろう。
「にーた! いい匂いする! ふぃー、お腹が減ってきた!」
少しくらいなら、食べさせても大丈夫だろうか?
孫大好きなドロテアさんが、いつもご飯をたくさん作ってくれるからな。
お腹いっぱいでしたでは、申し訳ない。
「よし、フィー。みっつまでだ。みっつまでは食べて良い。どれにするかは、慎重に選ぶように!」
「むむーっ!? みっつ!? それ、難問! ふぃー、頑張って選ぶ!」
三歳児にみっつだと多く感じるかもしれないが、どうせ半分こするので、たぶん大丈夫だろう。
我が家の天使様は、結構、食べる方だし。
「甘いの! ふぃー、甘いのいっぱい食べる!」
「だがな、フィー。甘いの食べると、しょっぱいのも欲しくなるだろう?」
「にーた! ふぃーを惑わす、めーなの! ふぃー、頑張って選んでるの!」
怒られてしまった……。
屋台に並ぶ甘いものは、アメにジュース、果物。それから、シンプルなアイスキャンディーなんかもある。
(そういや、アイスクリームはないのか……)
生クリームを使ったケーキがあるのに、アイスクリームもないし、プリンもない。なんだか、ちょっと歪な感じだ。理由とか、あるのかしら?
販売されている果物の中には、地球では見たことがないものもある。
好奇心の強い人なら試してみたりするんだろうけど、俺はどうにも二の足を踏んでしまう。
地球世界でも食べ物の新商品が出ると、すぐさま食べてみる人と躊躇する人がいるが、俺は後者だった。だって新商品って、コケるの多いし。
しかし、好奇心旺盛な妹様は、俺のような後ろ向き思想とは縁遠いらしい。
「にーた、ふぃー、あれを食べてみる! 見たことない!」
俺の腕の中からビシッと指さしたのは、毒々しい紫色をした果物だった。
一目で「無いわ~」と呟きたくなる造形だが、買っている人もチラホラ見かける。
(え、何あれ。美味いのか……? 植物に詳しい、うちの先生なら、何か知ってそうだが……)
とりあえず、エイベルの庭園には無かったのは確かだ。
「おう、ロッコルの実だな。甘酸っぱくて好きな人は好きだぞ」
ブレフが解説してくれる。
俺は酸っぱいの苦手なので、スルー確定だな。レモンもダメだし。
このロッコルの実とやらは、運動する人なんかが好んで食べるらしい。
その辺も、レモンに似ているのかな?
「フィー、酸っぱいの、大丈夫か?」
「へーき! ふぃー、酸っぱいの好きっ! 甘いのも好き! 紫のに、チャレンジする!」
流石は食べ物に『好き』と『大好き』しかない妹様よ。
だが、このにーた、酸っぱいものだと、半分こ出来んぞ?
「ロッコルの実、普通に美味いぞ? 良い選択だと思うがな」
ブレフも酸っぱいのは平気らしい。
まあ、ゲテモノじゃないなら、マイシスターに食べさせても大丈夫か。万が一ダメだった時は、ブレフに押しつけてしまおう……。
「酸っぱいのはー……。私も好き……?」
ぽわ子ちゃんが、俺に引っ付いてくる。
絵をあげてから、なんだかずっと、機嫌がいいようだ。
と、云うか、前よりも懐かれたのだろうか。
だが、信頼を勝ち取るということで云えば、俺はシスティちゃんとも、仲良くならねばならない。
ドロテアさんに、自信を付けてあげてとお願いされているからな。
どのような方法で自信を付けるにせよ、その前段階として、親しくなければ話にならないと思う。
なので、結論。今回のセロ訪問は、彼女と仲良くなるために頑張ろう。
「システィちゃんは、どんなものが好きなの?」
「え? あ、わ、私……ですか……? うぅ……」
何故だか、赤面してちいさくなってしまうハトコ妹。
ブレフは面白そうに笑っているから、そう失礼な質問ではないのだろう。
「良いじゃねェか、システィ。アルに見栄張ったって、仕方ねえぞ?」
「うぅ~~……っ。お兄ちゃぁん……」
おっ、珍しく拗ねた表情、可愛いな。こういう姿は、心を許した身内限定なのだろう。
やがてシスティちゃんは観念したのか、消え入りそうな声で呟いた。
「……もろきゅぅ……です」
渋いな。
でも、俺も好き。
「いいね、もろきゅう。美味しいよね。俺は、たこわさが好きだよ」
「タコ、ですか。セロだと海の生き物は珍しいので、私は食べたことがありません……」
俺がもろきゅうに賛同したからか、システィちゃんは、安心したようだ。
そして、王都よりも内陸部にあるセロの魚介類の希少性が明らかになった。そういえば、ドロテアさんの料理にも、魚介類は見かけなかったな。
そして、腕の中のマイエンジェルが、俺の迂闊な発現に首を傾げる。
「にーた、たこわさって、なぁに? ふぃー、それ知らない」
いかん。
この世界では食べたことがなかったわ、たこわさ。
ついつい、普通に好物を口にしてしまった。
何とかして、誤魔化さねば!
「えっと……。お、お~~っとぉ、あれは何だ~~っ?」
その場しのぎで、明後日の方向を指さした。
それは良いけど、この後どうするつもりなんだろうね、俺。
しかし――。
「ん。あの女の子か?」
ブレフが眉をしかめる。
あの女の子って、どの女の子よ?
親友の視線を追う。
その先には、一生懸命に走っている、俺たちと同い年くらいの幼女の姿があった。
一心不乱に前を向いているのではない。
時折、振り返る事から、後ろを気にしているように見える。
「何かから、逃げているのかな?」
「或いは、追われているかだな」
俺たちが一斉にそちらを見たからか、走る少女も、こちらに気付いた。
そして、迷うことなく、駆け寄ってくる。
「そこのキミたち、ちょっと私を、匿って欲しい!」
そう云って現れた少女は、まるで軍服のような衣装を着ていた。
まさか、この幼さで、軍の関係者って訳ではなかろうな?
何かトラブルにならなければ良いのだけれど。




