第二百二十一話 街へ行こう!(その二)
「アル。ミル。フィール。るーるるー……」
「ふぃーる違う云ったはず! ふぃーは、ふぃー! あと、にーたから離れるの!」
先程まで上機嫌だった妹様が、一転して大激怒。ぽわ子ちゃんを引き剥がしに掛かる。
しかし悲しいかな。
幼女時代の年齢差は、大人同士の一歳差よりも遙かに大きい。
フィーのがんばりも虚しく、ぽわ子ちゃんは、俺の背中に居座ってしまう。
「むん……? アルの背中、結構、しっかり……?」
一応、鍛えてますからな。
何か、スリスリと云う感覚が伝わってくるんですが。
まさかぽわ子ちゃん、俺の背中を堪能しているのか。
「にゃにゃーーーーっ! それ、ふぃーだけに許されたこと! 許さないの!」
沸騰したヤカンみたいに、フィーの頭から湯気が噴き出している。
いかんな。マイシスターが壊れてしまう。
「ぽわ……もとい、ミル。そろそろ降りてくれると助かる」
「名残おC……」
背中から柔らかい感触が消える。
俺は、すぐさまフィーをだっこ。
「うぅうぅううぅぅ~~っ! にーたあああああああああ!」
ギリセーフ。
泣いているけど、長年の経験でリカバリー可能な範囲だと分かった。
しっかりと撫でてやると、すぐに泣き止んだ。
「にーたは、ふぃーのなの……! 他の子、触る、めーなの……!」
「よしよし」
取られたものを取り返したかのように、フィーは懸命に頬を擦り付けてくる。
ハトコズが近づいてくるが、その顔には困惑が浮かんでいる。
だが、俺だって状況が分からんのだよ。
「えっと……。アル。お前の知り合いか?」
「ああ~~……。まあ、うん。友だちかな」
「ん。まぶだち」
グッとサムズアップ。
かつ、微妙にドヤ顔。
システィちゃんは、困惑したまま、俺に目線を向けてくる。
「えっと、セロに住んでいる……わけじゃないですよね?」
「いや、こんな濃いの、この街にいたら、俺たちが知らない訳がないだろう」
ブレフが失礼だが尤もな理屈を述べる。
ちゃんと紹介しておこう。
「この娘はミル。王都に住んでる俺の友だち。――で、ミル。このふたりは、俺のハトコで、ブレフとシスティちゃん」
「むん? 鳩……? 私、スズメさんの方が好き。そして、夢は、いつか氷海に住んでいると云う、オオウミガラスを見てみること……?」
ぽわ子ちゃんは、ハトコと云う関係を知らないようだ。
それより、オオウミガラス、この世界にいるのか。
俺の元いた世界だと、絶滅したんだが。
絶滅した鳥類なら、俺はヒースヘンをだっこしてみたい。
とりあえず、ぽわ子ちゃんには、俺と彼らが親戚だと云うことを説明した。
「むん? 里帰り……?」
と訊かれたから、意味は通じたようだ。
「私、里帰り、したことない。お母さん、ずっと遠くから来たと云ってた……?」
確かアホカイネン家は、北方の出だったか。
ああ、そうか。
だから氷海についての知識があるのか。
「カラスなら、うちの近所にもいる! 変な声してる!」
元気を取り戻した妹様が、俺の腕の中から叫んだ。
この娘はこの娘で、オオウミガラスを知らないらしい。
そして、ハトコふたりは、ミルミルに挨拶をしている。
「俺は、この街に住んでいるブレフだ。よろしくな?」
「システィーナ、です……よろしくお願いします……」
「むん? ルがついてない……? 私は、ミル。るーるるるー……」
顔を引きつらせたブレフが俺に近づいてきて、小声で耳打ちした。
「何か、独特な子だな……?」
「まあ、プレーンではないね……」
一方、ぽわ子ちゃんは、システィちゃんを、ジッと見つめている。
引っ込み思案で人見知りなシスティちゃんは、気恥ずかしそうだ。
「あ、あの……?」
「それは、生まれつき?」
「え?」
いきなり『それ』とか云われて、システィちゃんが、困惑している。
「私より、ずっと重いものを背負ってる……?」
「――――ッ!?」
「私は、背負うより、背負って貰う方が好き……?」
俺の背中を狙って、ぽわ子ちゃんが、躙り寄ってくる。
フィーが腕の中から「うにゃー!」と鳴いて、威嚇している。
システィちゃんの顔は、青ざめていた。
「おんぶ、ふぃーも好き! でも、分かってない! おんぶだと、にーたのお顔、見られない! ふぃー、にーたのお顔好き! だから、だっこが正しい!」
マイシスターがおんぶではなく、だっこばかりねだるのは、一応の理由があったようだ。
しかし、今はそれより、システィちゃんだ。
「システィちゃん、どうしたの? 大丈夫?」
「あ、アルト、さん……。いえ、大丈夫です。なんで、も、ありません……」
全然、大丈夫に見えない。
彼女の顔は、青いままだ。
ぽわ子ちゃんは俺から離れて、再びシスティちゃんの方へと向かう。
「大丈夫。きっと、『それ』は、アルが背負ってくれる。アルはおんぶ上手。……と、お星様が告げている……?」
「え――?」
何か訳の分からんことを云っているぞ?
そして、ぽわ子ちゃんは、またまた、躙り寄ってきた。
フィーが「がるがる」云っている。
システィちゃんは、縋るような瞳を、俺に向けていた。
「前門の虎、後門の狼……。なら、前門のフィール、後門の私……?」
なにそれ。
フィーをだっこで、ぽわ子ちゃんをおんぶってこと?
ミルティア・アホカイネン嬢のとろんとした瞳が、いつになく真剣さを帯びている。
これは――本気でおんぶを狙っている?
ぽわ子ちゃんは、まるでプロレスリングのランカシャースタイルを信奉しているかのように、両手を開いた姿勢で、ジリジリと寄ってくる。
油断すれば、一瞬でつかみ取られてしまうだろう。
俺の背中に、そんな価値があろうとは……!
「今更だが、ミルはひとりなのか? お母さんは?」
「ずっと部屋にいるの、退屈だった。そうしたら、急に虫さんの気配がした。やはりあれは、アル……?」
「だから、俺は虫じゃない!」
「疑惑は、深まるばかり……?」
くっ……!
月の奇跡の犯人追跡を、未だに諦めていなかったとは!
「いや。しかし、警備なり護衛なり、いたんじゃないのか? どうやって、外に出たんだ?」
「空から見れば~……。穴だらけ?」
それは、例の俯瞰能力のことか?
つまりは、自力突破して来やがったのか。
ぽわ子ちゃん、恐るべし!
「おい。アル、俺には、何が何だか、サッパリ意味が分からんぞ!?」
蚊帳の外気味の友人が叫んだ。
安心しろ。俺にも分からん。
だが、この娘と上手くやっていくコツは伝授してやろう。
「Don't think! Feel!」
他の言葉を、俺は知らん。




