第二百二十話 街へ行こう!(その一)
ハトコズが、セロを案内してくれることになった。
母さんと爺さんも同行したがったが、「こういうのは、子供同士で行かせてあげなさい!」と、ドロテアさんに叱られて、断念。
しょんぼりと背中を丸める姿は滑稽な程に似ていて、このふたりが親子なんだと思い知る。
と云う訳で、俺とフィー、ブレフとシスティちゃんの兄妹×兄妹で街へ出る。
ブレフは十手を。システィちゃんはブローチを。
それぞれ付けてくれているのが微妙に、こそばゆい。
「にーた、街! ふぃー、外出るの好き!」
俺の手をしっかりと握っている天使様が、ぴょんぴょこと飛び跳ねた。
「綺麗な街並みだな」
いや、整然とした、と云うべきか。
たとえば王都は古い都市なので、貴族街や商業地区と場所分けされていても、案外、こちゃこちゃしている。
曲がりくねった道も多いし、袋小路もある。
一方、セロは街路が真っ直ぐに伸びており、正確に区画分けされている。
京都のような碁盤目状と云うべきか。
兎も角、『直線』で構成された街と云うのが印象的だった。
「セロって、新しい街って訳じゃないんだろう? 何でこんなに、整っているんだ?」
「あん……? 何訳わかんないこと云ってんだ、アル?」
ブレフに訊いてみると、首を傾げられてしまった。
生まれも育ちもセロの彼だ。これが当たり前だと思っているのかもしれない。
代わってシスティちゃんが答えてくれる。
「えっと、ですね。ムーンレイン王家がフレースヴェルク家に『替わった』時の最終戦場が、このセロの街だったと聞いています。戦禍でセロの大部分が燃えてしまったんだそうです。一方、王都はここが主戦場になったおかげで、戦に巻き込まれずに済んだらしいです。それで、補償と感謝を込めて、新王から結構なお金が出たそうで……」
「潤沢な資金があるから、計画的に作り直したと。成程ね」
後でシャーク爺さんに聞いた話だが、戦乱以前からセロに住んでいる貴族だと、戦乱に巻き込まれたり、旧王家の側についていたり、様々な理由で、反フレースヴェルク家の者もそれなりにいるんだそうだ。
万が一、王家に動乱があると、その余波を食う可能性があるのだと。
普通、王都に近い大都市なら、避難場所や移住先の有力候補になるが、セロはそうでもないらしい。剣呑、剣呑。
「それにしても、システィちゃんは、物知りなんだね。偉いなァ……」
「い、いえ、そんなことは……」
顔を赤くして俯いてしまった。控え目なだけでなく、照れ屋さんなのね。
一方、ブレフは、興味なさげに呟く。
「街の歴史なんて、面白いかぁ?」
おい、執行職志望者、それで良いのか。
治安維持の側につくなら、火種になりそうな場所や家の知識くらいは無いと困るだろうに。
「セロの治安はどんな感じなんだ?」
過去ではなく、現代の話ならどうだろう? とりわけ、俺には重要になる話だ。
幼い妹様の身の安全に係わってくるのだからね。
「おう、油断しなけりゃ、何の問題もないぜ」
ブレフが日本人向けじゃない安全を保証してくれる。いや、ここ、日本じゃないけどさ。
「へーき! にーたは、ふぃーが守る! 敵は全部、ふぃーが、ぼかーんってするの!」
勇ましい表情で、俺を抱きしめるマイエンジェル。
俺はフィーの身を案じて治安を気にしたのだが、この娘はこの娘で、俺に対する庇護欲をかき立てられたらしい。実際に三歳児よりも弱いのが情けない。
「安心しろよ。最初に案内する場所は、凄く安全だぜ?」
ブレフは、片目を閉じてみせた。
※※※
「ふおぉおおお~~っ! にーた、ここ! ここは夢の国ッ!」
マイシスターが、目をキラキラさせて飛び跳ねる。
ハトコズに案内されたのは、公園だった。
それも、日本の公園に近い。
ブランコがあり、砂場があり、シーソーもある。
確かにフィー目線なら、ここは夢の国だろう。
(そう云えば、母さんは子供の頃にブランコで遊んだと云っていたしな。実家からの距離を考えると、ここで遊んだんだろうな)
当然ながら、親子連れも多い。確かにここなら、人の目がある。安全度は高いはずだ。
「セロの冒険者ギルドは、ずっと昔から、シャークさんの発案で、毎日、公園巡回の仕事があるんだ。子供は大事だからって」
うん。子供は大事だ。
でも爺さん。まさか娘可愛さで提案したんじゃ、あるまいな?
「にーた、にーた! ふぃー、ブランコ乗りたい! でも、お砂場でも遊びたい! ふぃー、困る! どうしたらいい!?」
マイエンジェルの視線は、砂場やブランコや俺に行ったり来たり。おろおろしている。
けれども、その手はしっかりと俺の服を握っているので、一緒に遊びたいのだろうとは思う。
「えーと。砂で汚れると、すぐに帰らなきゃいけなくなるから、まずはブランコにしようか」
「にーた、先の先まで、よく分かってる! しんりょえんぼー! ふぃー、惚れ直した!」
自分の使っている言葉、絶対に意味分かってないよな?
どんどん変な言葉ばかり覚えていく……。
「じゃあ、ブランコ! ブランコ乗る! ふぃー、国一番のブランコ乗り!」
初耳だよ、そんな称号。
フィーが俺の目の前で、両腕を広げてくる。
ブランコまで、だっこして運べと云うことらしい。
しっかし、一年ぶりにハトコ様に会ったというのに、俺と遊ぶことにしか興味がないのか。
なんだか案内してくれたふたりに、申し訳ないなァ……。
ブレフとシスティちゃんは、しょうがないなと云う感じの苦笑を浮かべていた。
心の広い奴らよのう……。
或いは、出会い二回目にして、もう諦めているのかもしれないが。
「ふへへへへへ……! にーた、ふぃー、ブランコ好き!」
そして、そんなハトコふたりの心情に気付いていないのか興味がないのか、大喜びでブランコをこぐ妹様。
まあ、のどかで平和な景色ではあるのだろうよ。
「しかし……」
気のせいか、公園の『外』は、微妙にバタバタして来たような……?
冒険者っぽい人と、騎士っぽい人が、キョロキョロしながら駆けて行く。
(あ、ぶつかりそうになった)
互いに頭を下げ、すぐに小走りで去る。
なんだろう……?
彼らの様子は、そう、強いて云えば、親――。
子供とはぐれた親が、わが子を探しているかのような感じに近く見えた。
冒険者っぽい人と、騎士っぽい人に協力し合っている様子は見えなかったから、それこそ、迷子が別件で同時に出たかの様な感じだね。
(まあ、実際がどうなのか、知らないが)
こそ泥を追っているとか、金持ちの家の逃げたペットを探しているとか、そういう理由かもしれないし。
少なくとも、暴漢が暴れているとかではないようだ。
もしもそうなら、巡回があるこの公園の親子連れに、早く家に帰るように云うだろうからな。
「何かあったんかなぁ……」
ブレフも外の空気に気付いたようだ。
「誰かを探しているような感じだよね」
「だなぁ。でも、そう大ごとでもないんだろう。おっきな事件なら、シャークさんが休める訳がないし」
世知辛い判断理由だなァ……。
まあ、どんなことが起こったにせよ、大したことがないなら、それに越したことはないのだろう。
(もしくは、事件が起こったばかりだとか)
それなら、シャーク爺さんも知らなかったことになるけど。
「にーた、にーた! ふぃー、今度は、にーたのお膝に乗って、一緒にこぎたい!」
「ん? おう。じゃあ、そうするか」
「じゃー、にーた、こっち! こっち来て? ふへへへ……っ! ふぃー、にーたのお膝好きっ!」
さしあたり、フィーの身に危険が迫っているとかでもないのなら、気にしても仕方がないことだ。後でシャーク爺さんに訊いてみるのも、ひとつの手だろう。
何にせよ、妹様と遊ぶ時間の方が、俺には重要なのだ。
「むぎゅ」
「むぎゅ?」
何だ?
いきなり、ゆるい声とゆるい感触が、俺の背中に、のし掛かって来たぞ?
「むん……? 王都ではないのに、アルがいる……? それとも、虫さん……?」
バカな、この声は……ッ!?
背後を取られているので姿が見えないが、俺の記憶に焼き付いている声色だった。
正面を見ると、ブランコに乗ったままのフィーの顔が青ざめている。
天下無敵で天真爛漫。向かうところ敵無しのマイエンジェルが、まるで天敵にでも会ったかのように。
「にゃーーーーっ! 何でここにいる!? ここ、ふぃーと、にーただけの国!」
それは初耳だが。
「お星様には、重力があって、引き合うって、お母さんが云ってた。なお、意味は不明……」
ああ、うん。
間違いない。
これが誰かなんて、疑うべくも無い。
この国の救世主(予定)にして、月の奇跡の体現者。
しかしてその実態は、でっちあげに巻き込まれただけの幼女。
ぽわ子ちゃんが、背中にいる。




