第二百十九話 ハトコへのプレゼント
「で! で!? 俺に、一体、何を作ってくれたんだ!?」
「説明がいると思うので、システィちゃんの後で良いか?」
「う、ぐぐ……。まあ、良いだろう……。システィを喜ばせてやってくれ……」
しょんぼりしながらも、引き下がるブレフ。
こいつも妹思いな奴だよなァ。
俺は用意していた小箱を、ハトコの女の子に渡した。
「ほ、本当に、私が貰ってしまって、い、良いのでしょうか……?」
控え目な娘だな。
小箱をより一層、前へ出すと、勢いに押されたのか、システィちゃんは、品を受け取る。
(……包帯、まだしているのか……)
それで、気付いた。
確かこの娘は、去年も左手に包帯を巻いていたが、今年も巻いている。
一時的な怪我ではないと云うことなのだろうか?
露骨に首を傾げてしまったが、幸いなことに、彼女が気付くことはなかった。
俺が渡した小箱の中身の方に、意識が集中していたからである。
「――わぁっ……!」
この娘にしては珍しく、弾んだ声が聞こえた。
俺が作ったのは、銀細工のブローチ。
ミアにあげたバレッタ同様、動物をモチーフにしている。
今回は、イルカだ。
中央にデフォルメされたイルカを配置し、その周囲を波に見立てて、模様を彫金した。
発色とコーティングも、ミアにあげたそれと同じ。
一見すると繊細だけど、魔芯を通しているので、結構、丈夫に仕上がっているはずだ。
「す、凄いです……! 凄く、綺麗です……! こんな素敵なもの、見たことがありません!」
システィちゃんは、目に涙を浮かべている。
そこまで気に入ってくれたのだろうか。
「アル、お前、凄いな。こんな細工物まで作れるのか……」
ブレフの方は、若干、引き気味だな。
まあでも、今回は頑張って作った。
「あら! あらあら? アルちゃんって、凄いのねぇ……!」
いつの間にか、ドロテアさんが来ている。
「本当に綺麗よ? 宝飾店に並んでいても、遜色ないと思うわ!」
それは流石に大袈裟だろう。
「で? 私の分は?」
「え? 無いけど……」
と云うか、ブレフとシスティちゃんのお土産に頭がいっぱいで、祖父母への贈り物なんて、考えもしなかったわ。
「ふう、ん……。そう――なの」
いかん。
俺の勘が告げている。
この人の機嫌を損ねない方が良いと。
「あ、いやッ! 今度! そう。今度持ってくるよ、うん!」
「あら、そう。約束よ? ふふっ」
ふふっ、とか云っているのに、目が笑ってないじゃないか! 怖ェよッ!
一方、システィちゃんは、ブローチを両手で抱きしめている。
「しかし、イルカとはなぁ……。アル、お前、知っていて渡したのか?」
「ん? 何のこと?」
「いや。何でもない」
「はァッ……?」
ブレフは俺の疑問に、何も答えてくれなかった。
何なんだよぅ。
間隙を埋めるように、シャークのオッサンが、ぬうっと俺たちの背後に現れた。
「それで、アル。お前はどんな武器を作ったんだ? 鍛冶まで出来るなんて、知らなかったぞ?」
「まあ、勉強にしろ、鍛冶にしろ、学べるのは皆さんのおかげですよ」
俺がブレフの為に作った武器の出発点は、ふたつ。
ひとつは、俺が未熟だと云うこと。
まともな剣が、未だに作ることが出来ない。
だが、魔芯を通して、丈夫にすることは出来る。
全体に魔力を帯びさせると魔剣になってしまい、何かの拍子に騒ぎになったら大変だ。
だから、背骨や大黒柱のように、内部を補強するだけに留める。
従って、基本構造はシンプルにすべきだろうと考えた。
もうひとつの出発点は、ブレフのことだ。
彼はギルドの執行職と云う、治安と冒険者の綱紀粛正を守る職に就きたがっている。
加えて、まだ子供だから、刃物を持たせて貰えないとも云っていた。
俺の未熟さとブレフの事情を考えたときに思い浮かんだのが、『警棒』だった。
棒ならば、シンプル。
そして、簡単。
ただひたすらに硬くし、剣撃を受け止めても大丈夫な作りには出来る。
そして、いざ警棒を作ろうとした時に考えたのが、何か機能を加えるかと云う、しょうもない思いつき。
最初は雷の魔術を魔剣の要領で使えるようにした、『電撃警棒』だった。
だが、これじゃ魔剣を作るのと代わらない。構想の時点で却下だ。
次に思い浮かんだのが、ワンタッチで伸びる、携帯性に優れた『伸縮警棒』だった。
しかし、俺には、そんな技術力がない。なので、これも諦めた。
そして最後に思い付いたのが、時代を遡ること。
多機能で、素晴らしい警棒が、かつては存在したじゃないかと思い至ったのだ。
「アル……。これは……?」
ブレフは、俺が渡した武器を見て、困惑している。
それは、一本の鉄の棒。
しかし、丈夫な鉤がついている。
「それは、警棒の一種だよ。十手と名付けた」
「十手?」
そう、十手。
時代劇でおなじみの、アレだ。
「頑丈だから、単純にブッ叩いても使えるし、攻撃を受け止めても問題ない。普通の警棒との違いは、その鉤の部分で、相手の剣を挟み取っても良いし、へし折ることも出来ること」
「お、おおぉ……」
「更に重要なのが、持ち手柄の部分に巻いてある紐だ」
「この、赤い紐か。単なる滑り止めじゃないのか?」
「普通に使うなら、そう。でも、ほどこうと思えば、簡単にほどける」
「こうか? おお、簡単だな、これは」
ブレフは、赤い紐をピーンと伸ばしたり巻いたりしている。
紐の一端は、十手のおしりの部分を輪っか状にして結びつけてあるので、外れない。
「その紐、実はある植物のツタなんだ。もの凄く丈夫だよ。引っ張っても、千切れない」
「どれどれ……? ふんぬっ……! うっは! これは凄いな」
「ブレフ、俺にもやらしてくれ。ぬっくく……! おおう! 俺の力でもダメか……!」
ハトコと祖父が、力任せに引っ張るが、ビクともしない。
それはそうだろう。
エイベルに用意して貰った特殊植物だからね。
「その紐で、誰かを捕縛したりも出来るし、鎖分銅のように、十手を振り回すことも出来る」
「簡易的に、中距離武器にも、出来る訳か」
「後は、こうだね」
俺は十手を受け取ると、紐を解いたまま、壁に立てかける。
そして紐の端を掴んだまま、十手を踏み台にして、跳躍。梁によじ登った。
そのまま紐を引くと、十手が手元に戻ってくる。
「足場にも出来るのか!」
紐を付けた武器を足場にするのは、本来、忍者刀でやることなんだけどね。
俺は下におり、赤い紐を巻き直す。
「と、まあ、色々出来る武器なわけだ。なので、十手」
「おおお、凄ェ! 凄ェよ、アル……!」
「なんなら、ブレフ流十手術を、開発してみると良いよ」
ブレフは大喜びしているが、なんだか悪徳セールスマンになった気分だ。
実際はそんなに多機能に使えるとは、とても思えない。
打撃武器と紐で縛るくらいが精々ではないかと思う。
実際の十手って、警察手帳の代わりだし。
……はしゃぐブレフを見ると、今更、云い出しにくい空気ではあるが。
「アル、早速、試してみたい! 付き合ってくれ!」
「えっ」
ブレフにせがまれて、庭で模擬戦をすることになってしまった。
断り切れなかったのは、十手を誇大に宣伝してしまった後ろめたさからだろう。
「実際はそこまで使えないよ」と、実戦の中で悟って貰うしかない。
俺はしっかりと革の防具で武装する。
一方、ブレフは普段着のままだ。
「おーし! 普通に掛かってきてくれー!」
十手を片手に、笑顔でそんなことを云っている。
俺が持ってるの、訓練用の木剣だけど、当たれば怪我をすると思うんだが。
(仕方ない。怪我をさせてしまったら、エイベルのポーションを使おう)
俺は覚悟を決めて、斬りかかった。
走り込み自体は前からやっていたし、打ち込み、素振りもやらされているから、予想以上に綺麗に振り下ろせてしまった。
(マズいな、怪我をさせてしまう――!)
そう思ったのだが。
「えっ……!?」
なんとブレフの奴、俺の斬撃を、十手の鉤で受け止めやがった。
「ふッ……!」
「ぬわっ!」
瞬間、ブレフは十手をひねる。
腕が伸びきった状態で体勢が崩れるので、大きくよろめいてしまった。
その間に、ハトコ様は、俺の脚を払った。
景色が回転し、地面に叩き付けられる。
「ぐえー」
背中が痛い、と思った瞬間、ブレフの十手が、俺の首筋に当たっていた。
「ま、参った」
「おう」
ブレフは、俺を片手で引き起こしてくれる。何と云うパワー。
「アル、この武器、凄ェよ。絶対に執行職向きの性能だと思う。手加減も捕縛も、殺す事も、自由自在だ」
こいつ、十手を理想的に使いこなしてやがる……。
時代劇じゃァ、ないんだぞ!?
俺は、祖父を見る。
「ブレフは近接戦闘の才があるんだよ。おまけに、この俺が教えてやっているからなぁ!」
筋肉ダルマは、カッカッカ、とか笑いながら、そんなことを云う。
成程、これが素質ある人間と戦うと云う事ね……。
泣きながら駆けてくる妹様を見ながら、俺はちいさく、肩を竦めた。




