第二十一話 ハトコの事情と妹の涙
「お前が九級合格者だったのかよ!」
正直に話すと、ブレフに驚かれてしまった。
ドロテアさんに知られている時点で隠すことは出来ないし、隠す意味もないので、教えることにしたのだ。
「すげーな、アルはいつから魔術が使えたんだ?」
「えーと……。いつだったかな……」
頭を掻いて誤魔化した。
0歳から使っていたと云うのは、矢張り異常だろうから。
途方もない力を持つフィーですら、漏れ出ていたのは魔力であって魔術を行使していたわけではない。それを考えると0歳から能動的に訓練をしていた俺はおかしいのだろう。
「母さんの友達が魔術師なんだよ。それでいつからか習ってた……とかだったと思う」
この点に関しては嘘は云っていない。誤魔化しは入っているけれども。
「そっかー……。良いなぁ。俺も早く魔術が使えるようになりたいぜ」
「ブレフは魔力はあるのか?」
「一応なー……。もう少し大きくなったら、魔術の使い方をシャークさんが教えてくれることになってるよ」
ちゃんと教師役がいるようだ。なら、安心だろう。
魔術の制御は一歩間違うと大惨事となる。
巷の噂では、生のままの魔力で積み木を動かそうとして死にかけた間抜けもいたと聞く。
「にーた、にーた。ふぃーとも、おはなし!」
システィちゃんと話していたはずのフィーが俺の元に、とてとてと駆け寄ってくる。
すぐ傍だろうがなんだろうが、マイエンジェルは走って俺に近寄ることが多い。
まあ、離れていることの方が珍しいんだけれども。
「えへへ。にーたあああああ!」
俺にダイブして抱きとめられると、妹様は破顔して頬ずりし始めた。
「せっかくブレフやシスティちゃんがいるんだから、そっちに遊んで貰えばいいのに」
「ふぃー、にーただけがすき! にーたとあそんでもらうの!」
割と失礼なことを云ってらっしゃる。
これにはブレフもシスティちゃんも苦笑い。
だが、怒っている風でもない。心が広いな、ふたりとも。うちの妹がホントすみません。でも、可愛いから許してね?
「そう云えば、システィちゃんは魔力は持ってるの?」
「――ッ!」
あれ? 一瞬で顔が真っ青になったぞ?
ただ単に話題を転じただけなのに、酷く怯えさせてしまったみたいだ。まあ、人見知りで男性恐怖症と云っていたし、不躾すぎたのかもしれない。
「あー……いや、アル。うちの妹は、魔力を持ってないんだ」
「あ、そうなんだ、ごめん……」
世の中には魔力を持たぬ事にコンプレックスを抱く人もいると云う。
きっと引っ込み思案なシスティちゃんにとって、『出来ないものがある』と云うのは心理的重圧になっているに違いない。
ましてやここにいるハトコちゃん以外の三人は、皆、魔力持ちなのだから。
「ごめんね、無神経なことを訊いて」
「い、いえ……。き、気にしないで、下さい……」
気まずそうに目を伏せられてしまった。彼女の右手は、左手の包帯をギュッと押さえている。
すると、フィーが不思議そうに首を傾げた。
「しすてぃーちゃん、まりょくあるのに、まりょくないの?」
その一言に、ハトコの兄妹の顔は再び真っ青になった。
「わ、私、には……魔力なんて……あ、ありま、せん……」
「そうだぜ。システィに魔力はないんだ」
「……あるよー?」
右側に傾いていたフィーの首が、今度は左側に傾く。かわいい。
俺はそんな妹様に見とれていたが、ハトコちゃんは必死にそれを否定した。
「な、ないったら、ないんです……! いい加減なこと、い、云わないでください……!」
それはシスティちゃんにしては大きな声だった。
明確な恐れと、拒絶のようなものを感じる。
その態度に俺は戸惑うばかりだが、フィーの顔が涙で歪んだ。
「ぐすっ……。ふぃー……! ふぃー、うそついてないもん……っ!」
「ああああ、ほら、フィー。俺はお前を信じてるぞ。だから泣き止んでくれ」
「うううううう! にーたあああ、にいいたああああああああああああああ!」
愛妹が大泣きしながら俺にしがみついてきた。
俺は出来るだけ優しく撫でつけてやる。どんな事情でも、この娘が泣く姿を見るのはツラい。
信じている、と云う言葉は方便で口にしたのではない。
俺は兄としてフィーの言葉を信頼しているし、その能力の特質さも評価している。
じゃあハトコ兄妹との乖離は何なのかと云うと、嘘か誤解のどちらかなのではないかと思う。
(まあ、嘘を吐く理由がないし、誤解のほうが大本命だろう)
たとえば当人達が感知しないような微弱な魔力を保有している場合だ。
これなら、ハトコ兄妹が「ない」といいながらも、フィーが「ある」と云う理由が説明出来る。
フィーの涙を見て興奮から冷めたのか、システィちゃんが申し訳なさそうに頭を下げた。
彼女も泣きそうな顔をしている。
「……ご、ごめんなさい、フィーちゃん……。本当に、ごめん……なさい……っ」
「すまんな、アル、フィー。俺からも謝る。ただ、これはちょっとデリケートな話なんで、触れないでいてあげてくれ」
フィーに魔力の有無を指摘された時のシスティちゃんの様子は明らかにおかしかった。
きっと何か過去にトラウマがあったのだろう。
そこに勝手に踏み込むのは失礼にあたる。詮索すべきではない。
「いや、ちゃんとフィーに謝ってくれたから、俺は別に。……フィー。ふたりを許してあげてくれるかな?」
「ひぅっ……。ぐすっ……。にーたが……」
ん? 俺?
何だろう。「そう云うなら、許してあげる」かな?
「にーたが、きすしてくれるなら……ゆるしてあげる……」
「ふぁッ!?」
俺関係ないじゃん!
何で俺が償いの行動をしなきゃいけないんだよ!?
驚いてブレフの方を見ると、両手をあわせて頭を下げている。
俺に鎮めてくれってか。
まあ、妹を慰めるのは兄の特権であり、義務だ。
「わ、わかったよ……。ほら、フィー、ちゅっ」
「んふぅっ! にーた、にーたああああああああああ! すきっ! すきっ! にーたのきすだいすきっ! もっと! もっときす! にーた! にーたあああああああ!」
結局、妹様が機嫌を直すのに、四回ものキスを必要とした。
あと何故か、フィーからもキスをされてしまった。嬉しいから、良いんだけれども。
あ、一応云っておくけど、大泣きしたフィーの機嫌を直すのって、大変なんだぞ?
俺以外の誰にも不可能なことで、母さんでも無理なのだ。
……その後はギクシャクした空気を取り払うかのように、がんばって四人で話した。あまり共通の話題が無いのがツラかったけれども。
システィちゃんは贖罪意識が強そうな感じの語り口だったけど、ブレフの方はサッパリしたもので、ごく普通に俺たちと話がしたかったみたいだ。
あと、システィちゃんが何かに云い淀むたびに、きちんと毎回フォローをしていたのが好印象。妹思いの良い兄貴じゃないか。
「あー……あのさ、アル。確かに俺がここに来たのはドロテアさんに呼ばれてだけど、俺はお前と、本当に友達になりたいと思ってる」
おずおずと右手を差し出してくるブレフ。
こいつが良い奴だと分かったので、いやもおうもない。手を握り返す。
「俺もだよ、ブレフ。フィーに手を出そうとしない限り、お前は友達だ!」
「……お前、筋金入りだな」
何故そんな顔をするのか。
俺がまるで痛い奴みたいじゃないか。
「アル、お前と違って、俺はシスティとよろしくやってくれても全然構わないんだぜ?」
「お、お兄ちゃん……っ! な、何を云うの……ッ! 私なんかじゃ、し、失礼だよ……っ!」
妙な表現だが、システィちゃんは顔を真っ赤にし、小声で怒鳴っている。
良いなぁ、王道を征くお兄ちゃん呼び。『にーた』や『兄様』も、もちろん嫌いじゃないが、王道には王道の良さがある。そのうちフィーにもやってもらおうかしら。
「あ、あの……。アルト、さん……。お兄ちゃんの云う事なんて……き、気にしないで下さいね……? よろしくやるだなんて、そんな……私……ッ」
何故に顔が真っ赤なのか。
システィちゃんはマイシスターを泣かせてしまった罪滅ぼしからなのか、おっかなびっくりなのに、積極的に話しかけてくれるようになった。主に、俺に。
嬉しいけど、フィーにも話しかけてあげてね?
まあなんにせよブレフだけでなく、この娘とも、良い関係を築いて行けるように頑張ろう。
「ぶー! にーた、よろしく、めーなの! にーたはふぃーの! ふぃーのなの! だっこ!」
すると今度は妹様がつむじをまげてしまわれた。
つむじをまげながらも、両腕は大きく開き、今か今かと、だっこを待ち構えている。
兄たるもの、自らの妹を常に優先せねばならないのだと母上から授かりし、ありがたい心得にも記載されている。
俺は愛妹を抱き上げ、ご機嫌取りに取りかかる。
「ほら、フィー。これで許してくれるかー?」
「……なでなでも!」
怒ったフリはしているが、頬はぴくぴくと動いている。気を抜くとにやけてしまうからだろう。
俺はそれに気がつかないフリをして、妹様に媚びを売り続けた。
可愛いからね。仕方ないね!




