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妹のいる生活  作者: むい
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第二百十四話 篤実の果て(後編)


「殺すぅーーっ! 殺す、殺す、殺す、殺す、殺すぅぅぅうぅうううううううう!」


 ありったけの力を込めて、ヒューホは魔壁を叩き付けた。

 しかし、何度やっても、同じ場所で止まってしまう。

 信じがたいことだが、目の前のガキが、何事かの手段で防いでいるのは、事実のようだった。


「あり得ないィーーっ! ボクの魔力は、一番なんだァーーっ!」

「いやァ……。俺の知る範囲だと、三歳児以下だと思うぞ?」


 見え見えの嘘を口にするこのガキを、心底、殺してやりたいと思った。


 ヒューホは左右から潰すことを止め、正面から一点に圧力を掛けることに方針を変えた。

 これで、背後にある魔道具店と、魔壁とのサンドが出来上がるはずである。


「死ねェーーーーっ!」


 一気に魔壁を押し出した。

 さあ、吹き飛んで、潰れて死ぬが良い!


 ――が。


「何で動かねェんだよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」


 矢張り少年の目の前で、魔壁は停止してしまう。


 クソガキは指を振る。

 すると、ヒューホの魔壁が簡単に押し返され、その衝撃で、彼は、たたらを踏んでしまった。

 尻もちをつかなかっただけマシだが、その様子は、あまりにも無様で。

 何も知らない野次馬たちが、「いい大人が、子供に押し負けてやがる」と嘲笑している。


 許せない。

 自分の魔力は、魔術師よりも上なのに!


「があああああああああああああああああああああああああああ!」


 彼は押した。

 力の限り、魔壁を押した。

 しかし、あの子供を押し飛ばすことが、どうしても出来ない!


 山。


 まるで巨大な山を押そうとしているような錯覚に、彼は陥る。

 押すこと、それ自体が無駄で、無意味で。動くはずなど無いのだと、そう思いそうになる。


(小揺るぎもしねェーーーーっ! 何だ、これは! こんなの、人間の持てる魔力量じゃねえだろうがよおおおおおお! 一体、こいつは、何なんだよおおおおおおおおおお!?)


 ヒューホは脂汗を流し、顔を真っ赤にしていた。

 しかし目の前ガキは、彼の必死の魔術に、興味すらないようだった。まるで自分の尻尾を追いかけるバカな犬でも眺めるように、ヒューホの徒労を、冷めた目で見つめていた。


「手前ェーーーーっ! この野郎おおおおおおおおお! 何か云いやがれええええええええ!」


「え……? 何か? そうだな。えっと、アンタ、ちょっと痩せた方が良いと思うぞ?」


「うおおおおおおおおおおおおおおおおお! 黙れええええええええええええええええええ!」


「えぇー……? どっちなんだよ……」


 目を血走らせているヒューホは、自らの持つ、例の腕輪に思い至る。

 これまで彼は、増幅器を使う者達を、無手のままで圧倒してきた。

 魔道具を使う必要が無かったからだ。


 だが、今日、この時、彼は腕輪を使うことに決めた。


 いや。

 なりふり構っていられなくなったと云うべきか。


 このガキをすり潰すことが第一。

 他は二の次、三の次。


 自分の魔力に、この腕輪が加われば無敵のはずだ。


「ふッ、ひひ……! 覚悟しようねえええええ、ボクうううううううううううううう!」


 腕輪が煌めく。

 これで魔術威力が大幅にアップしたはずだ。


 押す。

 力を込めて押す。

 全力で押す。

 世界の果てまで吹き飛べと、押す。


 しかし。


「何かやるのかと思ったけど、さっきと変わってないじゃんか」


 違いの分からないバカなガキが、訝しそうに、こちらを見ていた。

 アホな子供は、「仕掛けても、安全そうかな?」と呟いたようだった。

 瞬間、ヒューホの影から黒い蛇のようなものが伸びてきて、彼をグルグル巻きにしてしまう。


(や、闇の魔術……ッ!? ば、バカな!? 影を魔術に使う場合は、『本人の影に限る』と云う決まりがあるはずだろぉ!? 何で俺の影から、闇の魔術が発動するんだよおおおおお!?)


 紐で縛られたチャーシューのような姿で、ヒューホは地に転がった。顔の半分も黒い縄で覆われているので、呪文を唱えることも出来ない。


 子供が指を振ると、ヒューホの影から、更に縄が湧いて出て、既に転がっている子分たちも、ひとまとめにしてしまう。その縄の端は、太い街路に、しっかりと結ばれた。


「あー……。すみません、誰か、この人たちを通報して貰えませんかね?」


 少年が云うと、野次馬のうちのひとりが、頷いて駆けて行く。


(ふざけんなよ! 捕まっちゃうじゃないかぁあああああぁぁあぁあ! ボクはただ、友情を拡大していただけだろおおおおおおおおおおおおおお!?)


 ヒューホは必死にもがくが、黒い縄は、ビクともしない。恐るべき精度で作り上げられていた。

 瞬間的に編み上げることの出来るはずのない技術力だった。


 彼を締め上げた子供は、偉大なる魔導士であるヒューホさんに興味がないのか、動けないことを確認すると、魔道具店に入っていってしまう。

 ヒューホは、ぽつんと取り残された。


「大丈夫でした? あの連中に盗られたものとか、そういうのは、ありませんか?」

「お兄ちゃん、凄い!」


 店に入るなり、ハンナが勢いよく少年に抱きつく。どうやら、先程の戦いを見ていたらしい。

 そして彼は、この少女に気に入られてしまったようだ。


「お兄ちゃんって……。俺とキミ、そんなに違わなく見えるけど……?」

「あたし、五歳!」

「俺は一応、六歳だから、お兄ちゃんで合ってるな……」


 そんな感想をもらす男の子に、モニクと祖父も近づいてくる。


「き、キミ、怪我はないの……?」

「たぶん大丈夫だと思います。……あの男が呪詛魔術の使い手なら、分からないですけど」

「呪詛魔術!? そんなの普通、想定しないわよ」

「いや。しないとダメだと思います。うちの先生に怒られちゃうし」


 真顔で呟く男の子に、老人が語りかける。


「何者だ、お主。あのヒューホの魔術を、容易くあしらうとは」

「あのヒューホと云われても、知らない人なので、なんともコメントのしようが」

「それに、このポーションだ。これは一体、何だ? 嘘のように痛みが消えたし、もう回復が始まっているようにすら感じるぞ? 大昔に大怪我をした時、大枚をはたいて最上級の治療薬を買ったことがあるが、あれ以上の……。いや、流石に、そんな訳はないか」


 老人の言葉に、不思議な少年は、シニカルな笑みを浮かべた。


「……この店の品を全部売っても、あのポーションは手に入らない金額だと云ったら、信じますか?」

「な、なにっ?」

「……冗談ですよ」


 少年は、自然な動作でハンナを撫でている。その手つきは、ちいさい娘を抱き慣れ、撫で慣れているように見えた。やたらとなめらかで、年季の入った動きなのである。


「ふにゃぁ……!」


 余程に撫で方が巧みなのか、腕の中のハンナが、とろけた声を出してしまう。


「さて、と」


 彼は、夢見心地のハンナをモニクに渡すと、出口の方に、身体を向ける。


「む……? 行くのか? まだ、礼もしておらぬが」

「俺もこの店を見に来たんで、ゆっくりしたいんですが、取り調べとかに巻き込まれたくないんです。それに、家族を待たせてもいるので」


「ご家族? キミのご家族が、外にいるの?」

「いや。大通りの方のカフェにいますよ。新作のクリームパウンドを食べているはずですが、すぐに平らげちゃうと思うので」


 泣かれると困るんです、と、少年は、よくわからないことを云った。

 パウンドケーキを食べきると、何故、泣くと云うのか。


 しかしそんな疑問に答えることもなく、整った外見とくたびれた雰囲気を纏った不思議な子供は、スタスタと立ち去ってしまった。


「あ……! あの子の名前、聞いてない」

「なぁに。あの様子なら、また、この店に来るだろう。礼をするのも名前を聞くのも、その時で良いだろう」


 確信を持った態度で、店主は子供を見送った。


 そしてヒューホは――。


「違ぁう! ボクはただ、友情に忠実たらんとしていただけなんだぁっ! ちくしょう! どうして誰も、それを認めない! どうして無実のボクを助けない!?」


 捕縛されたことを切っ掛けに、多くの『友人』たちが、彼の罪状を訴え出た。

 取り巻きの子分たちも、頭目の罪を話せば刑を軽くすると云う取引に応じ、数々の罪状を暴露した。


 結果は極刑だった。

『友情』の邪魔をする者を悉く処分してきたことが明るみになったので、当然と云えば、当然の話なのだが。


 しかしそれでも、彼は最期の最期まで、己は潔白であり、友情を大切にしてきただけだと主張した。

 友情に篤実たらんとしただけなのだと云い張った。云い張って、周囲の人間を閉口させた。

 もちろんそれで、無実を勝ち取れるはずもなく――


 彼の篤実は、この世の果てと云う形で、報われたのだった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] クソ野郎一匹痛快処刑エンド気持ちいい! これで王都が少しだけ綺麗になりましたな。 しかし、こんなドブカスが長い事大手を振ってのさばっていた所を見ると、この王都の治安組織も大した事無いな… …
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