第二百十一話 友情に篤い
珍しく、三人称です。
「ほら。こうだろ?」
「う、ぐぎぎぎぎぎ……!」
ひとりの男が、もうひとりの男を押し込んでいく。
それはさながら相撲のように。
圧倒的な『力』だけで、対象を圧して行く。
しかし、それは腕力によってではない。
魔術の源――魔力によってだ。
「ま、待って下さい……! げ、限界です」
押されている方の男は脂汗を流すが、押している方の男は薄笑いを浮かべたままで、圧することを、やめようとはしない。
「うわぁっ!」
やがて、押された方は吹き飛ばされ、尻もちをつく。
それを見ていた取り巻きたちが、「おぉ~~っ」と、歓声を上げた。
「ま。こんなものかな」
尻もちをついた男を見おろしながら、男は余裕の笑みを浮かべた。
取り巻きたちは、争うように、勝った男に近づいていく。
「流石です、ヒューホさん!」
「いやぁ~、今日も圧倒的ですねェ!」
取り巻きたちの言葉は、ヒューホと呼ばれた男の歓心を買うための、おべっかではあったが、全くの嘘でもない。驚嘆の心もある。
それは、尻もちをついた男がしている、腕輪に関係があった。
魔力増強の腕輪。
魔術師が好んで愛用する能力向上装備のひとつではあるが、これは新製品。
つまり、既存のものよりも、増幅率が増しているのだ。
そんなものを装備した人物を、ヒューホと云う男は、装備なしで圧倒したのだった。
「ヒューホさん、また魔力量が増えてませんか……?」
腕輪の男が、汗を拭きながら起き上がる。彼は、魔導士ではなく、魔術師であった。
つまり、国公認で、一定以上の魔力量を有することになる人物だ。
対するヒューホは、魔導士でしかない。
「ふふふ。魔術の強さとは、魔力量だよ、キミィ……」
ネットリとした表情で、ヒューホは笑う。
彼は勉強が不得手で、魔術師になることが出来なかった。
だが、産まれ持った天性の魔力量と成長力は、この通り、本来は『格上』のはずの魔術師すら、圧倒してのけてしまう。
ヒューホはその力で、この男たちをまとめているのである。
「どんな知識を蓄えたところで、必殺の一撃を食らえば、それで終わりさ。積み上げられた土嚢は川の水をせき止めはするが、津波の前には、無力だからねェ」
ヒューホは三十代半ば。小太りで、いつも薄笑いを浮かべている。
その笑みは、自身の実力による自信から来ており、そのたるんだ体型は、贅沢な暮らしによって維持されていた。
しかし彼は貴族ではない。平民だ。
なのに、金回りが良い。
前述の通り、ヒューホは学問が苦手である。つまり、頭を使って稼いでいる訳ではない。
さりとて、家が裕福と云う訳でもない。
彼には、彼独特の、ビジネスがあったのだ。
「ぬふふ。では、行こうか。今日も世のため人のため、しっかりと働かないとねェ……」
ネットリとした笑顔と、どっしりとした足取りで、ヒューホは商業地区へと向かった。
※※※
「やあ。今日も元気に働いているかな?」
「う……。ヒューホ……さん」
ある商店の店主が、やって来た小太りの魔導士を見て、顔を引きつらせる。
ヒューホ一味はズカズカと店の中に入り込み、店主の肩に手を置いた。
「本日は、ボクたちの友情を確かめに来たんだよ」
「え? ま、また……ですか?」
「当然だろう? 友情とは良いものだ。何度でも確認したくなるものさ。友情無き人生など、砂漠と変わらないよ。潤いがない。キミの人生を完全に緑化してあげることは流石に出来ないが、せめてオアシスくらいにはなってあげられたらと、ボクは思っているのだよ?」
ヒューホは、肩に置いた手で、しっかりと店主を掴む。
痛みで店主は顔を歪めた。
「ボクには、戦魔導士としての力しかないが……。もしもの時は、それを、キミのために役立ててあげようと云っているのだよ……。何せボクらは、友達だからねェ……」
小太りの男は、ネットリとした笑顔を浮かべた。
見返りと称して何を要求しているかは、云うまでもあるまい。
これが、彼の生活であった。
ヒューホは『友達』の為に尽くすという名目で、一部の商店から、みかじめ料を取っているのだ。
何かあれば、我々が働いてやると。
彼らはこうして金銭を徴収するだけでなく、飲食・酒代のツケを回してくることもあった。
それらも、『友達料』と云う訳だ。
一応、チンピラや酔っぱらいが暴れれば、『働く』こともある。
しかしそれは、義務でもなく、義理でもなく、自らの力を誇示するためにやるのである。
従って、必要以上に対象を痛めつけることが常であった。
「おい、店主! ヒューホさんが、わざわざこう云って下さっているんだぞ?」
「まさか、『何もない』なんてことは、ないよなぁ?」
脅したり、凄んだりするのは、取り巻きの仕事だ。
ヒューホ自身が何かを要求することはない。
金を渡すのも、店主の『自主性』に任せているのである。
こうして、彼らは一件目の『営業』を終えた。
友情に篤いヒューホには、たくさんの『友達』がおり、親交を深めるべき相手は、他にもいるのである。
名残惜しいが、一カ所に留まってはいられない。
「ヒューホさん、次はあっちの店に行きますか?」
「いやいや、向こうの店に寄って、ついでに飯でも食いましょうや」
「待て待て。それよりもこっちの店舗の――」
取り巻きたちが、次々と『友達のやっているお店』の名前を挙げるが、ヒューホは、そのいずれにも、首を振った。
「友情は素晴らしいね。彼らは安全を守られ、ボクらは潤うのだから。でも、だからこそ、この喜びを多くの人にも知って欲しい! 世界に広げよう、友達の輪をね」
それは、『新規開拓』を意味していた。取り巻きたちにも異論はない。
『友達』が増えれば増える程、彼らは満たされていくのだから。
「なら、個人商店じゃなく、そろそろ大商家や支店持ちの商会に声を掛けるなんて、どうですか?」
「エルフ共が幅を利かせているところなんて、どうでしょう? あいつらは美しい種族だ。ひょっとしたら、お近づきになれるかもしれませんぜ?」
取り巻きたちが下卑た笑い声を上げた。
しかし、ヒューホは首を振る。
「エルフは魅力的な種族だが、今回はやめておこう。あそこは警備部が充実している。ボクが親しくなろうとしても、自前の戦力があると、断られてしまうだろうねェ」
「それじゃあ、別の商会にしますか?」
「いや。新しい友人を得るんだ。取り敢えずは、個人商店にしようか」
そのことに関して、何か意見はあるかとヒューホが視線で問いかけると、腕輪の魔術師が手を挙げた。
「なら、魔道具を取り扱う店はどうでしょう?」
「ほほう? 魔道具の」
「ええ。魔道具は便利だし、高く売れます。友情の証がコインではなく、魔道具そのものになるかもしれませんよ」
男の言葉に、ヒューホはニッコリと微笑んだ。
「それは大変素晴らしい話だね。ボクほどの男が強力な魔道具を保有できれば、より一層、大事な友人たちの為に、尽くしてあげることが出来るようになるだろうからね」
その一言で、方針は決した。
「じゃあ、何件かお店を回って、午後からは、新たな友情を築こうじゃないか。ボクの力を知って貰えば、きっと仲良くしてくれるだろうからねェ」
彼らは新たな出会いと友情を求めて、歩き出した。




