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妹のいる生活  作者: むい
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第二百十話 四級試験(易)と掲示のコーナー


「やああああああああああああああああ! にーーーーーたあああああああああああああああ! 行っちゃ、やああああああああああああ!」


 試験日の時の、お定まりのサウンドが流れている。


 六級の試験の時は、別れを我慢してくれていたが、今回はダメだったようだ。

 五級試験の時も泣いていたから、今回も、と云うべきか。

 まあ、中々上手くは行かないよね、一度出来たことでもさ。


 母さんに抱きしめられたままのフィーが、泣き叫びながら、こちらに両手を伸ばしている。


「すぐに戻ってくるよ」


 今の俺には、そんな風に云ってあげることしか出来ない。


「やあああ……っ! ふぃーを……! ふぃーを独りにしないでぇぇぇっ! 好きッ! ふぃー、にーたが好きなのおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 ぐっ……! 

 毎度の事ながら、心が痛む……! 


 フィーの泣き声は、己の心を的確にえぐっていく。

 しかし、フィーとのより良い未来のためにも、心を鬼にして行かねばならぬ!

 試験会場にお前を連れて行くことの出来ない、無力なお兄ちゃんを許しておくれ……!


 後ろ髪を引かれながらも、俺は妹のもとを去った。


※※※


 そして、試験が始まった。


 魔力量検査は、相変わらず問題なし。

 計器に触れるだけだから感動もへったくれもないが、不安そうにタッチしている人もいる。

 ここで弾かれると、実技も筆記も受けられないから、ギリギリの人には、緊張の一瞬なのだろう。


 筆記試験は、結構、難しいと云う以外に感想はない。

 まあ、勉強しておいて良かったと云うべきか。


 しかし、よくよく考えれば、俺ってフィーと遊ぶか訓練する以外の時間は、殆ど全てを勉強に使えているんだよな。


 他の受験者たちは、それぞれに生活があり、その中で勉強時間を捻出している訳で、きっと、俺よりも大変であるに違いない。


 加えて、我が家には、魔術のスペシャリストがいるからな。

 質問すれば、すぐに最良の答えをくれる先生がいると云う点でも、恵まれているのだろう。


 だから、回答欄をきちんと埋められても、あまり自慢できるようなものでは、ないのだろうな。


 そして、実技だ。


 今回、俺が一番、不安に思っていた実技。

 何とこれが、一番の拍子抜けだった。


 楽――だったのである。


 前回の五級試験との大きな違いは、ふたつ。

 安全性と、難易度だ。


 試合形式なのは前回と変わらないが、しっかりと安全指導をした上での、極めて健全な試験内容だった。


 殺気と一緒に強力な連撃を叩き込んでくるだとか、喰らったら大怪我するようなドリルを発射して来るだとか、そんなことは微塵もない。


 使う魔術も水弾が中心で、当たっても怪我をしないことが分かるから、緊張せずに、試験に臨めた。

 思わず、「これだよ、これ!」と叫びそうになったくらいだ。


 安全性を確保した上での戦い。

 これこそが、本来の試験の『あるべき姿』だろう。

 前回のアレは、半分実戦みたいなものだったもんなァ、流血沙汰にもなったし。


 試験官の戦闘能力も、前回の褐色イケメンや、前々回のパリングするオッサンと比べて、格段に弱かったように思う。


 相手の試験官、スロー再生かと思うくらいに、動きが鈍かったのだ。

 だから、本当に楽だった。

 楽すぎて、他に何かあるんじゃないかと、何度も疑ったくらい。


 まあ、俺は、大変なのと楽なの、どちらが良いかと訊かれれば、当然、楽な道を選ぶ人間なので、これで良いのかもしれない。

 俺には『強い奴と戦いたい』と云う欲求はない。

『強い奴とは、戦いたくない』と云う気持ちなら、人一倍、あるのだが。


 ともあれ、手応え充分。体力も充分のままで、各種試験を乗り切れた。

 満点かどうかは知らないが、最低限、合格出来るライン上にいるんじゃないかと、自信が持てたのだ。


 そうして鼻歌交じりに会場を去ろうとした時の事だった。


「む……?」


 一枚のパンフレットが、目に入った。


 当たり前の話だが、この試験会場にやってくるのは、魔術師だ。

 そして、魔術師は稀少な存在だ。


 俺の周囲には魔力持ちがやたらといるが、本来は、マイノリティ。

 だから、それが冒険者であれ、国家公務員であれ、魔術の使い手は、引く手数多。


 採用したい者もいるし、自分を売り込みたい者もいる。


 両者の欲求を満たすため、試験会場内部の廊下には、魔術関連の張り紙や冊子が置かれたコーナーがあるのだ。


 まあ、でかい掲示板に張り紙がしてあり、その真ん前に置かれた長机の上に、各種チラシやら何やらが置いてある程度なんだが。


 それは、或いは国を中心とした採用情報であったり、はたまた、魔術師向けのアイテムの宣伝であったりだ。

 他には、魔術結社のメンバー募集なんてものもある。

 内容の範囲は、多岐にわたるようだ。


 ただ、誰でもここにビラをおけるのかと云えば、そんなことはない。

 ちゃんと審査や基準があって、それをパスしたものだけが置かれているようだ。


 たとえば、アレだ。例の『魔術師至上主義』の迷惑集団。


 彼らの配っているチラシなんかは、ここに置かれることはない。

 と云うか、置いて貰えないから、会場傍で配っているんだろうけど。


(トルディさんがスカウトに来た時に渡された冊子やパンフに似たものもあるな。内容は幾分か、簡略化されているけども)


 ……しかし、恋人たちの季節になると大暴れする、あの『天誅組』のお仲間募集チラシまでもが置いてあるのは、どういうことだ? 

 審査パスしたのかよ。大丈夫か、この国。


 こういうコーナーを冷やかすのは、ちょっと面白そうだと前々から思っていた。

 けれども、普段はスルーしていた。

 理由は簡単。

 泣いているマイエンジェルを、待たせているからだ。


 フィーが悲しんでいる以上、ここで油を売っているわけにもいかない。

 加えて、こんな子供では、まだ殆どの掲示物と、無縁のはずだからな。

 それで、努めて見ないようにしていた。


 では、どうして今回に限り、足を止めたのか。


 それは前述の通り、一枚のパンフが目に入ったからだ。


 他の掲示物や冊子と比べて、特に秀でた装飾がされていた訳でもない。

 だが、何故だか気になった。


 地球世界なんかでたまにあったことだが、本屋なんかに出かけて表紙を見て、「お? 何かこれ、面白そうな気がするぞ?」と感じるアレ。

 中身を知らず、知識もないのに、何となく惹き付けられる、アレだ。


 今回、それがあった。


「フット魔道具店……」


 名前からして、魔道具を取り扱うお店であるらしい。

 このコーナーには、一部のお店のチラシなんかもある。


 ショルシーナ商会の商品カタログまで置かれている。

 商会のカタログは、老舗の大商家だけあって、見やすく分かり易く、かつ購買意欲をそそるものに仕上がっている。


 カタログうんぬんを抜きにしても、俺がアイテムを購入するなら、商会にするだろう。

 取扱商品の幅が広く、品質は確かで、しかも商会長や副会長様が、直々に相談に乗ってくれるのだから。


 品物の良さと義理。

 どちらの面から見ても、ショルシーナ商会を選ぶ以外の選択肢は無い。

 無いはずなのだが――。


「うーん。気になる」


 何故だか、惹き付けられてしまう。


 だが、遠いな。

 このチラシのお店があるのは、商業地区の端っこのようだ。


 同じ端でも、倉庫エリアからも離れている。

 たぶん、大店ではないのだろうな。


 まあ、いずれにせよ、俺がこのお店に行くことはないとは思う。

 自由の身なら、空振りでも構わずに、ふらりとのぞきに行くのだが。

 自由も時間も無いからねぇ……。


 ん? 

 時間?


「あぁッ……!」


 ついつい、こんなところで色々と見てしまった。

 フィーが泣いているはずなのに!


 俺は大慌てで、試験会場の外へと駆けて行った。


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