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妹のいる生活  作者: むい
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第二百九話 お月様の罠!


 神聖歴1205年、七月。


 四級試験の日。


 我が家族は、西の離れで唯一見送りをしてくれるメイドさんに手を振られ、会場へとやって来た。


 今回も無事、合格したいものだ。


 初段まで行けば、もう受験勉強とは無縁になれるからね。

 早く解放されて、のんびりと暮らしたい。


「さて、例の『謁見ついたて』だが……」


 実はちょっと、逡巡していることがある。

 果たしてこのまま、村娘ちゃんと会っても良いものだろうかと。


 例のハンカチの一件で、不審を持たれていないか、少々不安なのだ。


 普通に考えれば、あれだけで『俺』に辿り着くことは、あり得ない。ドンと構えていればいい。

 だが、相手は、あの聡明な女の子だ。

 慢心することも、また、出来ない。


 ベストな選択は、会わないことなんじゃないかとも思う。

 でも、それはなんだか、申し訳ない気がする。


 あの子はきっと今回も、ついたての向こうにいるはずだ。

 待ちぼうけを食わせるのは失礼だし、それ以上に可哀想だと思うのだ。


「にーた! 時間は、ゆーげん! 迷うこと無い!」


 腕の中のフィーが、そんなことを云ってくれる。


 確かに、もうあの子と会う機会も殆ど無い。

 ならば、会っておこうかと思い至った。


 覚悟を決め、ついたての方へと足を向けると――。


「みゅっ? にーた、なんでそっち行く!? 時間ゆーげん、云ったはず! ふぃーと過ごす時間、減る!」


 えっ!? そっちの意味だったの!?


「にーたと、ふぃー、これから離ればなれ! それ、凄くツラい! だから今のうちに、ふぃー、にーたに、いっぱい甘えたい!」


 ひしっと抱きしめられてしまった。


 フィーからは『撫でてオーラ』だけでなく、俺に構って貰えることを期待した視線が、ぎゅんぎゅん飛んできている。


「にーた。ふぃーのこと、可愛がって……?」

「ぐ、ぐむ~~……っ」


 小首を傾げて、上目遣いにお願いされてしまう。

 フィーのやつ、いつのまに、こんな小技を……!


 こんな態度を取られたら、俺に断る選択肢はない。

 ついフラフラと、撫でてしまう。


「もっと! にーた、もっと、ふぃーのこと、なでなでして?」


 マイエンジェルの要求は、とどまることを知らない。

 このまま本当に、試験開始の時間まで、こうやって過ごすつもりのようだ。


 しかし、さっきまで迷っていたとは云え、『会う』と決断したのだ。

 だから、村娘ちゃんの所に行くぞ。


 幸い、妹様は、俺に甘えることで頭がいっぱいのようだ。


 その熱く潤んだ瞳には、俺だけしか映っていない。

 撫でたまま歩けば、問題なかろう。


 目を逸らすと悟られるので、マイシスターに視線を合わせる。


 けれども、視界の端に入る景色から、位置情報を把握。

 ころんだり他の人にぶつからないよう慎重に、例のついたてへとやって来る。


「あ……」


 と云う、声が聞こえた。

 薄い壁の向こうには、お月様な幼女と、いつもの護衛役の人。


「こ、『こんにちは』」

「ああ、うん。『こんにちは』」


 いつも通りの挨拶。

 おそらく、あと何度も出来ないであろう、挨拶。


「みゅみゅっ!? ふぃーたち、いつの間にここへ!?」


 妹様がビックリして、周囲を振り返っている。


「お久しぶりですね」

「うん。久しぶり」


 毎回、同じスパンで会ってはいるけどね。


 村娘ちゃんは、いつも通り、穏やかな月のような微笑で俺たちを見つめている。


(良かった。ハンカチのことを、口に出す気配はないようだぞ)


 よくよく考えてみれば、あの時の俺の対応は完璧だったからな。

 疑念など抱くどころか、以後、不審が浮かぶこともあるまいよ。ふふ。


 心が軽くなる。

 そうなると、こちらから話しかける余裕も生まれる訳で。


「勉強の調子はどう?」

「はい。努力はしたつもりです。ですので、結果に結びついてくれればと願うばかりです」


 謙虚な口ぶりだけど、弱気さは皆無だった。


 そりゃあ、そうだろう。


 この娘、お母さんを救うために奔走していて、その合間に勉強していたのに、ずっと満点だったもんな。

 勉強だけに集中出来る環境になった今、不安要素は無いのだろう。


「貴方様は、どうでしょうか? 自信の程は、ございますか?」

「俺? 自信なんて、あるわけ無いじゃん」


 それだけは自信を持って云える。

 特に実技ね。

 五級があれだったから、凄く不安だわ。


 ただ、別に満点じゃなくても、合格さえ出来れば良いのだから、その点だけは気楽と云える。

 仮に落ちても、また受け直せることも。


「そうなの、ですか……?」


 マリンブルーの瞳が、じぃっと俺を覗き込んでくる。


 フィーの目も青いけど、この娘とは、また違った青さなんだよね。

 日本人じゃなくなって、『同じ色でも色違い』と云うのが、普通にわかるようになった。金髪とかもそうだけど。


「ふぃーのにーた、盤石! ふぃーと遊んでくれない時、ずっと勉強してる! 今、ふぃーを大事にしてくれる時間!」


 ずっとじゃないけど、勉強はするよ。しないと、受からないからね。


 それにしても、妹様の、この主張は何だろうね? 

 俺の自慢と、会話の打ち切りでも狙っているのかしら?


 まるで見せつけるように。


 そして所有物だと宣言するかのように、マイエンジェルは、俺を抱きしめ、村娘ちゃんを睨み付ける。

 がるるるる、と、うなり声でも、あげそうな勢いだ。


 一方、天下の第四王女様は穏やかな微笑のままで俺たちを見ていたが、やがて、ちいさく可愛らしい声をあげた。


「あ、落とされましたよ?」

「うん?」


 足下には、俺のハンカチが。


(フィーがもがくから、落としちゃったか)


 この間の、お城侵入の時にもなくしているからな。

 今日、またなくしたなんて云おうものなら、いよいよ母さんにお仕置きをされてしまうぞ。


「やれやれ、助かったよ」


 俺はハンカチを拾おうとし――。


「うっ……!」


 違う……! 

 俺が持ち歩いているハンカチではない! 


 これは――!


(あの時、なくしたハンカチだ……!)


 恐る恐る村娘ちゃんを見る。


 そこにあるのは、穏やかで優しそうな少女ではなく、王族らしい威厳を備えた、美しい幼女様の姿だった。


「それは――貴方様のものなのですよね?」


 その声は、凜としていた。


 こんなに幼くて可愛くても、力を持った高貴さが発現できるとは。

 俺は彼女を、甘く見ていたのかもしれない。


 だが、俺にも俺の事情がある。

 エイベルを巻き込むことにもなる。

 認めるわけにはいかない。


「いやぁ、俺んじゃないなァ。足下にあるものだから、つい間違えるところだったよ」


 精一杯の薄い笑顔で、何とか、そう応じた。


「違う……のですか?」

「うん。ホラ。これが俺のハンカチね」


 ポケットから、自前のハンカチをつまみ出す。

 一切の動揺は、表面に出していないはずだ。


「そう、ですか」


 すると地面のハンカチはフワリと浮いて、村娘ちゃんの手の中に収まった。


 成程。

 ああやって、俺の足下に配置したのか。


(て、云うか、この娘、魔術の発現に詠唱を必要としないのね)


 お月様な幼女は、ハンカチを丁寧に払うと、大切そうに抱え込んだ。


「勘違いしてしまったようで、申し訳ありません。こちらのハンカチの持ち主は、わたくしが責任を持って探しますね」


 ……それって、捜索を諦めないってことですか?


 村娘ちゃんの瞳は大人しくて穏やかだが、よく見ると、強い意志を感じさせる。


 考えてみれば、治療法のないお母さんのことも、ずっと諦めなかった子だもんな。

 もしかしたら、根っこには頑固な部分があるのかもしれない。


 やっぱり、この娘にこれ以上会うのは、危険なような気がするなァ……。


 安全第一。保身第一。

 人間関係や義理よりも、我が身が一番。

 それを、再確認できた。


「貴方様は、三級試験も受験なさるのですか?」

「え? あ、うん。そのつもりだけど」


 ハンカチの件と関係ない話題を振られて、ちょっと驚いてしまった。

 やっぱ、俺の考えすぎなのかな?


「そうですか。実はわたくしも、三級試験を受験するつもりなのです」


 うん。知ってる。

 初段目指してるのも、聞いているよ。


「お互い、合格出来ると良いね」

「はい。次回の試験も、この場所でお会いしましょう」

「うん。頑張ろうね」


 適当に相づちをうって、ハッとした。


「はい。約束ですよ(・・・・・)? 次回も必ず、ここでお会いしましょう」

「…………!」


 あれ? 

 いつの間にか、次も会うことになってしまったぞ?


 まさか、狙って……? 

 いや、そんな訳がないよな?


 俺は呆然としたまま、『高貴モード』の微笑を浮かべる、幼い第四王女様を見つめていた。


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