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妹のいる生活  作者: むい
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第二百七話 秘密基地での出来事


「にーた、秘密基地! ふぃーたち、秘密基地に行くべきだと思う!」


 うららかな午後。

 マイシスターは、突如として、そんなことを云い出した。


「秘密基地って、例のトンネルか? 何でまた、急に?」

「しーっ! 他の人に聞かれる、よくない! 詳しい話は、むこーで話すの!」


 母さんはハンモックでお昼寝中。

 耳が可愛いエルフの先生様は不在。

 駄メイドは仕事中。


 別に警戒すべき何かがあるとも思えないが……。


(ま。ここは妹様の意思を尊重しましょ)


 目の前で両腕を広げ、だっこを待つマイエンジェル。

 どうやら、現場まで抱えて行けと云うことらしい。


「ほい。ぎゅー!」

「ぎゅーっ!」


 大喜びで抱き返してくる我が家の天使を抱え、生け垣のドームへと向かった。


「にーた、不思議! この穴、日に日に、ちいさくなっていく!」

「いやァ……。俺たちが成長しただけだと思うぞ?」


 見つけた頃、まだフィーは二歳だったしね。


 よく食べ、よく遊び、そしてよく眠る妹様は、すくすくと成長している。

 そりゃ、トンネルもちいさく感じることだろう。


 いつも通りに四つん這いになり、奥のホールへと進む。

 麻袋のシートの上にあぐらをかくと、当然の権利のように、フィーが登ってきて、「ふへへ」と笑った。


「それで、フィー。ここへ来た目的は何なんだ?」

「ここ、秘密基地! それが重要!」

「と、云うと?」

「ふぃーのにーた、素敵! 世界で一番、格好良い!」

「お、おぅ……」


 ……まあ、思い込むのは自由だよ。

 たとえ実像と、かけ離れていてもね。


「で、ここへ来ることと、俺が素敵……なことと、どんな関係があるんだ?」


 自分で素敵と云うのは、ちょっと恥ずかしいな。


 俺の言葉に、フィーはぷくーっと頬を膨らませた。


「むーっ! にーた、分かってない! にーた、無防備! だから、ここ必要!」

「うん?」

「ふぃーは、にーたのもので、にーたは、ふぃーのもの! それ、天の理! 地の自明!」


 また怪しげな言葉を……。


「家にいても、外にいても、にーたに女の子、すぐ寄ってくる。これ、良くないと、ふぃーは思う!」

「いやいや。誰かしらと出会いがあるのは、良いことじゃないのか?」

「めー! 女の子、ふぃーのにーたを盗ろうとする!」


 そんな状況になったことなんて、あったか? 

 寧ろ、フィーとずっと一緒だったような気がするんだが。


「ふぃーとにーた、二人っきりで過ごせる空間、ないと困る!」


 えーと。

 つまり色々云っていたけれども、邪魔が入らずイチャイチャ出来る場所が欲しかったってことで良いのかな?


 云うことを云ったからか、フィーの怒りゲージは綺麗サッパリ消え失せて、俺に頬を擦り付け、甘えてきた。


「ふへへー……。この感触、この匂い。ふぃーだけのもの……!」

「よしよし……」


 マイエンジェルの理屈はともかく、要求通り、この娘を可愛がることに専念するのも、たまには良いだろう。


 ここには何度も来ているが、最初に発見した時は、『我が父』を見かけたんだったな、そう云えば。


 会うことが出来なくても寂しいと思えないのは、俺の心が冷たいせいだろうか? 

 単純に、親しみや寂しさを覚える程の、接点がないと云うのもあるんだろうが。


(……うん?)


 云った傍から、人影が見えた。


 本館の人間はこの離れに近づかないはずなのに、幾人かが、こちらにやって来る。

 と、云っても、明確な意志を持った足取りには見えない。

 離れに用があるのではなく、何となくこっちの方に足を向けただけのような感じだ。


(おおっ、アレは、ミアの友達、イフォンネちゃん! ……と、アウフスタ夫人か。それに――)


 生け垣の近くに来たのは、全部で五人。

 貴人がふたりに、使用人が三人だ。


 まあ、イフォンネちゃんも本来は貴人の側だし、他の使用人たちも、それなりの家の出かもしれないけど、俺には違いが分からないからね。

 服装で判断するしかない。


 先頭をきって歩いているのが、『歩くトゲトゲ女』のアウフスタ夫人。

 その後を追うように、イフォンネちゃん等、使用人が付き従っているのだが、問題は、その中の一人だ。


 年配の女性が抱きかかえているのは、金髪の赤ん坊だった。


(あれが親父殿の産ませた、『唯一』の男児か)


 俺は員数外だからね。カウントされない存在よ。


 アウフスタ夫人――長いので、トゲ女でいいや。

 トゲ女さんは、『秘密基地』の近くで足を止めると、忌々しそうに呟いた。


「当家の庭は、こんなにも美しいのに、ここから先は、穢れた土地になってしまったわ……! 薄汚い平民なんかを住まわせるから、地価が下がるのです!」


「全くです! 普通の平民は、労働者や生産者としての価値がありますが、ここにいるのは、何ら社会の発展に寄与しないダニのような連中です。ダニは駆逐すべき存在であって、わざわざ飼育しようとするのは、常軌を逸した行動と云えましょう」


 まるでパンストでも被って顔を歪めたかのような使用人の女が、夫人に相づちを打った。

 おもねっているのか本心なのかは知らないが、このパンスト女を好きになるのは、無理そうだ。


 一方、罵倒大会に参加する気がないのか、イフォンネちゃんは、目を伏せている。

 この様子だと、うちへの悪口は日常茶飯事なのかな?


 まあ、離れの使用人にも、ゴミを見るような目で見下されることもあるから、今更だが。


 すると、眠る赤ちゃんを抱える年配の使用人が、何気ない感じで口を開いた。


「でも、子供たちは、とっても可愛いと聞きますよ? 私もだっこしてみたいねぇ……」


 後半のだっこうんぬんは、完全に独り言だろう。

 赤ちゃんの抱え方を見るに、子供好きなのかな? 穏やかそうな人だ。


「……あの女は、見てくれだけは良いようですからね。あの人を誑かせる容姿を引き継いだのなら、見た目だけはマシなのでしょう」


 トゲ女さんの毒舌とマイナス補正を持ってしても、うちの母さんは美形のようだ。

 尤も、それを利用していると云う、悪い評価のオマケ付きのようだが。


「でも、ここの子供たちは、そろいも揃って天才だと聞きましたよ。凄いですねぇ」


 年配女性がそう云うと、パンスト女が侮蔑の笑みを浮かべた。


「私の聞いた話と全くの逆ですね。バカ兄妹だと聞いてますけど。日がな一日、奇声をあげながらソリを引き摺って回る異常者だとも」


 ソリを曳いてるのは、訓練なんだが。

 確かにハタから見れば、「毎日毎日、何やってるの?」になるのかもしれん。

 更に母さんやフィーは、そのソリに乗って歓声を上げているからな。


「だけど、どっちの子も、魔力持ちなんだろう? 凄いことよねぇ……」


「魔力なら、うちの子たちにも、あります」


 トゲ女さんが、会話に割って入った。


「イザベラは、僅か三歳にして、初歩魔術・『種火』が使える天才です。三歳ですよ、うちの子は? ただの魔力持ちとは、訳が違います。比較になんて、ならないのですよ」


「その通りです! 三歳で魔術が使えるなんて、普通はあり得ませんからね!」


 パンストさん、世渡り上手なのかしら? 

 即座に、よいしょを始めたぞ?


 でも、三歳で初歩魔術が使えるなら、確かに才能があるのかもね。

 最低限の変換能力と、魔力制御が出来るってことだからな。


「イフォンネ」

「は、はい。何でしょうか、奥様」


 トゲっちに急に話題を振られて、イフォンネちゃんが驚いている。


「貴方、確か魔術師の資格持ちでしたね? 十級免許は、いつ取りましたか?」

「はい。七歳の時になります」


 俺が十級試験に行った時も、そのくらいの年齢の子供がチラホラいたからな。

 たぶん、普通は、そのくらいの年齢で最速なんだろう。村娘ちゃんが異常なだけで。


「なら――六歳です。イザベラも、この子も、六歳で魔導免許を取らせて見せましょう」

「六歳で、ですか?」

「ええ。六歳です。うちの子は、天才ですから」


 十級試験は簡単とは云え、筆記があるので、読み書きが出来ねば合格出来ない。

 普通の子供が読み書きを覚えるよりも早くに、勉強を開始すると云うことか。


(親のプライドの為に勉強させられるってのは、ちょいと気の毒だなァ……)


 まあ、読み書きも魔術も、出来て損するものでもないし、覚えること、それ自体は悪くないんだけどね。


「ここの平民は、毎回毎回、免許試験に出かけていると聞いていますよ。バカに受かるわけ無いですから、きっと何度も落ちて、受け直しているんでしょうね。無駄な往復、ご苦労様って感じです」


 パンストさんが、きししと笑う。


 カスペル老人は俺の持つ階級まで正確に把握していたが、この人たちは違うのかな? 

 知っているのは、イフォンネちゃんくらいなのか?


「それにしても、忌々しい。お父様が許可を下されば、すぐにでも、あの女とその血を引く子供ふたりを、追い出してしまえるものを……!」


「本当ですね! 侯爵様が、何故、奥様の願いを却下されたのか理解に苦しみます」


 あの老人、俺に利用価値があるか見定めているみたいだからな。

 道具に出来そうなものを、好悪の感情のみで追放するようなマネはしないのだろう。

 皮肉にも、あの男の存在が、間接的に俺たちを守っていると云うことか。


「……そろそろ行きますよ。ここは、あの女のせいで空気が悪いわ。息子に毒です」


 云いたいことだけ云って、ゾロゾロと去って行く御一行。

 イフォンネちゃんだけが、申し訳なさそうに、離れの方を振り返っていた。


 そして、俺の腕の中。


「にーた、にーた、にーた、にーた!」


 トゲの人たちが来る前から去った後まで、ずっと俺に頬を擦り付けていた。


「お前はブレないねぇ……」

「ふぃー、知らない人に興味ない! にーたに甘える方が大切!」


 うん。

 大物だよ、この娘は。


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