第二十話 ハトコ様がやって来た
「俺はブレフトだ。よろしくな! ブレフって呼んでくれ!」
祖父母の家に、ハトコの兄妹がやって来た。
見合いの席でもあるまいに、母さんとドロテアさんは「ここは若い者同士で」と席を外している。
俺の目の前には挨拶と共に人なつっこい笑顔を見せる少年。
わんぱくそうと云うか、悪ガキそうというか、同い年の親戚は、大人の手を焼かせそうなタイプに見えた。ただ、いやな感じはしない。明るい印象を与える人物ではある。
「俺はアルト。アルで良い。こっちは妹のフィー」
「ふぃーだよ! ふぃーはにーたのとくべつなの!」
ドロテアさんとの会話を経て、マイエンジェルは『特別』と云う単語を気に入ったようだった。
もともとは「キスは特別な相手としかしちゃいけない」、と俺が教え込んだものだが、そこから『俺の特別』と解釈するに至ったらしい。
まあ、フィーが俺にとっての特別なのは事実だから、矯正するつもりはない。時と場合は弁えるようになって欲しいとは思うが。
笑顔で「ふへへ」と笑うフィーは『特別』と云う言葉に酔っているのか、兄様呼びを忘れ果てているようである。
「おう、よろしく。アル、可愛い妹さんだな。で、こっちが俺の妹だ」
ブレフは半身を捩る。そこには少年の影に隠れるようにして、ひとりの少女が立っていた。
「ぁ、ぅぅ……っ」
顔を伏せ、目も伏せている。こちらに怯えているようだ。
この娘がシスティちゃんなのだろう。
前情報通り人見知りそうだ。そして、確かに可愛い。
ショートボブの黒髪と、アメシスト色の瞳。白い肌は日焼けしておらず、あまり外に出ないタイプなのだと分かる。
それから――。
(怪我でもしてるのかな?)
左手に包帯を巻いていた。
しっかりと厳重に。ようはグルグル巻きである。
「……ッ!」
俺の視線を感じたのか、少女は左手を隠した。
怪我か何かで巻いているのだろうし、見るのは失礼だったか。
「こらシスティ、ちゃんと挨拶しろ。身内だぞ? 安心しろ、誰もお前をいじめねェよ」
ブレフの言葉を聞き表情を見て、俺はこの血縁を良い奴だと判定した。
ぶっきらぼうな口調でも、ちゃんと妹を気遣っているのがわかる。
妹を大事にする兄に悪い奴はいない。絶対にいない。
「こんにちは。はじめまして。俺はアル。仲良くして貰えると嬉しいな」
出来るだけ警戒させないように笑顔を浮かべる。
社会人時代に鍛えた笑みだ。
クソな上司やむかつく取引先にも褒められたことのある特製の作り笑いは、さぞ爽やかに見えることだろう。当時は嫌々使っていたが、こんな所で役に立つとは。
世の中、何がどう転ぶかわからないものだ。
「~~~~~っ」
あれ?
俺の業務用スマイル(徳用)が通じないだと?
ハトコちゃんは顔を真っ赤にしてブレフの影に隠れてしまった。
「…………」
と思ったら、ひょこっと顔だけ出して、俺を窺っている。
「怖がらせちゃった……かな?」
「あー、違う違う。システィは照れてるだけだ。お前の顔が良いからな」
「俺の顔?」
俺の顔は、一応、整っているらしい。
この世界の両親は、どちらも容姿に優れる。その子供である俺も、当然そのおこぼれに与っている訳だ。
だが前世の記憶持ちのせいで、俺自身は日本人時代の容姿が『本当の顔』だと認識してしまっている。
アルト・クレーンプットとして生きて行くしかない以上、今後もこの顔で過ごしていくのは確定なのに、意識しないと前世の顔を基準に自分を捉えてしまうのだ。
日本人時代の俺は美形ではなかった。少なくとも、容姿を褒められたことはない。
だから今の顔を褒められてもストレートに喜べない。不正を働いた訳でもないのに、なんだかズルをしているかのような気持ちになってしまう。
「にーた! にーたはいつもかっこういい! なでて!」
俺の容姿なんぞを認識する前から俺を慕っていてくれたフィーの言葉がありがたい。多分、我が妹は俺の容姿が並み以下だったとしても、こう云ってくれたに違いない。
きっとそうだ、うん。
「フィーありがとな。フィーもいつも可愛いぞ。ほーら、なでなで~」
「きゃん、きゃん、きゅ~~~~! ふぃーなでなですき! もっとなでて! にーただいすきッ!」
「……お前等、仲良いな」
ブレフが呆れたように笑っている。
まさかドン引きしているのか? 同じ妹を愛する者としてあり得ぬ事だ。不可解だ。
「いや、ブレフ、お前だって、妹さんを撫でたりするだろう?」
「いや、普通はしねェよ? そんなこと」
バカな……。
仲間だと思っていたのに……。
「そんなことより、ほら、システィ、ちゃんと挨拶しろって」
驚愕する俺をよそに、ブレフは背後に隠れたハトコちゃんを前に出した。
色々と云いたいことはあるが、今はこのハトコちゃんと仲良くなることに専念しよう。母や祖母の気遣いを無駄にする訳にはいかない。
(今度は驚かせないように黙っていよう……)
業務用スマイルを再び装着し、沈黙する女の子が口を開くのを待った。こういう娘は急かさない方が良いだろう。
ややあって、ハトコちゃんは口を開いた。
「ぁ、ぁの……。わ、私、し、システィーナって、云います……。よ、よろしくお願いします、アルトさん……」
消え入るようなちいさな声だった。
システィちゃんは赤い顔でぷるぷると震えてしまっている。勇気を出したんだなぁ。健気だ。
俺の妹だったら、大いに褒めて撫で回すところだが、この娘は血縁とは云え、よその娘だからな。自重せねば。
せいぜい無難な言葉を返してあげることしかできない。
「よろしくね、システィちゃん。うちの妹とも仲良くしてくれると嬉しいな」
寧ろフィーと仲良くなってあげて欲しい。我が妹には、年の近いの友人を与えてあげたい。
愛する妹の背中を押して、ハトコちゃんの前に出す。物怖じしない性格だからか、マイエンジェルは爛漫な笑顔で手を振った。
「ふぃーです! にーたがすきです!」
「……くすっ」
おお。ハトコちゃんが笑った。可愛いじゃないか。
「私はシスティーナです……。システィって呼んでね、フィーちゃん……」
愛妹が可愛すぎたからか、俺の時とは打って変わって和やかな雰囲気。うんうん。本来はこんな感じなのか。
俺は小声でブレフに話しかける。
「良い娘じゃないか」
「まあな。でも、うちの妹は男が怖いって云ってたから、そこは憶えておいてあげてくれ。アルに怯えたりするかもしれないけど、別にお前を嫌っている訳じゃないはずだからさ」
引っ込み思案なだけでなく、男性恐怖症気味でもあるのか。
もちろん了承する。俺は世界中の妹の味方なのだ。
改めて笑顔をシスティちゃんに向けてみると、
「……ぅ……っ」
またもや目を逸らされてしまった。
こころなしか、顔が赤い。
「なあ、アル。実は最初から気になっていたんだけど、その剣、見せて貰っても良いか?」
挨拶が済んだ途端、ブレフは話題を転じてきた。
彼の目に止まったのは、俺がガドから貰った護身用の懐剣だ。
まだまだ子供の身なので、懐にしまう事はない。なので腰に下げている。俗に云う、佩刀している状況だ。
「構わないよ。けど、危ないから気を付けろよ?」
「おおお、サンキュー!」
目をキラキラとさせている。武器マニアか何かだったりするんだろうか?
でも本当に気を付けてくれよ?
ガドの剣って、切れ味がハンパないのだ。多分、指くらいなら簡単に飛ぶ。
「かっけえええ! やっぱ剣は良いなぁ……! 男のロマンだぜ……」
そんなものだろうか? 同じ男のはずだが、俺にはロマンが分からない。
もし俺が武器を選ぶなら、距離を取れる長柄物にするだろう。安全第一だ。
「俺さ、大きくなったら、まず冒険者になりたいんだ!」
ブレフ少年はそんなことを云い出した。
子供らしい真っ直ぐな瞳だ。
水を差すような真似はしたくないので余計な口を挟むつもりもないが、俺個人の意見だと、冒険者に魅力は感じない。
収入が不安定で命の危険がある職業なんて真ッ平ごめんだ。まあ、ブラック企業に入ってしまった俺が何を云っても説得力はないだろうけれども。
「まず、ってことは、いずれは違う仕事をするのか?」
「ああ。俺、いずれはシャークさんみたいなギルドの執行職になりたいんだよ。それには冒険者として実績がないとダメだからさ」
案外しっかりと考えてた。俺なんかより、余程に立派かもしれない。
「でも俺、まだ読み書きもまともに出来ないし、剣だって危ないからって買って貰えないんだ」
まあ、五歳になるか、ならないかの歳ならそれが当然だろう。剣の購入など俺が親の立場でも止める。文字の習得だって、まだ急ぐような歳ではなし。
やんわりとそう伝えてみると、ブレフは頷きながらも愚痴をこぼした。
「だけどよ、世の中には俺たちと同い年で、もう魔導免許九級持ちの天才だっているって話だぜ? なんだか焦るぜ」
「…………」
今度は俺が目を逸らした。




