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妹のいる生活  作者: むい
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第二百四話 花


「か、可愛い……ッ! 何この娘、可愛いわ~!」

「ちょ……ッ、やめ……ッ! やめて下さい……!」


 目をさました母さんに、リュティエルが抱きつかれている。

 吹き飛ばしてしまった負い目があるからか、強く拒絶することが出来ないようだ。


 絵面自体は、いつもエイベルがやられていることと、そう大差ないはずなのだが、両者とも『大きい』せいか、抱きつく度に柔らかそうに形を変えるので、目の毒だ。


 精神統一するために、フィーに構う。


 今日は甘えん坊モードの日であり、さっきあんな事があったばかりなので、マイエンジェルは俺に密着して離れない。懸命に頬を擦り付けてくる。


「にーた、危ないことしちゃ、めーなの! ふぃーから離れる、めーなのぉ!」


 それいつも、お前さんが母さんに云われている事じゃないか……。


「分かった分かった。フィー、守ってくれて、ありがとな?」

「ひぐっ……。ぐすっ……。にーたのことは、ふぃーがずっと守るの……! にーたのこと、ふぃーが幸せにするの……」


 よしよしと撫でていると、エイベルと目があった。

 普段、母さんの過剰な愛情を一方的に注がれている高祖様は、そのマイマザーが『天秤』様に浮気中な為、ぽつねんとしている。


 今日はエイベルと過ごすと約束したのに、色々あって果たせずにいる。何とかしなくては。

 取り敢えず、話しかけてみよう。


「エイベル。彼女――リュティエルさんだっけ? 一体全体、何をしに来たのさ?」

「……聖湖の湖水が必要なのは、私だけではない」


 つまり、あの『マイム水』が目当てだったのか。


「……本来ならば、もっと早くに分けていた。けれど……」


 ああ、そうか。

 瓶が割れて、庭園の維持に回す方が優先されたのね。

 で、大量の湖水を得たエイベルに、改めて貰いに来たと。


「それだけではなく、私はエイベルに大切な話があって来たのです。あんっ、やめ……。いい加減、離れて下さい!」


 フィーや母さんに絡みつかれると、一切の行動が封じられるのだ。それは、エルフの高祖と云えども逃れることの出来ない、鉄の縛めなのだよ……。


「エイベル、助けてあげたら?」

「……解き放たれたリュシカの矛先が、こちらへ来ると困る」


 あっさりと妹を売りやがった。

 うちの先生様が保身に走る姿を見せようとは……。リュシカ・クレーンプット、恐るべし。


「貴方、エイベルの妹なのよね? エイベルの妹なら、私の妹も同然よー!」

「暴論ですっ! それ以前に、意味不明です……! ……んっ! だ、だから、離れ……っ! 離れて!」


 抵抗も虚しく、天秤の高祖様は、母さんの肉体に呑みこまれていった。

 人間がエルフを捕食する、珍しい光景だった。


 エイベルは親友と妹が絡み合っている光景を見て、まだ時間が掛かりそうだと判断したらしい。

 簡単に見切って、俺へ向き直った。


「……アル。珍しい花がある。見せてあげる」

「花?」


 エイベルの持っている植物は、どれもこれも珍しいに決まっている。

 なのに、わざわざ俺に見せてくれると云う。


 余程に変わったものなのかな? 


 それとも、俺と過ごすという目的のための口実か。

 どちらであれ、乗らない理由がない。


「うん。見せて欲しいな」

「……ん。こっち」


 エイベルは、おずおずと手を差し出してくる。

 少し遠慮がちに。


 身体強化の魔術を使い、フィーを片手で抱き上げて、俺はその手を、しっかりと握り返す。

 エイベルは、ほんの少しだけ、微笑んだようだった。


 うん。

 こういう時、魔術が使えて良かったなと思う。


「ま、待って、エイベル……! 待って下さ……」


 俺たちは、そうして、その場を後にする。

 背後からは誰かの断末魔が聞こえたような気がするけれども、誰ひとり振り返る者はいなかった。


※※※


 エイベルに手をひかれて辿り着いた先には、ちいさな塔が建っていた。

 高さからして、三階建てくらいの規模だろうか? 


 それは白い石材で作られた、シンプルな塔。


 ともすれば、牧場や農場のサイロにも見えるその円柱状の建築物の入り口には、鍵が掛かっている。


 建物に鍵を掛けると云うのは当たり前と思うかもしれないが、実は違う。

 転位門の置かれた小部屋も、マイム水の貯水場も、鍵が掛かっていなかった。


 基本的に第三者がやって来ないこの場所では、鍵が必要無いのだろう。

 信頼で成り立つと云う、ある意味で理想的な環境な訳だ。


 なのに、この塔には、鍵がある。

 それだけ、特異な場所と云うことなのだろう。


「にーた、ここ、薄暗くてグルグルしてる!」


 フィーが率直な感想を漏らす。


 内部には、灯りがなかった。だから、ほの暗い。

 そして最上階へと続く螺旋階段だけがある。

 暗くてグルグルと云うフィーの感想は、見た目そのままと云うことだ。


「……足を滑らせないよう、気を付けて」


 繋いだ手に、力が込められた。

 この階段、手すりがないから、確かに危ない。


「おおぉっ……!」


 ごく短い階段を登り終え、目に飛び込んできた光景に、思わず声を漏らした。


 朽ち果てた聖堂とでも云うべきだろうか?

 まるで荘厳な映画の一場面を切り取ったかのように、白い石材が、地面の上に置かれている。


 よく見れば、それが花壇なのだと分かるのだが、パッと見だと、時の流れに忘れ去られた聖堂に、誰も知らない一輪の花だけが咲いているような、幻想的な風景に見えるのだ。


 周囲が暗く、陽光の射し方が明確な『線』になっていることも、景色の美麗さに拍車を掛けているのかもしれない。


「にーた! 可愛い花ある! ふぃー、摘んで帰る!」


「……それはやめて」


 珍しく、エイベルが真顔になっている。


 そこにあるのは、ちいさな白い花。

 けれども、蕾のままで、開花していない。


「エイベル、この花は何なの? 神代植物の一種?」

「……ちがう。これは、世界にひとつだけの花。名前もないし、他にも存在しないはず」

「どういう事?」

「……ん。それは――」


 エイベルが云い掛けると同時に、腕の中の妹様から、かくんと力が抜けていた。


「すぴすぴ……」


 寝てる……?


 確かにフィーは体力を使い果たすと眠ってしまうのだが、こんな急に眠ることなど、あったろうか?

 エイベルも首を傾げている。


「――む?」


 花。

 あのちいさな花が、かすかに光っているように見えた。


 まさか、あの花が、フィーを……?


「エイベル、この花、一体、何なんだ?」

「……ん。この花は、私の母が造ったもの」

「お母さんが――造った?」


 エイベルの母親って、確か森の大聖霊だよな? 

 そんな存在が、直々に造ったものだと?


「……母は、私に、この花を咲かせてみるよう、云い付けた。それが私に必要なことなのだと云っていた」

「必要って、どういう事?」


 ちいさなエルフは首を振る。


「……わからない。わからないまま世話をして、芽吹いたのは、つい最近のこと」


「芽吹いたってことは……」


「……ん。ずっと種のままだった。私は植物に関連する魔術が使えるから、この花が生きていることだけは分かっていた。けれど、聖湖の湖水を使おうと、特殊な肥料を加えようと、何も起きなかった」


「その口ぶりだと、芽が出た原因が分からないんだね?」


「……わからない。わからないと云えば、母は、この花を余人には見せないようにと云っていたのに、その一方で、本当に大切な者が出来たのならば、その人物にだけは見せても構わないとも云っていた。その理由も、わからない」


 何かの謎かけなのだろうか? 

 しかし、塔に鍵が掛かっていた理由だけは理解出来たが。


(ん? いや――)


 そうじゃなくて。


「エイベル、俺のこと、大切だと思ってくれているんだね」


「……あっ」


 エイベルは、真っ赤になって俯いてしまった。


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