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妹のいる生活  作者: むい
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第二百二話 フードの少女


「あ、いたわ。やっぱりエイベルじゃない」


 目的の人物は、すぐに見つかった。

 こちらに背を向けて歩いている。


 母さんは、俺から手を離し、猛然と突進した。

 こういうところは、でかいフィーって感じだ。


「もう。誰かの相手をしているんじゃなくて、ひとりなんて! 私たちをほったらかしにした罰で、ぎゅ~~っと、だっこしちゃうんだから!」


 意味不明な理屈でセクハラタックルを敢行する母さん。


 しかし、俺はすぐに『違い』に気付いた。


「母さん、その子、エイベルじゃないぞ」


 背のちいささは似たようなものだが、まず、服装が違う。

 エイベルは、フードなんか被っていない。

 つまり、見た目が違う。


 普通なら、間違うはずがない。


 だが、その一方で、雰囲気と云うか、『在り方』が似ている。

 別物なのに、混同するくらい、『エイベルらしさ』がある後ろ姿だった。


 だから見た目が違うのに、『間違うのも仕方がないな』と俺自身が、奇妙に納得してしまっている。


 少女は――振り返ったようだった。


 しかし、それも一瞬のこと。

 母さんのタックルに対して、手をかざす。


「うッ……わッ……!」


 突風!? 

 いや、違う……!


(空間が――ズレている……!?)


 まるで輪ゴムを指で弾くように。

 収縮した空間が、俺たちを吹き飛ばしたようだった。


「きゃあーーーーっ!」


「母さんッ!」


 母さんの姿が見えなくなる。

 吹き飛んでしまったようだ。


 これは、抗えない。

 抗うことが、出来る訳がない。


 空間そのものが動くのだ。

 魔壁を展開するだとか、しっかりと脚を踏ん張るとか、そういう次元ではない。


 場所そのものに対する干渉。

 こんなもの、どうしようもない。


 なのに――俺は、無事だった。


 いや、俺たちは、と云うべきだ。


「むむーーっ!? ふぃーたちを突き飛ばす、よくないの!」


 何をどうやっているのか。

 空間歪曲による弾き飛ばしを、フィーが防いでくれていた。


 俺たちの周囲に、透明のドームのようなものが張られている。

 これが、あの少女の攻撃から、俺たちを守っているのだろうか?


 俺の知らない構築術式だ。フィーの奴、こんなことも出来るのか。

 まさか、空間攻撃に対する防御能力を獲得していると云うことなのだろうか?


(それにしても、一体、何だ、このドームは!? 多層的を越えて、多次元的な構造だぞ!? これ一枚で、どれだけの『距離』と『分厚さ』があるんだ!?)


 こんな術式、まだエイベルからは習っていないはずだ。

 つまり独学か本能か、いずれにせよ、フィー個人の突出した才能だけで、これを為しているのだろう。


「ふぃーのにーたに酷いことする、許さないの!」


 謎のドームを展開しながら、フィーは無詠唱で呪文を放った。


 それは、古式の魔術。

 あの超威力の砲撃を、六つか七つか、一撃に重ね合わせて、いっぺんに放つ。

 この娘は、こんな芸当まで出来るのか。


「ば、バカ、フィー! 殺すつもりか!?」


 こんなの、山だって容易く貫通するだろう。

 人に当たれば、塵ひとつ残らないに違いない。


 しかしフィーの放った一撃は、まるでレールの上を滑るかのようななめらかさで軌道を変えて、蒼穹の彼方へ吸い込まれていった。


「にーた、違う。もっと魔力ないと、あの壁、壊せない!」

「壁……!? 魔壁があるとでも云うのか!?」


 俺には何も見えない。感じられない。

 けれど、フィーが嘘を吐くとは思えない。


 目の前のちいさな人影は、そこでようやく、言葉を発する。


「何故、私を攻撃するのですか? 貴方達を処分する前に、それを訊かせて頂きたいのですが」


 フィーの力量を目の当たりにして、顔色ひとつ変えることがない。

 こんなちいさな子供が、規格外の魔術を使ったというのに。


 そして、『処分』と云う言葉を、淡々と口にした。

 俺たちを敵と定め、そして子供であっても、躊躇無く手に掛けることが出来るようだ。


 少なくとも、その実力はあるのだろう。

 フィーの攻撃を事も無げに、いなしてみせたのだから。


「……先に攻撃してきたのは、そちらだろう」

「私が、ですか……?」


 俺の言葉に、少女は首を傾げた。


「認識に齟齬があるようですね。何をもって、私が先に攻撃をしたと云うのですか?」

「何をもっても何も、母さんをいきなり吹き飛ばしたじゃないか!」

「母さん……? 私に対して、いきなり飛びかかってきた女性のことですか……?」


 いきなり飛びかかった? 

 つまり、この少女は、『あれ』を攻撃と捉えたのか?


「あれは、母さんがキミとエイベルを間違えただけだ」

「エイベル――ですか」


 フードを深く被っているので表情が見えないが、少女の気配が剣呑なものへと変わったような気がする。


「あれは、基本的に他人に心を開きません。まして、身体に触れさせるなど。……語るに落ちましたね」

「いや、それは……!」


 確かにエイベルはその通りの人柄で、身体に触られるのも嫌う性格ではあるのだが、うちの家族は例外なんだよ。


 この娘はどうやらエイベルの知り合いで、かつ我が師の性格を把握しているようだ。

 それで、『嘘』と断定されてしまった。


「そもそも、ここはエイベルの庭園だ! 彼女に連れてきて貰えねば、やって来られる訳がないだろう?」

「その少女は――」


 フードの人物は、フィーを指さす。


「その少女は、古式魔術の使い手ですね? 聖霊でもなしに、その幼さで、あれ程の力を行使出来る存在がいるとは思えません。となると、答えはひとつ。――『擬態』。自らの姿を、幼く見せかける術を持つと云うこと。それだけの能力を有するのならば、この『空』へ登ってくることも、出来るでしょう」


 ああ、もう! 

 フィーの非凡さが、こう云う形で誤解されるなんて。


 彼女が俺たちのような子供に対して、アッサリと『処分』と口にしたのも、年齢詐称と考えたからなのだろう。


 確かにこの状況で「普通の人の子です」と云われて、誰が信じるだろうか? 

 俺が彼女の立場でも、疑ってかかるに違いない。


 だが、誤解をそのままには出来ない。

 何とかして、疑いを解かねばならない。


 フードで容姿がよく見えないが、この娘は、たぶんエルフだろう。

 エイベルの知り合いなのだから、戦闘に突入する訳にはいかない。


 この少女は、途方もない魔術の使い手だ。戦えば、とんでもないことになる。

 少なくとも、俺では勝てないだろうし、止める手立てもない。

 この瀬戸際で、開戦を回避せねばならない。


「どこの手の者か、今のうちに話した方が賢明ですよ。敵対者にかける情けは、ありませんので」


「だから、俺たちは敵でもないし、刺客でもない! 俺の目を見てくれ! これが、人を騙そうとしている人間の目か!?」


「……貴方は、邪眼の使い手と云うことでしょうか? 残念ながら、私に精神干渉の魔術は通用しません」


 フィーとセットで、俺も警戒されているようだ。

 まるで信じて貰えない。

 ただの子供がこんな所にいるはずがないから、余計に説得力がないんだ。


 少女はフードの隙間から、改めて俺を見つめた。

 言葉通り、本当に魔眼や邪眼は効かないのだろう。


 だからこそ、俺の目を見るのだ。

 どんな魔術を使ってくるのか、見定める為に。


「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


 フードの女の子は、急に黙り込んだ。

 どうしたのだろうか? 今更ながら、俺がただの子供だと気付いてくれたのだろうか?


 少女は、フードを深く被り直し、云う。


「その愛くるしい容姿で、私を魅了するつもりですか! 浅はかですね!」


 は? この方は、一体、何を仰っているのでしょうか?


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