表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
妹のいる生活  作者: むい
204/757

第二百一話 水を注ぐ


 エイベルに案内された先には、ちいさな建物が建っていた。


 ここが浮遊庭園における、エイベルの家であるらしい。


 内部の掃除は行き届いているが、あまり生活の気配を感じない。

 ここで働くエルフたちは、別の場所で寝泊まりしていると云うことなのだろう。


「……皆は、ここでくつろいでいて」


 質素だが品の良いテーブル席につくと、エイベルがそんなことを云う。

 しかし、その目は俺に向いている。


「……アルは、私の作業を手伝って」


 これは『一緒に過ごす』と云った結果の言動だろう。

 こういう風に云って貰えるのは、素直に嬉しい。


「師に付き従うは、弟子の務め。お供しますよ」


 俺がそう云うと、


「ふぃーも! ふぃーも、にーたに付いていく!」


 妹様が、覆い被さってきた。


「私ひとりで放置されるのは、つまらないわねー」


 母さんも付いてくる。


 まあ、こうなるわな。


「…………」


 フィーや母さんの言葉を聞いて、エイベルが沈黙している。

 まさか、この結果が分からなかった訳はあるまいな?


「……………………何故」


 アーチエルフの高祖様は、そんな独り言を呟いていた。

 何故、とか云われてもな。


 結局、いつものメンバーで移動する。


 ちょっと気の毒なので、俺の方から手を――。


「にーた!」


 タイミング悪く、さささーっと背中にいるフィーが前面に回り込んできて、だっこの形になってしまった。これでは、両手とも使えない。


 今回は仕方がない。

 腕の中のマイエンジェルは、俺を見ながら、にへ~っと笑っていた。


※※※


 エイベルハウスを出て、別の建物へとやって来る。


 どうやら、ここは倉庫であるらしい。作業道具やら薬やらが置いてある。

 そして奥の部屋――いや、ホールと云うべきか? には、件の水瓶が置かれていた。


 聖湖の湖水は貴重なので、ここから必要な分だけ持っていくと云う仕組みらしい。

 適当に置かれているのではなく、何かの術式が書かれた床の上に設置しているのが見て取れる。

 作業の効率よりも、湖水の保護を優先しているようだ。


(それにしても、でかい……)


 水瓶のサイズは、成人男性の倍はある。

 まるで酒蔵にある、大きな樽みたいだ。


 そんなものが、複数ある。


 まあ、キシュクードに汲みに行くのは年一らしいし、それなりの量が必要なのは、当然なのだろうが。


「……ん」


 エイベルは、空きスペースに、異次元箱から取り出した水瓶を設置した。

 たぶん、元はここに、割れた水瓶があったのだろう。


 ……それにしても便利だよなァ、異次元箱。

 俺もひとつくらい欲しいぞ。


「……アル、瓶に水を入れる。手伝って」

「ほい来た」


 どうやら、手分けして異次元箱から瓶に注いで回るらしい。

 箱に触れるのは初めてだから、ちょっと楽しみだ。


 俺はここで初めて、異次元箱の使い方を教わった。

 思わぬ収穫と云うべきであろう。


「エイベル、エイベル~。私もやってみたいわー」

「ふぃーも! ふぃーもやってみたい!」


 すると、面白いこと大好きなふたりが、元気よく手を挙げた。


「……もう」


 エイベルは呟いて、ふたりにも教えてあげていた。懐の深い人なんです。


※※※


「ふへへへ! 水そそぐの、楽しい! ふぃー、気に入った!」


 妹様が笑顔で叫んだ。

 ホント、この娘は何でも興味を持ち、そして喜ぶ子だな。


 でも、異次元箱の口から、止めどなく水が流れる様子は、雄大なダムを眺めているような、不思議な楽しさがあるのも事実。

 もちろんずっとやっていたら、飽きてしまうんだろうけれども。


「エイベル様、少しよろしいですか?」


 そうして家族総出で水の補充をやっていると、ひとりのエルフが、ホールにやって来た。


「……ん。来た?」

「はい」


 何だろう? 

 主語を省いて会話しているが、遣り取りから考えると、来客っぽいが。


(こんな空の上に?)


 まあ、人とは限らないか。

 ヘンリエッテさんとやっているイーちゃん文通のように、伝書鳩的な何かが飛んできたのかもしれないし。


「……少し外す。注水作業は停止していて」


 俺たちに短く告げると、エイベルは出て行ってしまった。


「にーた。水、どばどば注ぐの面白いのに、やっちゃだめなの?」


「何かあったら、困るからね。云われた通り、エイベルが戻ってくるまでは、やめておこう」


「みゅみゅ~~……。じゃあ、にーた、ふぃーの髪を撫でて?」


 異次元箱を閉じ、綺麗な銀髪を擦り付けてくるマイエンジェル。


 何が「じゃあ」なのかは知らないが、撫でることをねだるのは、いつものこと。

 要求されれば、従うまでよ。


「フィーの髪も、だいぶ伸びてきたね」


「ふふー。お母さんが、フィーちゃんに伸ばした方が良いって云っているのよ。女の子は、色んな髪型を試せるからねー」


 元気に動き回ることが大好きなマイシスターだ。

「ふぃー、短い方が良い!」と云っても不思議はないのだが、結果はごらんの通り。

 伸ばす方向を選択している。


「フィーの髪、綺麗だもんなー……」

「ほんと!? ふぃーの髪、綺麗?」

「うん。とっても」


 腕の中で、ぶるぶるっと震える妹様。

 俺はそっと、間合いを取る。


「やったあああああああああああああああ! ふぃー、ふぃー、にーたに、褒めて貰えたあああああああああああ!」


「ふふふー。良かったわね、フィーちゃん」


 予想通りの、大ジャンプ。

 間合いを取らなかったら、顎に頭突きを喰らっていただろう。


「ふへへへへ! うへへへへ! ふぃー、にーた好きっ!」


 デレデレになっている。

 余程、嬉しかったのだろう。


 こんなにちっちゃくても、ちゃんと女の子なんだなァ……。


 猛突進してくるフィーを痛みと共に受け止めて、ぐりぐりと押しつけられる髪の毛を撫でていると、母さんが声をあげた。


「あら? エイベル?」


 マイマザーは、窓の方を見ている。


 エイベルが出て行った扉とは方向が全く違うが、回り込んできたのだろうか?


「母さん、エイベルがいたの?」

「ええ。チラッとしか見えなかったけれど、あれはエイベルだと思うけど……」


 ふぅむ。

 外で何をやっているのだろう……?


 すると俺に頭を撫でられてご機嫌の妹様が、可愛らしく小首を傾げた。


「外いる、エイベル違うよ?」

「ん? フィー、分かるのか?」

「ふぃー、違いの分かる女の子!」


 そんな意識高い系みたいな主張をドヤ顔でされても……。

 まあ、我が家の天使様は、しょうもない嘘は吐かないからな。根拠があるのだろう。


「エイベル、魔力閉じてること多い。魂も見えない。ふぃー、気付くの、難しい」


 対魂防御も備え、魔力感知も警戒しているエイベルは、マイシスターの云う通り、視認以外で探すことが難しい。

 この間のイケメンちゃんや、ぽわ子ちゃんと出会ったお祭りの時のように、はぐれたら困る場合に限っては、フィーに分かる様にしてくれているらしいのだが。


「外にいるの、ふぃー、魂、見えない。でも、魔力そのまま。エイベルと違う」


 どういう事だろう? 

 魔力を閉じていないと云うのは兎も角、魂がフィーに見えないと云うことは、対魂防御持ちと云うことになるが。


(あー……、いや、エルフなら、別に不思議はないのか?)


 ここで働いているメンバーからして、大半が『植物操作』と云う特殊魔術の使い手たちだし、エイベルの他に対魂防御が出来る者がいても、別におかしくはないか。


「ん~~……。じゃあ、お母さん、見間違えたのかしら……?」


 母さんは顎に指を当てている。

 そして、何かを思い付いたのか、ぱん、と掌を打ち鳴らす。


「あ、じゃあ、じゃあ、見に行ってみましょうか? すぐそこだし!」


 野次馬根性剥き出しだなァ……。

 すぐにエイベル本人が戻って来るのだから、その時に訊けば、良いだけじゃないか。


「まま、いいじゃない。行ってみましょうよ? ね、アルちゃん」


 母さんは、俺の手を取って歩き出した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 「エイベルハウス」というのを使いたくて「エイベル」という名前にされたのでしょうか?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ