表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
妹のいる生活  作者: むい
202/757

第百九十九話 明けのお茶会


 つんつん。つんつん。


 何者かが、俺の頬をつついている。


「ん……。んん……」


 しかし、眠い。

 気にしてはいられない。


 つつつん。つつん。


 出力が上がった!? 

 二度寝はさせないとでも、云いたげだ。


 我が眠りを妨げるとは、一体、どこの痴れ者だ?


 うっすらと目を開く。そこには――。


「……ん。おはよう」

「……エイベル?」


 エルフの先生様が、間近で俺を見つめていた。


「すぴすぴ……」


 すぐ傍からは、妹様の寝息。

 俺の胸に頭を乗せて眠っているらしい。


 外は白と黒の間。

 ようやく、夜が明けようかと云う時間だ。


「どうしたのさ? 今日の出発って、こんなに早いって云ってたっけ?」


 本日は、エイベルの庭園に行く日だ。

 キシュクード島へ出かけたのも、水を汲むためだったしね。今日がお出かけの本番ではあるのだが……。


「……ん。私の部屋に来て。お茶をご馳走する」


 それだけ云うとマイティーチャーは、そそくさと『エイベルひみつ基地』へと去って行ってしまった。


 無表情はいつものことだけど、微妙に耳が赤く見えたのは、気のせいだろうか?


「まあ、せっかくのお誘いだしね……」


 断ると云う選択肢は無い。


 胸元のフィーをゆるんだ顔で眠る母さんにひっつけて、洗面を済ませてから、寝間着のままで、屋根裏へと向かった。


「おおっ、いい香り……っ!」


 屋根裏部屋には、紅茶の芳醇な匂いが漂っていた。

 お茶請けのようなものも見えるが、ごく少ない。

 これは、朝食前だからだろうな。


 個人で使う用の、ちいさなラウンドテーブルには、カップがふたつ置かれている。


 ひとつは品の良い、白いティーカップ。

 もうひとつは、見る者にあまり感動を与えない、普通のマグカップだ。


 品の良いカップはエイベルのもともとの持ち物で、マグカップは、俺が作ったやつだね。

 妹様同様、先生様も、日常使いしてくれているらしい。


「……アルのお茶は、そっちのティーカップの」


 これは渡さない、とでも云うべき態度で、マグカップを引き寄せるエイベル。

 いや、取りませんよ、そんなもの。


「うーん。美味しい……っ」


 口に含んで、思わず声が漏れる。


 いれかたも上手だが、何よりも、茶葉が良い。

 なにせエイベル個人が所持する品だからな。

 そんじゃそこらじゃ、手に入らない逸品だろう。


 聖湖でご馳走になったお茶も美味しかったし、これも美味しい。ついでに云えば、ミアのいれるお茶も、まあ美味しい。

 これじゃあ、普通のお茶じゃ満足出来ない身体になってしまうよ。


「こっちは……くず餅か?」

「……ん。天翔葛(てんしょうくず)の葛粉から作ったもの」


 天翔葛って、魔導歴の最初期に滅んだことになっている神代植物じゃん。

 サラリと凄いことを聞いてしまったぞ?


 ちいさなレアくず餅には、黒蜜がかかっている。

 やけに量が多いのは、エイベルが甘いもの大好きだからか? 

 個人的には、もう少し蜜を減らして、きなこをかけて欲しい所だが。


「ん……っ。美味しい……!」


 量の多い黒蜜も、結構良い味じゃないか。

 くず餅に負けてないぞ?


「この蜜は、エイベルの手作り?」

「……商会の市販品」

「へええ。市販品でも、美味しいんだねぇ」

「……商会は専用の農場も持っている。一部の植物は、エルフの職員が、手ずから育てているものもある。それらは、普通に良い味を出す」


 商会も頑張っているんだなァ……。

 高品質の商品で真っ当に儲けると云うのは、商売の本道にして、堅牢安全な手段であろう。

 商会長からして、バクチと堅実だったら、迷わず後者を取るタイプだろうしね。


「それでエイベル」

「……?」

「何で急に、お茶会を?」

「…………っ」


 ぷい、と、先生様は顔を逸らす。

 さっきベッドの傍から去った時と、同じ反応だ。


(う~~ん、わからん)


 こんな反応をするんだから、ただ何となく誘ったって話でもなさそうだが。

 無理矢理訊くのもなァ……。


 云いたければ云うだろうし、そうでないなら、黙っているだろう。

 まあ、良いか。

 お茶も茶請けも美味しいし。


 顔を背けたまま、エイベルは、ちょっとずつ、こちらに近寄ってくる。

 奇妙な動きだが、それは敢えて云うまい。


「……アルは」

「うん」


「……アルは私と一緒に、庭園に行く約束をした」

「そうだねぇ」


 だから昨日はキシュクードに行ったのだし、今日はこの後、その庭園に行くのだと思うが。


「……確かに昨日は、湖へ行った。でも、それだけ」

「と、云うと?」

「…………」


 くい、とエイベルは俺の袖を指で掴んでくる。


「……あの地で、私には、何もなかった」

「あ……」


 そう云うことか。


 大元はエイベルとのお出かけだったのに、フィーやマイムちゃんと過ごしていただけだからな。

 ないがしろにしたつもりはないが、配慮に欠けた行動だったかもしれない。


「……クピクピとたわむれていたけれど、魔術なら、私が教えてあげた」


 あれは、たわむれていたんじゃなくて、絡まれていたんですが。


「その、悪かったよ。ごめん」

「……別に怒ってはいない。アルが新しい絆を結べたのなら、それは良いことだと思う。ただ……」


 寂しくは思ったと。


 このお茶会は、その代償行動なのか。

 軽い気持ちで応じて、申し訳なく思う。


「あ、じゃあ、今日は――」

「……良い」

「え?」


 エイベルは、ちいさく首を振る。


「……庭園に付き合って貰うと云う一点だけで、私はアルの時間を奪っている。……人の一生は短い。一日でも、きっと貴重」


「エイベル」


 ガシッと肩を掴むと、エルフの先生は、ピクッと震えた。


「人間の寿命が短いのは事実だし、一日一日が貴重なのも事実だよ」

「……ん」


「だからさ」

「……ん?」


だから(・・・)その時間を、エイベルと過ごしたいって云ってるんだよ」

「……っ」


 ああ、ちくしょう。

 今の俺、きっと恥ずかしいことを云っているぞ。

 録画とかされてたら、失踪するかもしれん。


 でもね、俺にしては珍しく、正しいことを云っていると思うのよ。


「…………」


 エイベルは、俯いていた。

 俯いて、それから、ちいさく声を出した。


「……アルの時間、貰っても良い、の?」

「良いじゃァなくて、俺がそうしたいと云っている」


「……なら、今日は私に付き合って貰う」

「うん……って、うわぁッ!」


 まるで横方向に落っこちるかのように、俺の身体がエイベルに引き寄せられた。

 だから、一体、この現象は何なんだよ!?


「……ん」


 エイベルは――何故か俺の頭を撫でている。

 離れようかとも思ったけれども。


「……アル。ふふふ」


 そんな笑顔を見たら、抵抗なんて、出来ない訳で。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ