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妹のいる生活  作者: むい
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第一話 異世界に産まれました


(ここはどこだ……?)


 それが、その部屋を見た時の感想だった。

 西洋風の貴族屋敷――とでも云うのだろうか?

 目がさめた俺がいたのは、そんな場所だった。


「ぁ……ぅ……!」


 声を出そうとしても、出なかった。身体も満足に動かない。

 見知らぬ場所、そして動かない身体。

 普通なら、パニックものだろう。

 だが、俺は焦らなかった。

 何故なら、こうやって他人に迷惑を掛けるのは三度目だからだ。


(俺……また倒れちゃったか)


 過労。

 それが、俺――いや、俺の務める会社員たちの、職業病だった。

 面倒見の良い澤田部長は忙しすぎて体調不良でも病院に行けず、ガンで亡くなった。

 同僚の玉城は精神を病んで自殺した。

 俺のいた会社は、正真正銘のブラックだったのだ。


「雨宮さん、過労で倒れるのは二度目ですよ? 次は、命の保証が出来ません。絶対に安静にして下さいね?」


 前回倒れた時、医者は真剣な顔でそう云ったのだ。

 そして俺は、三回目のダウンをしたらしい。

 ここは病院ではなさそうだが、親切な誰かが拾ってくれたのだろう。

 お礼を云わなくてはならないが、身体が動かないし声も出ない。会社にも連絡を入れなければならないし、取引先にだって迷惑は掛けられない。

 今が何月何日の何時なのか? まず、それが知りたい。

 外は明るそうだから、もう昼なのだろう。

 俺の最後の記憶は終電後の時間に会社から出たところだった。つまり、無断欠勤か遅刻が確定だ。

 皆に申し訳ない。今俺が抜けたら、部下達も倒れてしまう……。

 思い悩んでいると、複数の足音が聞こえてきた。誰かがこの部屋に来るらしい。


「××××××××!」


 二〇代くらいの男が、メイドさんを引き連れて部屋に入ってきた。もの凄いイケメンだ。この人が俺を拾ってくれたのだろうか?

(しかし何語だ? こちとら英語だって少しは出来るんだが……)

 イケメンは西洋人――のはずである。金髪と緑色の瞳をした男だ。

 彼は嬉しそうによくわからん言葉を口にしている。

 俺の背後に向かって。

 そう。俺は迂闊にも、たった今気がついた。誰かが俺を抱きしめているのだ。


「××××××××」

「××××××××××××……」

「××××!」


 ダメだ! 何を話しているのかサッパリ分からない。

 けれど本当に幸せそうだ。それだけは分かる。

 水を差すのは悪いが、こちらも会社に迷惑は掛けられない。声を掛けてみよう。さっきは声が出なかったが、今度はどうか?

 俺は力を振り絞り、挨拶のための言葉を紡ぎ出す――はずだった。

 しかし、口から出たのは。


「おぎゃあああああああああああああああ!」


 日本に住んでいれば、誰だって一度は聞くことのある泣き声だった。


「××××××××!」

「××××××××××××」


 ふたりは必死になって俺を宥めだした。しかしこっちもパニックだ。


「どうなってんの!?」

「ここはどこだよ!?」


 そんな言葉が、全て泣き声に変換されていく。

 それで、気付かざるを得なかった。

 どうやら俺は、赤ん坊になってしまったらしいと。


※※※


 半年ほどの時間が過ぎた。

 その間何をしていたかだって?

 食う、寝る、たれる。

 それだけだ。

 もちろん、積極的に情報収集もしたさ。

 ただ、俺はまだ生後半年の赤ちゃんだ。

 離乳食が始まったのが先週。

 這いずって歩けるようになったのが、今週のことだ。

 そんな状況では手に入る情報には限りがある。

 時間の経過は早かった。

 なにせ、気がつくと寝ているのだ。

 夜更かししていたら、いつの間にか寝ていましたというアレ。

 アレがしょっちゅう起きて、どんどん時間が流れていく感じだ。

 しかし、言葉はだいぶ分かるようになった。ただ、やっぱり発声が上手く行かない。舌が回らず、もどかしい。

 文字はまだ全然分からない。こっちも早く習得したい。


 アルト・クレーンプット。


 それが、この世界での俺の名前だ。

 父親がステファヌス・なんちゃらかんちゃら・ベイレフェルト。

 母親がリュシカ・クレーンプット。

 親父の名前はまだ覚え切れていない。一回しか聞いてない上に、長ったらしいからだ。

 しかし、俺等母子と親父の名前が違うところが業が深い。

 どうやら俺は、妾腹であるらしい。貴族の妾の子供と云うことだ。

 それで、母親の姓を名乗っている。

 つまり、俺は貴族の子供だが、貴族ではなく、母さんも正式な奥さんではなく、情婦扱いということだ。

 しかし平民の家に住んでいるのかと云えば、これも違う。

 西の離れ。

 そう呼ばれる別館で、母親のリュシカと少ない使用人とで暮らしている。

 親父は本館にいるらしいが、出産後の一回しか見かけていない。

 何でそうなり、何が起きているのか。

 断片的な情報からの推理を箇条書きにすると、こんな感じ。


 ・親父は母さんが好きだったが、半ば強制的に貴族に入り婿させられた。

 ・当然今でも大好きで離れたくないので、かなり無茶を云ってこの西の離れに母さんを住まわせている。

 ・入り婿先の名前はベイレフェルト家。

 ・ベイレフェルト家は妾を囲うまでは許したが、子供を作ることは認めなかった。しかし、両親は反対を押し切って俺をつくった。

 ・正夫人を差し置いての初子なので、俺自身は嫌われており、注意が必要。

 ・親父は自由にこの西の離れに来ることが出来ない。

 ・しかし身体の関係は兎も角、精神的には母ばかり優先するので、正夫人は母さんを憎むまでになった。

 ・この家にいる使用人達はベイレフェルト家の所属で、俺ら母子に忠誠心はない。


(これ、俺の命、やばくね?)


 身を守る術を学ばなければいけないと思い知った。

 俺自身の立場を考えるまでもなく、強くなる必要が生じている。


(だって、魔物が出たとか話しているんだもんな……)


 今更だが、ここは日本ではないらしい。

 当然、地球でもない。


 異世界。


 それが、俺のいる場所だ。

 荒唐無稽な話だが、そう結論付けをせずにはいられなかった。だって、色々なものが、地球とはかけ離れているのだ。


(そういえば、母さんの知り合いの魔法使いが俺の顔を見に来るらしい)


 とても重要な情報だ。

 もしもこの世界に魔法があるのならば、それを学ばねばならない。俺自身と、母さんを守る為に。


(魔法……使えないかな……?)


 俺は試してみる気になった。

 筋トレなんかもしたいが、今はそうそう動けない。なら、いちかばちか魔法を試してみよう。


「あいあー」


 ファイヤー、と叫んでみる。何も起こらなかった。

 そりゃそうだ。魔法を使うための条件を俺は知らない。

 魔力とか魔道具とか、色々必要なものがあるのだろう。

 しかし、諦めるわけにはいかない。

 まずは魔力があると仮定して、それを感じ取れないか考えてみる。

 俺は今、ベッドに横たわっている。お昼寝の時間だ。使用人も母さんもいない。

 視界には、軽そうな積み木がいくつか。

 あれに絞って試してみよう。


(動かせないかな……?)


 手をかざして、強く念じてみる。


(動け、動け……ッ)


 脂汗を浮かべて念じてみるが、効果はない。


(やっぱり無理なのか? もうちょっと具体的に念じてみよう)


 一番端の積み木。それを押し出すイメージで力を込めた。

 すると。


(おおおっ!)


 ずずず、とほんの二センチくらいだが、積み木が動いた。


(やった! やったぞ! 魔法らしきものが使える!)


 俺は大喜びした。

 そして、次の瞬間に叫びを上げた。


「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 凄まじい頭痛だった。

 脳の血管が破裂でもしたのかという衝撃。

 そして、全身から魂でも抜けていくかのような脱力感。

 激痛の中、俺は意識を失った。


※※※


 初めての魔術から、一週間経った。

 結論から云うと、俺は死ぬところだったらしい。

 叫び声を聞いて駆けつけたメイドが見たものは、眼球から血を流して蠕動する俺の姿だったようだ。

 すぐに医者が呼ばれた。普段こちらに来られない親父も青い顔で駆けつけてくれた。

 原因は不明ということになっている。

 使用人たちはベイレフェルト家が俺を毒殺しようとしたのだと結論付けたようだ。ホント、物騒な立場だ。

 しかし、倒れた本当の理由が何か、俺はわかっている。

 魔法。

 あれの代償なのだと。

 最初俺も倒れた原因が分からなかった。

 しかし、また魔法を使って気がついたのだ。


(リハビリだし、積み木よりも軽いものでやろう)


 そう考えて、羽ペンの羽の部分だけを目の前に置いてみた。

 手を触れずに動かすコツはもうわかっている。

 えいや、と念動力で操ってみて、もの凄い頭痛。そして、虚脱感。

 あわてて魔法をキャンセルすると、全身から滝のような汗が流れた。

 どうやら魔力を使いすぎると、脳みそを中心に負担が掛かるらしい。

 しかし羽すら満足に動かせない魔力ってどうなんだろう?

 俺の魔力は少ないのだろうか?

 この世界の基準は知らないが、まさか羽を動かすだけでぶっ倒れます、と云う訳はないだろう。

 使えないなら使えないで仕方がないが、限界値は見極めなければならない。

 どのくらい動かすと頭痛に襲われるのか?

 その検証を始めてみた。

 そして、新たなステージに至った。

 筋トレと同じ。

 魔力は使えば使う程、限界値が伸びるのだとわかった。

 一昨日よりも昨日。

 昨日よりも今日。

 苦痛無く動かせる羽の距離が、少しずつ伸びていくのだ。

 それは楽しい発見だった。

 俺はひたすら魔トレ(?)に打ち込んだ。

 強くなる。

 生きるためには、それが絶対に必要なのだから。


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