第百九十五話 エッセン先生、聖域に立つ
「で、どうするの? 試合、続けるの?」
俺の言葉に、クピクピは首を振った。
「気が削がれたわ。今回は、見逃してあげます」
つまり、無効試合と云うことらしい。
まあ、この娘の様子を見るに、魔力量は、まだまだあるのだろう。
古式魔術を使われ続けると、聖霊フィールドを使ったインチキ以外で防ぐことが出来なくなるので、酷い戦いになるのは目に見えている。
古式の使い手には、俺はまだ勝てないと云うことがよく分かった。
これは収穫と考えるべきだろう。
『勝負無し』にして貰えるのならば、御の字だ。
しかしそうすると、問題がひとつ。
もともとこの戦いは、ニパニパとクピクピに思い知らせるためのものだったのだ。
軽々しく水の宝玉を賭けたことに対して、肝を冷やして貰うつもりだった。
具体的には、偽物の水の宝玉を作って、目の前でぶっ壊してやろうと思っていたのだが、それもご破算だね。
まあ、水色ちゃんが一安心しているようなので、良しとするしかないか。
マイムちゃんはニパさんの腕の中から飛び降りて、俺の目の前まで来ると、頭を下げた。
その手には、しっかりと宝玉が収まっている。
「お兄さん、ありがとうございましたです……!」
「ああ、うん。思っていた形と大分違うけどね」
軽々しく宝玉を賭けるという部分を矯正できてないから、お礼を云われるのは、違う気はするけれども。
そもそも根本的な解決に、なっていないのだし。
苦笑する俺の背後から、愛くるしい声が響く。
「にーた! にーーーーたああああああああああああああああ!」
どうやら創作活動が終わったらしい妹様が、水色ハウスから飛び出してくる。
手には粘水で作ったと思しき細工物が抱えられていた。
「フィー、手が塞がったまま走ると、危ないぞ!」
「ふぃー、出来た! ふぃー、頑張った! にーたに、早く見て欲しい!」
聞いちゃいない。
危ないじゃァないか。
転んでしまう前に、マイエンジェルを抱きとめる。
まあ、仮に転んでも、覚えたばかりの粘水をクッションにすれば、怪我はしないだろうけれども。
「ふへへ……! ふぃー、にーたに、だっこして貰えた! 嬉しいッ!」
違うぞー?
危なっかしいから、先に抱えただけだぞー?
でも、頭は撫でておこうかな?
「もー、フィーちゃん。走ったらダメって、云ったでしょう?」
母さんが水色ハウスから、追いかけて出てくる。
しかし一刻も早く俺に創作したものを見せたいフィーは、気にした様子もない。
「ふぃー、これ! これ作った!」
「どれどれ……って、なんじゃあ、こりゃあッ!?」
フィーが作り上げたのは、メジェド様だった。
しかし、ただのメジェド様ではない。
何と、馬に乗っている。
そして、武器を持っている。
(メジェド様って、手、あるのか……?)
まるで勇ましい騎士のように、騎乗したメジェド様が、棍棒を握っておられた……。
棍棒のデザインは、とてもワイルドで、地球世界の警棒のような円柱型ではなく、トロールやオーガが振り回しそうな、ゴツゴツしたデザインだった。
……何故、メジェド様が、こんなものを装備なされているのか……?
「ふえぇっ!? 凄く精巧な出来ですぅっ!? でも、変わったデザインなのです!」
水色ちゃんが、慌ただしく驚いている。
まあ、普通、戸惑うよね、こんなものを見せられても。
「こ、これ、フィーちゃんが作ったのですか?」
「ふぃー、こねるの得意!」
「ふえぇっ! 凄いですぅ……!」
「ふひゅひゅ……! ふぃー、凄い云われた! ちょっぴり嬉しい!」
いや、うん。
まあ、出来映え自体は、確かに凄いよ。
特に棍棒の質感とかには、執念めいた拘りを感じる。
でも、何で騎乗したメジェド様を作ろうとしたのか、サッパリ分からない。
あー……。
いや、そもそも、ヘラとか使わず、手ごねだけで、これを作ったのか……?
(うーん。相変わらず、凄い才能だ)
フィーは、満面のドヤ顔で俺を見る。
「にーた、これ、我が家の守り神にする!」
それは無理かなー……?
俺の粘水は、永続しないと思う。
氷が溶けるように、時間が経てば、そのうち、単なる水になってしまうだろう。
もともと、無理矢理変質させて作ったものだからね。
「何これ? 何これ?」
「格好良い! 格好良い?」
コロボックルたちが、メジェド様に惹き付けられて、持て囃し始める。
機嫌の良くなったフィーは、それでも自作の自慢をせずに、斜め上の誇り方を始めてしまった。
「ふぃーのにーた、もっと凄い! 色々なものを作れる! 楽しいもの、いっぱい作れる!」
こっちに水を向けてきたかー……。
「本当? 本当?」
「楽しいの? 楽しいの?」
コロボックルと水色ちゃんが、キラキラとした瞳で、俺を見上げ始めた。
やめてください。
過大評価は、本当にやめてください。
「何か作って? 作ってー?」
「遊ぶもの。遊ぶもの!」
「ええいっ! わらわらと引っ付くな! 登るなァッ!」
くそう。
これでは、「何も作れるものなんて無い」とは云い出しにくい雰囲気だ……。
何か作ってあげねば、収まりが付かない感じだ。
「お兄さん、凄いですぅ……! あの『五目並べ』と云うのも、大変面白い遊びでした……!」
「何それー? 何それー?」
「マイム様、教えてー? 教えてー?」
寄せては返す波のように、コロボックルたちは俺から離れ、一斉に水色ちゃんに詰めかけていった。
興味のままに動いている感じだ。
「アルちゃん。今のうちに、何か作ってあげたら?」
母さんまで、そんなことを簡単に云ってくれる。
まあ、フィーと並ぶ、俺への過大評価の双璧だからな、このお人は……。
「そんなことを云われてもなー……。材料になりそうなものとか、何かあるのかな?」
「どぞー……」
いきなり現れた水精たちが、俺の目の前に何かを置いた。
何だよぅ。
水精までプレッシャーを掛けるつもりなのか。
「これは……? 紙と木材、か……?」
おそらく、この島のオリジナルなのだろう。
破れにくそうな丈夫な紙と、軽くて硬い木材がゴソッと置かれた。
紙の方は、製法が全く分からない。
見た目と手触りで、「ああ、紙だ」とは思えるが、どう表現すれば良いのだろう?
折りたためるようにパワーアップしたパピルスのような、植物としての面影を残したかのような材質だ。
木材の方はしっかりと乾いており、指で叩くと、コンコンといい音がする。
けれど、どことなく、竹っぽさもあったりで、矢張り俺の知らない素材だった。
(加工はしやすそうではあるか……)
コロボックルたちの無邪気さを見るに、下らないものでも喜んで貰えそうだ。
その点だけは、気楽に行ける。
これが商会への売り込み品だと、真剣に品評されるからな。
まあ、向こうは金が掛かっているから、当たり前の話ではあるのだが。
「やってみるかね」
殆どの人が知らないパチモン発明家、シャール・エッセンの力を見るが良い。
俺はナイフを取り出すと、木を削り始めた。
おお、これは加工のしやすい良い素材だ。
人間世界にあったら、売れそうだぞ?
さっきまで試合をしていたコロボックルの魔術師が、横から覗き込んでくる。
「貴方、随分と慣れた手つきね……?」
「そりゃ、日常的に木工を習っているからな」
「はァッ? 何で魔術師が、木工なんて習っているのよ?」
手に職を付ける為に決まってるじゃん。
将来的には、俺がフィーや母さんを養ってあげねばならないのだし。
コリコリと木を削る。
紙は特定の形に整え、念動力で、しっかりと形を固定。形状を記憶させるのだ。
「う~ん。糊か、テープみたいなものが欲しいなァ……」
「どぞー……」
またしても、水精が何かを置いていく。
小皿に入ったそれは、粘性を持った液体。
多分、糊だろう。
水精って、こう云うものも作れるのかな?
それともマイムちゃんが持っていた粘水のような、聖湖の産物なのか。
何にせよ、これで考えていたものが作れるぞ。
「と、云う訳で、出来ました」
俺が作ったものは、ふたつ。
大半の者達が用途が分からずに首を傾げているが、過大評価の筆頭であるフィーは、目をキラキラと輝かせている。
「にーた! これ何? ふぃー、楽しい予感がする……!」
うん。
バカバカしくて楽しいぞ。
最初の一回だけはな。
ネタアイテムだからな、それは。
「口にくわえて、吹いてごらん?」
「うん! ふぃー、やる! 頑張って吹く!」
別に頑張るものでもないけどな。
フィーが『それ』の木材部分を口に含む。
……ああ。
ちゃんと浄化を掛けているので、お子様が口に入れても、安心よ?
そして。
ぴ~~、ぴょろろろ……。
間抜けな音が響いた。
「あっはははは! 何これ!? 何これ!?」
「面白い!? 面白い!」
コロボックルたちが、騒ぎ出す。
うん、それ。
『ふきもどし』って云うんだよ。




