第百九十二話 開始前
気を取り直すように、クピクピは咳払いをひとつ。
「古式魔術について、多少の知識は、あるようですね。でも、その威力の凄まじさを知らないのかしら? 知っていたら、もっと別の反応をするでしょう」
知っているから、どのくらい使えるかを訊いたのだが。
しかしコロボックルの魔術師は、別の結論に辿り着いたようだ。
「ああ、精一杯の虚勢を張っているのね? それなら、その態度も得心が行きます。でも、安心なさい? 私が古式魔術を使えると云うことは、私の優秀さを示す指標であって、この対戦では、無用のものです。圧倒的弱者に対し、使うことはありません」
圧倒的弱者だと思うなら、からんで来ないでくれよ……。
まあ、高火力の魔術をブッ放されないなら、それに越したことはないんだけどね。
「それで、どうやって対戦するの? プッシュとか?」
あれなら、比較的安全だ。
クッションを配置すれば、危険度は更に激減する。
怪我をするのもさせるのも、俺はイヤだからね。
「そうね。実戦形式にしましょうか。いかに貴方が劣った存在なのか、自覚させてあげるわ」
魔術的に劣っているのは、重々承知なんだがな。
しかし、それ以上に聞き逃せないのが、実戦形式と云う言葉だ。
「俺、危ないのは、イヤなんだけど」
「そこは大丈夫ですよ」
薄笑いを浮かべたままで、水色マザーが前へ出る。
「対戦は、私のフィールドの中でやって貰います。私の力と権限を使って、ダメージをほぼ無効にすることが出来ます」
「それって、火の玉とか石とか当てても、平気なの?」
「ええ。問題ないわ。……ふふん」
ほーん。
流石は聖霊様。『空間支配』に近いことが出来るのか。
エイベル基準で『高等魔術』判定なんだがな。
「そのフィールドって、魂命術も防げるの?」
俺が云うと、ニパとクピクピがギョッとした。
「こ、魂命術!? 古式を越えて、神域の術式じゃないの!?」
「ま、まさか貴方、魂命術を使える――なんてことは、ないわよね?」
「いや。無理ッス」
俺の発言に、ふたりはあからさまにホッとした顔をする。
「ふ、ふん! ビックリさせないでよ! でもまあ、考えてみたら、あれの使い手が当代にいるはずがないものね。下らない精神戦だわ」
そう云う事じゃなくて、魂命術も無効化できるなら、フィールド内で俺なりに『対・魂命術』の対戦練習が出来るかなと思っただけなんだが。
エイベルは、俺が対魂防御を使えないことを、ずっと気にしている。
あの人の基準では、無いと話にならないものなのだろう。
ちらりと水色ハウスの方を見ると、まだ水を汲んでいる。しかし、目が合った。
一応、こちらを見てはいるらしい。
「さて。魔術についても、私が上であると分かったみたいだけれども、もうひとつ。とっても重要なことがあるわ」
「何でしょう?」
「それは、これよ」
シャドーボクシングのように、シュシュッと拳を突き出すクピクピ氏。
拳速は、中々に速い。
「えっと? 格闘術も使えるって事かな?」
「ええ。私は、優れた拳闘家でもあるのです」
魔術と格闘の使い手ねェ……。
ついこの間、戦った、カタコトで喋る褐色イケメンを思い出すね。
「魔術戦じゃないの? ブン殴るのありなの?」
「実戦形式と云ったでしょう? 文字通り、何でもありよ?」
「ふーん。じゃあ」
俺は傍にいる水色ちゃんを抱き上げる。
「ふえぇっ!? お、お兄さん!? どうして、私を突然、だっこするです!?」
「大人しく、降伏して貰おうか。さもないと、マイムちゃんが酷いことになるぞ」
「なっ……!? 卑劣な! 貴方には、人の心がないの!?」
何でもありって、本来はそういうことだと思うんだけどね。
だっこしたマイムちゃんの感触は、うちの妹様とは、また違った。
柔らかいことには代わりはないけれども。
「…………」
するとツカツカとニパさんがやってきて、俺の手から無言で娘を奪い取る。
俺の冗談が気に障ったのではなく、自分以外が水色ちゃんをだっこするのがイヤなようだ。
そう云えば、母さんからも、すぐに奪い取っていたしな。
(今だ。水色ちゃん……!)
俺が視線で合図をすると、聖霊幼女はハッとして意図に気付き、ごく自然な動作で、水の宝玉を抱え込んだ。
よしよし。それで良い。
「何なの、貴方は、さっきから! この私を、おちょくっているの!?」
度重なる俺の行動や言動に、ついにクピクピがキレてしまった。
大いなる誤解なんだが、まあ仕方ないね。
マイムちゃんを抱えたままのニパさんが告げる。
「そろそろ、はじめてもいいかしら? フィールドを展開するわよ? コロボックルたちは、外に出てね?」
「あのふたり、戦う? 戦う?」
「何を賭ける? 誰に賭ける? 果物? どんぐり?」
コロボックルたちは、気楽にそんなことを云っている。
完全に娯楽の対象だ。
「フィールド、展開……!」
ニパさんを中心に、ほのかに青いドームが広がっていく。
これが彼女のフィールドか。
ちょっとだけ触って、分析してみようか。
(……ありゃりゃ。これは、難しいな)
構成術式は空間魔術に近いが、消費魔力量が兎に角、多い。
術式の構成要素として、術者である聖霊本人と、このキシュクードそのものが連動しているようだ。
残念ながら、魔力の点からも、発動条件からも、俺には使えそうになかった。
たぶん、この地でなければ、この母聖霊にも行使出来ないだろう。
しかし、聖域内で発動させてしまえば、おそらく、多くの現象や法則を一方的に支配できるのだと思う。
攻撃魔術の威力減衰くらいは、軽いものなのだろう。
限定的とは云え、『世界の支配者』になる能力と考えれば、その破格の性能ぶりがよく分かる。
流石は精霊の上位種、聖霊と云った所か。
「ふふふ。覚悟はい~い?」
俺をたたきのめすことが出来るからか、クピクピは上機嫌だ。
さて、俺は、どう戦うべきか。
魔力の接続を断って、一方的に攻撃することは、この中でも普通に出来る。
だから、緒戦をだまし討ちのように勝つこと自体は、たぶん、難しくない。
しかし、それでこの意地っ張りが、納得するか?
「今のは無効よ! 認められません!」
とか、云ってくる気がする。
つまり、不意打ちで勝利してもダメで、心をどうにかして、へし折らなければならないと云うことだ。
しかし、これは難問だぞ。
正面から戦う場合、相手は古式魔術をも修めた程の使い手。
古式以外にも、きっと様々な魔術を使いこなすに違いない。
果たして、俺程度の魔術師が、通用するかどうか。
それに、格闘にも自信があるようだ。
格闘術を駆使する魔術師が厄介なのは、あの褐色男で経験済みだ。
対・物理の戦術も、そろそろ覚えておかねばならないのだろう。
(仕方ない。ぶっつけ本番になるけど、使って見るかなァ……)
覚えたばかりの魔術を用いた、対物理の戦法を。
魔術の対処はどうするかって?
そこは高度の柔軟性を維持しつつ、臨機応変に対処することになろうかと思います。
「それでは、はじめっ!」
ニパさんが合図をする。
さて、やりますかね。




