第百九十話 賭ける?
「ふぇぇ~~、凄いですぅ……! 本当に、柔らかい水が再現されていますよー。ど、どうやったら、作り出せるのですかー?」
「めー! マイムちゃん、めー! にーたの作ったもの、ふぃーのもの! ふぃー、以外が手に取る、めーなの!」
俺の作った粘水を手にとって驚く水色ちゃんと、妙な理屈で、それを取り上げようとする妹様。
流石に強奪は見過ごせないので、フィーを抱きしめて止めておく。
「むむーっ!? にーた、何で邪魔する? ふぃーの正義の行いを」
分からん。
マイエンジェルの正義の基準が、さっぱり分からん……。
「ほーら、なでなで~」
「きゃー! なでなで! ふぃー、にーたのなでなで好きッ! もっと! もっと、なでなでして?」
よし。気を逸らすことには、成功したぞ。
その間に、俺は粘水をもうひとつ作り出す。
「フィー、これで、何か作って見せてくれ」
「――ッ! にーた、ふぃーがこねるところ、見たい!? やる! ふぃー、頑張って、こねる!」
「お、おぉ。期待しているぞ……?」
俺への愛が原動力だと思えば、それを利用するのは内心、忸怩たるものがあるが、この場合は騒動に発展させないことが第一だろう。水色ちゃんは、気が弱そうだしね。
しかし、ホッとしたのもつかの間。
新たなる騒動の火種が、目をさましてしまった。
「う……。うぅん……?」
「あ、気がついたみたいね?」
クピクピを抱き上げている母さんが、笑顔でコロボックルの頭を撫でた。
「え? あ? ここ、どこ……? えぇっ、マイム様の神殿……!?」
「ふふー。おはよう」
「な、何で私が、だっこされているのー!?」
ジタバタともがいて、転がり落ちるように着地するクピクピ。
そんな元部下の前に、水色マザーが立ちはだかる。
「クピクピ。目はさめたようね?」
「は? ニパ様? 何故、ここに?」
「空のお散歩を楽しんでいた貴方を、私が連れてきてあげたのです。貴方、ちゃんと空を飛ぶ前の記憶はあるの?」
「空……ですか? 一体、何を……?」
うん。綺麗に吹き飛んだのは、身体だけでは無かったようだ。
「クピクピ貴方、こんなちいさな子供に魔術戦で敗れたというのは、本当なのですか?」
「はぁっ!? 私が魔術の戦いで、誰かに後れを取るなど、あるわけ無いじゃないですか!」
心外だとでも云いたげに、クピクピは先主を見上げる。
聖霊相手にもこういう態度を取ると云うことは、余程に魔術に自信があり、誇りに思っているのだろう。
「クピクピはこう云っているけど……?」
ウォーターママンが振り返る。
エイベルは再び水を汲みに外へ出てしまっており、妹様は創作活動に余念がない。
フリーなのは、俺だけだ。
「あ! そうよ! 私は、貴方に勝負を挑んだのです! 何故か、そこから先の記憶がありませんが」
「こんな子供に、勝負を……?」
「はい! この子供は、恐れ多くも、エイベル様の弟子を僭称しているのです!」
うーん。マズいぞ。
また勝負の流れを、蒸し返すつもりか。
水色ママンは、俺を見ながら、首を傾げる。
「正直、貴方のことは、よく分からないのよねぇ。たとえば、この水は何です? こんな妙ちくりんなこと、湖の聖霊である、私にも出来ませんが」
「いや、何と云われても……」
そう云うものだとしか。
云い淀んでいると、クピクピが、ずいっと俺の前に進み出た。
「さあ、勝負よ! 私が勝ったら、エイベル様の弟子を諦めて貰います!」
「いや、それは勝手な云い種すぎるだろ……。それに、弱い者イジメはやめてくれと云ったはずだけど」
「はあ!? 弱い者イジメですって? そんな話、していないんですけど?」
とぼけている様子がない。
弱い者イジメうんぬんの部分も、記憶から消し飛んだか。
「ちょっと、ニパさん。この娘を、止めて下さいよ?」
「う~ん、そうねぇ。その前に訊くけれど、貴方が、高祖様に教えを頂いていると云うのは、本当なのですか?」
「ええ、まあ。魔術とか、勉強とか、色々見て貰っていますけど」
「そう。じゃあ、高祖様が目をかける貴方の実力、ちょっと見てみたいわ」
「えぇっ!?」
どうしてそうなるんだよ。
困るよ。
俺は母さんに助けを求めた。
ちょっと早口の大陸公用語で、かいつまんで説明する。
「あらあら。揉めていると思ったら、そんなことに……」
マイマザーは、ツカツカと歩いて、水色ママンの前へ。
騒動の発端であるクピクピの所じゃないのは、言葉が通じないからだろうな。
「えっとね、うちのアルちゃんは、天才なの。だから、弱い者イジメをさせる訳には、行かないわねー」
「貴方、大丈夫? さっきも云ったけど、人間族――それも、こんなちいさな子供が、妖精族の魔術師に勝てるわけがないでしょう? 親バカもここまで来ると、いっそ清々しいわね」
割と失礼っぽい云い種だけど、一面の事実でもある。
種族が違えば、基礎能力も違う。
人間族の強みは繁殖力であって、個々の戦闘能力ではないのだから。
しかし、母さんはやれやれと肩を竦める。
「アルちゃんはね、とっても凄いの。普段は大人しいけど、その気になったら、どんな相手だって、やっつけちゃうんだから!」
いや、無理ですよ?
俺に長所があるとしたら、それは己の弱さを知っていることくらいだろう。
『危うきに近寄らず』こそが、最高の護身な訳で。
「はあ……。人間族は、相変わらず頑迷固陋ね……。私が冒険者をしていた時から、何ひとつ変わっていない……。賭けても良いわ。その子供では、クピクピには勝てません」
「ん? 賭けても? アルちゃんが勝てたら、一体、何をくれるのかしら?」
ちょっと、母さん。乗っからないでよ?
しかし、元・島の頭目で、冒険者だった女性は、母さんの言葉に、反応してしまう。
青い宝石を取り出して、見せつける。
「これは、水の宝玉。魔石はもちろん、精霊石よりも上の貴重品。現代はもちろん、幻精歴にすら、これ程の品は、そうはなかったはず。もしもクピクピに勝てるなら、これを差し上げても良いわ」
「お、お母様ッ!」
俺が通訳すると、水色ちゃんは血相を変えた。
「それは、このキシュクードの至宝です! 代々受け継いできた、島の魂です! それ程の宝を賭けの対象にするなんて、認められませんです!」
「大丈夫よ。クピクピが、子供なんかに負けるはずはありません。絶対に勝つのだから、一切の問題は生じないの」
いや、アンタ、クピクピが空を飛んでいたの、見たんじゃないのかよ?
飛ばしたのはマイエンジェルだが、それでも、今さっき起きたことだぞ?
「ふえぇ……。だ、ダメなのですぅ……」
水色ちゃんは困り果てて、今にも泣きそうになっている。
(幼い娘さんのほうが、余程にしっかりしているじゃないか……)
母親としても、元とは云え当主としても、これはダメだろう。
仕方ない。
少し、こらしめる必要があるか。
「わかりました。やれば良いんでしょ? 受けますよ、この勝負」
「ふん! やっと、その気になったようね!」
クピクピ、嬉しそうだなァ……。
まあ、ニパさん共々、ちょっと思い知って貰うんだけれども。




