第百八十九話 水をこねる
「アルちゃん、どういう事なのか、説明して貰えるかしら?」
あかん。
マイマザー、笑顔だけど、目が笑ってない。
俺がフィーをけしかけたと思われているのかな?
いや、実際に、けしかけたんだけど。
「きゅ~~……」
クピクピは母さんの腕の中で、まだ目を回している。
「ニパ様だ、ニパ様だー」
「本当だー。また来てる、また来てる?」
そして、空気を読まずに先代によじ登るコロボックルたち。
マイムママンの名前、ニパって云うのね。
母さんはツカツカと俺たちの前にやって来て、もう一度、「アルちゃん」と呟いた。
フィーに何も云わないあたり、俺が主犯だと分かっているらしい。
うちの母さん、子供はのびのび育てるけど、叱る時は叱るからな……。
ちゃんと説明しないと、大目玉を食うぞ?
「いや、実は、かくかくしかじか……」
俺は必死になって説明する。
「もー……」
俺の弁明を聞き終わって、母さんは頬を膨らませる。
こういうところ、娘さんに似てますね。
「アルちゃん」
「はい」
「フィーちゃんは、アルちゃんの云うことなら、どんなことでも聞いちゃうんだから、もう少し考えなきゃダメよ?」
母さんは、クピクピを撫でながら云う。
どうも母上様の中では、あのコロボックルの魔術師は、弱者と判定されたらしい。
吹き飛ばされる前に見えた魔壁の質から考えて、結構な使い手だと思うんだが。
「ちょ、ちょっと……。この子の与太話を信じるの? 人間の幼児が、妖精族の魔術師に敵うわけがないでしょう?」
水色ママンが、マイマザーに詰め寄った。
しかしリュシカ・クレーンプット。
笑顔でこれを迎撃する。
「ええ、もちろん。私の子供たちは、天才なの。どんなことだって出来るわ」
親バカぶりだけは、決してブレないのね……。
そして大陸公用語の分からない水色ちゃんは、「ふえぇ、ふえぇ」云いながら、ただひたすらに、戸惑うばかり。
「あ、あのぅ、お兄さん。私にも、状況を教えて欲しいのです……」
うーん。
もう一回、同じ説明するのかァ……。
「はいはーい! ふぃー! ふぃーが説明する! ふぃー、にーたのお願いで、悪の魔術師をこらしめた! ちゃんと手加減した!」
また誤解を招くような云い方を……。
「ふえぇっ!? こ、こらしめたですか!? 一体、何があったのですかぁあ?」
うん。
こんな説明じゃァ、何があったのか、そりゃあ分からんよね。
「うぅ……。お母様みたいに、私も皆さんの言葉が話せれば……」
そう云えば、ニパさんは何で大陸の言葉が分かるんだろうね?
俺が理由を訊いてみると、水色マザーは、「ちょっとね」と目を逸らした。
「……ニパは昔、人間のフリをして冒険者をやっていたことがある」
「ちょっ……! 高祖様、若気の至りを、バラさないで下さいよぉっ!」
へえぇ。そんなことが。
すぐに水色ちゃんに、通訳してあげよう。
「ふえぇっ!? お母様が、そんなことを!? 人間さんは、怖くて恐ろしいって、あれだけ云っていたです!」
「冒険をしてみて、実際に理解したのです! 人間族の危険さを、改めて再確認したのですよ! まったく、通訳なんて、余計なマネを……!」
睨み付けられてしまった。
「と、云うか、この幼児ふたりは、何故、当たり前のように精霊の言葉を話しているのです? 近頃は、精霊族でも、格調高いこの言語を知らぬ者もいると云うのに」
「云ったでしょう? うちの子たちは、天才なの」
天才じゃなくて、習ったから使えるだけです。
そもそも習得速度以外、天才かどうかは関係ないと思うんだが。
「お、お母様……」
水色ちゃんが、ニパさんの服を引っ張る。
それを見たフィーが、マネをして、俺の服を引っ張った。
「わ、私も、皆さんの使っている言葉を、覚えたいのです」
「何を云うのです? 貴方には、あんな言葉は必要ありません! 精霊語は、ぽっと出の公用語よりも歴史と伝統のある、優れた言葉です。この島の住人たちも、皆が精霊語を使います。覚える意味がないでしょう」
「ふえぇっ、で、でも……」
ありゃりゃ、泣きそうな顔になってしまったぞ。
せっかく学びたいというのだから、教えてあげても良いと思うのだが。
(仕方ない。助け船を出してあげよう……)
俺はポソッと、大陸公用語で呟く。
「……娘に勉強を教えるなら、付きっきりで指導してあげないといけませんね」
「――ッ!」
クワッと目を見開く元冒険者。
そしてすぐに、平静を取り繕う。
「……そうですね。やる気があるなら、教えてあげましょう」
えらく素早い掌返しだな。
もう少し、マシな云い訳を用意しろよ……。
「あ、ありがとうございますです……!」
水色ちゃんが、俺に頭を下げた。
言葉は分からなくても、俺が干渉したとは、分かったらしい。
尤も、水色マザーは、自分がお礼を云われたと思ったみたいだ。
しっかりと勉強するのですよ、とか得意げな顔で云っている。
そして、遊ぶのが大好きなマイシスターは、俺に頬を擦り付けながら、じれたように聖霊幼女に云う。
「マイムちゃん、ここ、粘土ある云った。ふぃー、こねたい」
「あ、そうなのです! お水を見せる約束だったです!」
ニパさんの腕から飛び降り、ぱたぱたと駆けていく水色ちゃん。
娘が離れたのが不満だったのか、俺を睨む先代当主。
いや、俺のせいじゃ、ないからね?
ほどなくして、水色ちゃんが戻ってくる。
その手には、寒天のようにぷるぷると震える、透明な直方体が乗っている。
「これなのです!」
「ふおぉ~~っ!」
妹様が、目を輝かせる。
「にーた、あれ、全部魔力の塊。ふぃー、ああいうの初めて見た!」
「魔力で出来ている? つまり、聖湖の湖水のように?」
「はい。これは、湖水です!」
聖湖の湖水は、魔力そのものだ。
そして、その魔力は場所によって、多少の濃い薄いがあるらしい。
その濃い部分が凝縮されると、半分、固形物のように変化するのだと水色ちゃんは教えてくれた。
「凝縮された魔力は、普通は魔石へと変じますが、これはあくまで『湖水』。つまり、『水であろうとする』性質があるために、このような軟体物質になるのですよ」
水色マザーが横から解説してくる。
まあ、ざっくりと云えば、かなり珍しいケースだと云うことなんだろうね。
「マイムちゃん、ふぃー、これ、こねてい~い?」
「はい、どうぞです」
「ふへへ! ふぃー、粘土好き!」
粘土と云うよりも、粘『水』と云うべきなんだろうがな。
俺はフィーと違って、こねることにさほどの興味はないが、あの水の『在り方』そのものには食指が動く。
「マイムちゃん、俺も触っても良いかな?」
「はい、どうぞです! このお水、コロボックルさんたちも大好きなんですよ?」
ぐにゃぐにゃしてて面白いもんなァ……。
手触りそのものは、粘土に近い。
でも、粘土特有の油がくっつく不快感はない。
どちらかで遊べと云われたら、俺なら迷わず、こちらの粘水を選ぶだろうな。
(根源干渉……。構造を見てみよう……)
ははぁ、成程。
奇妙な表現になるが、大元の構成魔力が歪んだままで、調和が取れているのか。
だから、水でありながら、半分固形になると。
(これ、魔力の構成をいじったら、俺も作れたりしないかな……?)
えーと、まず、水の魔術の大元に干渉して、構造に均一性を与えて……。
俺が心中でブツブツと考えていると、水色ちゃんが歓声を上げた。
「ふえぇっ! フィーちゃん、凄いですぅ! お水で、コロボックルさんを作ってしまいました!」
「私たち! 私たち?」
「水で出来てる? 似てる? 似てる?」
フィーはデフォルメされたコロボックル人形をこねあげたようだ。
相変わらず、粘土細工は上手だな。
水だけど。
「凄いじゃないか、フィー」
「ふへへへ……! ふぃー、にーたに褒められるのが、一番嬉しい!」
マイシスターが抱きついてくる。
すると同時に、水色ちゃんが、俺の持っているモノを指さした。
「お、お兄さん、それは何です……!?」
「ん? これ? 粘水だよ。構造を理解したから、ちょっと作ってみた。流石に、ここの湖水と比べたら水質は大きく劣るけど、触って遊ぶ分には、何も問題がないと思うよ」
「ふえぇっ!? この柔らかいお水、魔術で作れるものなのですか!?」
「な、何なのよ、この兄妹。まさか本当に、この子たちがクピクピを……?」
水色の親子が、呆然としていた。




