第十八話 エルフの女騎士とふたつの視線
「この度、クレーンプット家守護の任を拝命致しました、ハイエルフのヤンティーネと申します。旅行中の護衛はどうぞお任せ下さい」
里帰り当日の朝。
エイベルがショルシーナ商会から借りてきたと云う騎士姿をしたエルフの少女が、片膝を付いて礼を取っている。
金髪をポニーテールにした、生真面目そうな女の子だ。実年齢は知らないが、外見年齢は十五歳くらいだろうか。
「エイベル、この人は……?」
「……ショルシーナ商会の私兵。もともとエルフの世界でも、騎士階級だったから借りてきた。戦闘はガドでも出来るけど、リュシカとフィーは女性だし、護衛役は女の子にすべきだと考えた」
流石エイベル。配慮の出来る女。
「えと、ヤンティーネさん」
「ティーネとお呼び下さい。敬称も不要です」
「じゃあ、ティーネ、キミはエイベルのことを知っているんだよね?」
「当然です。我が家は代々高祖様方を守護する専任騎士でしたから」
(ん? 過去形……? まあいいや)
何か事情があるのだろうが、興味だけで勝手に踏み込むわけにも行かないからな。訊くべきことを訊こう。
「エイベルじゃなくて、俺たちの護衛で良いの?」
「そのように仰せつかっております」
少し残念そうにティーネは答える。エイベルが言葉を引き継いだ。
「……もしも私の守護を優先した場合、未来永劫、騎士として用いないと云ってある」
「結構、厳しいことを云うのねぇ……」
母さんはそう云うが、商会を訪れた時のエルフ達の態度を見るに、厳しい云い方をしないと、従ってくれないのだろう。
エイベル自身は否定気味だけど、エルフ族の貴種だからね、うちのお師匠様は。
だから、よく納得したねと問うと、エルフの女騎士はバカ正直にこう答えた。
「道中の安全を把握しているからです。セロへの街道付近に出没する魔獣の強さは把握しております。高祖様を害せる戦力のあるモンスターはいないと云うのが結論です。賊は出現率が低いですし、出たとしても魔物以下が殆どですから」
ああ、『外』と云っても比較的安全圏だから、条件を呑んだのね。
俺はエイベルの袖を引いて耳打ちする。
「ねえ、エイベル」
「……んぅっ……! 耳ダメ……ッ!」
ぴくん、と身体を跳ねさせる我が師匠。どうやら息が掛かってしまったようだ。
わざとじゃないよ。俺がエイベルの耳をいつか蹂躙したいと思っているのは本当だが、こういう不意打ちはする気がない。……今のところは、まだ。
「ご、ごめん、エイベル」
「……い、いい。気を付けて」
それで、と師匠が俺を促す。取り繕ってはいるが、顔はまだ赤いままだ。
「ティーネって、強いの?」
「……弱かったら、連れてくる意味がない。商会でも実力者のひとり。ショルシーナやヘンリエッテには大きく劣るけど、騎士としては、とっても優秀」
「ほええ……」
目の前のエルフ騎士の情報よりも、商会長と副会長が強いと云う話の方が驚きだった。ふたりとも、全然武闘派って感じがしなかったし。
「こちらが旅の荷物になります」
ティーネは少し豪華な麻袋を持参していた。
王都からセロまでは片道二日。
首都の傍なので、道中には複数の宿場町があり、そこで宿を取る予定。幼い子供を連れた旅なので、野宿はしない。
とは云っても、野営の可能性が完全に排除できる訳ではない。その備えとして、夜具や保存食なんかも用意してくれている。
(お菓子も入っているのか。俺たちに配慮してくれたみたいだけど、誰の考えだろう? 気配り名人のヘンリエッテさんだろうか?)
何にせよ、我が家単独ではろくな荷物を用意できないから、ありがたい話だ。商会とエイベルには感謝しかない。
※※※
準備が整ったので、馬車乗り場へと移動する。
そこには既に二頭立ての馬車が用意されていた。しっかりした造りではあるが、ベイレフェルト家の紋章などはない。あちらとしては比較的粗末なものを宛がったつもりなのだろうが、目立ちたくないこちらとしては好都合だ。
「ふおぉおぉ~~~! にーた、うま! うまおおきい! にーたすき!」
フィーは初めて見る馬に大興奮している。お馬さんごっこは妹様感謝デー以来たまにやっているが、実物を見るのはこれが最初だ。
本人は触りたそうにしているが、危ないので我慢して貰う。
「さわるの、めー?」
「我が家の馬じゃないからね。気性も荒いかもしれないし」
「にーたがそういうなら、がまんするの……」
健気だ。流石大天使……。
フィーはとても良い娘なので、俺の傍を離れること以外は基本的に我慢してくれる。もっと色々自由にさせてやりたいし、多くのことを体験させてあげたいのだが。
「私の馬で良ければ触れて構いませんよ?」
ティーネがそんな風に云ってくれる。彼女は個人で馬を所有しているのだと云う。しっかり躾けてあるので余程のことをしない限り、蹴ったり噛んだりしないのだと。
ちなみにティーネは馬車には乗らず、自らの乗馬で同行する。そちらの方が小回りも利くし、遠目から見ても護衛がいるぞと分かるからだ。
色々と至れり尽くせりの出立だが、個人的に残念なことがひとつ。
馭者役の中年男性奴隷に愛想もやる気も覇気もなく、こちらと親しくなる気もない様子なこと。
まあ、ご主人様から疎まれている平民風情と仲良くするメリットなんて彼にはないから、どうこう云うつもりは全くない。けれど仲良くなれれば馭者の技術を学ぶチャンスだと思っていたので、それが不可能になったことが残念だ。
逆に嬉しかったこともある。
ティーネと挨拶を交わした際のフィーの様子だ。
「にぃさまのいもうとのふぃーです! ふぃーはにーただいすき!」
前半と後半の言葉にちぐはぐさはあるが、まだ二歳なのにこんなにしっかりと挨拶が出来るなんて、と感動してしまった。やはりうちの妹は天才……。
それに、『兄様』呼びを頑張っているんだなぁと感心した。どんどん明晰に喋れるようになって行っているし、マイシスターは至高の存在だ。
「それじゃ、行きましょうか」
母さんの号令を合図に、里帰りが始まった。
俺やフィーにとっては、初めての旅行だ。
※※※
旅はとても順調だった。
人通りの多い街道なので、モンスターや野盗が出る心配もない。石畳で舗装されているおかげもあって、車輪を取られることもないし、大きく揺れたりしないのも助かる。
それにティーネと云う護衛が付いていてくれるおかげで、随分と気楽でいられる。
もともと主要街道なのだから盗賊との遭遇は無いに等しいのだが、それでも自分で気を張っていなければいけない状況と、ある程度任せてしまえる状況とでは負担が違う。
「にーた、にーた! えへへ……」
フィーは大変はしゃいでいるようだが、あまり景色を見てはいない。
せっかくの外なのにもったいないとは思うが、強制も出来ない。
では我が妹様は何を見ているのかと云うと。
「にーた、すき……」
俺の顔ばかりを、ずっと見つめている。
馬車に乗り込んでから揺れて落ちたりしないようにフィーを抱きしめてあげているのだが、それが大いにお気に召したらしい。俺と妹は互いに抱き合って見つめ合っているという状態だ。
(正直云うと、景色を見たいんだけどな……)
自分が外に出る時のことも考えて、周囲を把握しておきたい。
どの方向に何が見えるかを知れるだけでも、だいぶ違うと思うのだが。
「なあ、フィー。俺の顔ばかり見てても、つまらないだろう?」
「ふぃー、にーたすき! にーたすきだから、ずっとみてる!」
嬉しいことを云ってくれるじゃないか。
俺はフィーをギュッと抱え込んだ。さっきまでは背中に手を回してはいても、顔が見えるくらいの距離は離れていたが、今度のこれは密着だ。しっかりと抱擁している。
「きゃー! にーた! にーたすき! だいすきッ!」
図らずも視界がフリーになる。
成程、こうしてしまえば、周囲を観察できるな。
まず目に付くのは、馬に乗って併走する鎧を着込んだエルフの女騎士だろう。
なにせ馬上槍を装備しているから、どうしたって目立つ。ていうか、良いよね、ランス。格好良い。
母さんは俺の隣に密着するように座っているが、視線は持ち込んだ恋愛小説に釘付けだ。よく酔わないでいられるなと感心する。
そしてもう一人の護衛役――エイベルは俺たちの正面に座り、静かにこちらを見つめている。
(綺麗な瞳だなァ……)
云うまでもなくエイベルは美少女なのだが、その構成パーツの中でも突出して綺麗だと思えるのが、瞳と耳だ。
ショルシーナ、ヘンリエッテ、そしてヤンティーネと複数のエルフを見てきたが、この種族には単純な顔の善し悪しだけでなく、耳の美しさと云うものがあるのを体感して学んだ。
人間の耳を見ても特に何の感想も出てこないから、これは俺がエルフにのみ抱く感覚なのだろう。
話が耳にズレた。
俺は瞳を綺麗だと云っていたのだ。なのに耳ばかりに心奪われてしまった。それと云うのも、エイベルの耳があまりにも魅力的なのがいけない。
耳と双璧を成す彼女のチャームポイントである緑色の瞳は宝石のように綺麗で、いつまでも見つめていられる。まるで飽きが来ない。
(んん? いつまでも見つめていられる……?)
云うまでもないが、見つめるためには、向こうもこちらを見ていなければならない。
エイベルは何故か、ずっと俺の瞳を見つめている。
最初は俺たち三人を見ているのかと思ったが、視線がぶつかるのだから、彼女が見ているのは俺、と云うことになる。
(何だろう……? 何か俺に云いたいことでもあるのかな?)
一番可能性があるのは「気を抜くな」だろう。
しかし彼女の視線には、そんな警告めいた意志を感じない。ただ単純に、それこそ絵画を賞翫するかのような視線なのだ。意図が読めない。
わけがわからないままエイベルをずっと見つめていると、
「にーた、め! ふぃーだけをみて……」
妹様が俺の眼前に割り込んで来た。
こんな事を云われてしまうと、俺は逆らえない。
そのまま、後はフィーの顔だけを見て過ごすことになった。




