第百八十三話 合流
「あ! いたいた~。アルちゃああああん!」
草のカーペットの上に座っていると、向こうから母さんたちがやってくる。
あまり焦った様子がないことからも、この島が安全なのだと云うことを再確認。
まあ、水色ちゃんが伸びやかに暮らしていける環境だしね。殺伐とは、程遠いのだろうよ。
俺は母さんに、しーっと指で合図する。
「あら? あらあらあら~~?」
マイマザーは、俺の状況に気付いたようだ。
「すぴすぴ……」
「んにゅ~~……」
あぐらをかいた俺の両太ももを枕にして眠る、美幼女ふたり。
近寄ってきた母さんは、ニコニコと笑いながら、俺に問いかけた。
「可愛い子ね~? ここで知り合ったの?」
「うん。現地の子みたい」
左右の手で、ふたりの頭を撫でてやると、どちらも眠っているのに、顔がゆるんだ。
うん。可愛いな。
「……少し遅れた。思ったより、遠くに飛んだみたい」
水色ちゃんを見ながら、エルフ様が云う。
この娘を見ても驚いた様子がないし、矢張り知り合いなのだろうか。
「エイベルの知っている子――だよね?」
「……ん。知り合いの娘。口を利いたことは、殆ど無いけれども」
母さんが俺をちょいちょいと、つついてくる。
「で? で? この子とは、どうやって知り合ったの? お母さんも、だっこしてみたいわ~」
「仲間の精霊たちと、はぐれたと云っていたから、俺たちみたいな状況なんだと思う」
「あらら、迷子なのね。親御さんを探してあげないといけないわねー」
心配そうに呟く母さんをよそに、エイベルはちいさく呟いた。
「……その子供の親は、今、この島にいないはず」
「えっ」
俺と母さんは、同時に声をあげた。
こんな幼くてちいさな子なのに、親と離ればなれだと云うのか。
「何か事情があるのかしら? でも、それだと色々大変だろうし、寂しいでしょうねぇ……」
子供好きの母さんが、すぐに反応した。
しかし、そうか。
水色ちゃん、親と一緒じゃないのか。
きっと、心細いだろうな……。
「エイベルエイベル、この娘は、どうしてお母さんと一緒じゃないのかしら?」
「……ん。それは、この娘が――」
「ん……、んんぅ……?」
云い掛けた瞬間、水色ちゃんが目をさましてしまった。
俺や母さんに抱きついている限り、ぐっすりと眠れる妹様とは大違いだ。
「ふぇ……? ここは、どこですか……?」
寝ぼけまなこのまま、周囲をキョロキョロ。
そして、エイベルを見て止まる。
「ふ、ふええええっ! え、エルフの高祖様ですぅ!」
「……ん。久しぶり」
あわあわと震える水色ちゃん。
前後不覚だからか、俺に抱きついてしまったことに気付いていないようだ。
「あら? この娘が使う言葉、大陸公用語じゃないのねぇ。私には分からないわー……」
「……ん。キシュクードの成立は、かなり古い。だから、古代精霊語をそのまま使っている」
「ああ、アルちゃんやフィーちゃんが、貴方から習っている言葉ね? ううん。こんなことなら、私も習っておけば良かったかしら?」
「……リュシカに覚えるつもりがあるのなら、教えてもいい。……本当に覚える気があるなら、だけれども」
「アルちゃん、この娘、何か怯えているみたいだけれど、どうしたのかしら?」
母さん、露骨に話を逸らしたな。
勉強嫌いな人か……。
「――エイベルを見て、ビックリしているだけだよ」
「あら、そうなの? 私の親友、いつも無表情だものねぇ。それで誤解されるのかしら?」
そう云う事じゃ、無いと思うが。
母さんはエイベルの背後に回り、頬をつまんで無理矢理笑顔を作る。
水色ちゃんが驚いて奇声を上げた。
「ふえぇっ! エイベル様に、なんてことを! こ、このフィーちゃんによく似た女性は、一体、何者なのですか!」
我が家は特に何もない、有象無象の平民ですよ。
「アルちゃん、この娘の、お名前は?」
「マイムちゃんだけど……。そろそろエイベルを離してあげたら……?」
「そう、マイムちゃんね」
エイベルを雑に解放し、水色ちゃんに近づく母さん。
高祖様が頬をさすっているが、結構、強めにつまんだのではなかろうか。
「初めまして、マイムちゃん。私はリュシカ。アルちゃんとフィーちゃんの、ママです」
リュシカ、の部分で自分を指さす母さん。
うん。
これなら、言葉が通じなくても、名前くらいは伝わるか。
「ふぇ、お兄さん。この方、私に何を云っているのです? お名前はリュシカさん、で、よろしいのでしょうか?」
「自己紹介だよ。この人は俺やフィーのお母さん。名前は、リュシカで合っているよ?」
「ふ、ふえぇっ! お兄さんと、フィーちゃんの!」
ぱたぱたと服をはたいて、それから、ぺこりんと頭を下げる水色ちゃん。
「は、はじめましてです。マイムと云います。よろしくお願いしますです!」
「ああっ! 可愛いっ!」
「むぎゅっ!」
子供大好き。可愛いもの大好きな母さんが、水色ちゃんを捕食してしまった。
「私、ちっちゃい子が懸命に頑張っている姿を見るの、大好きなのよー。きゅんきゅんしちゃう! この娘、絶対に健気だわ! 今、決めた!」
「ふ、ふええ! 柔らかいですぅ……っ! い、息が出来ません!」
マイムちゃんが危ない! 助けないと!
……が、動けない。
マイエンジェルが、俺のことをがっちりキャッチ!
離さない、逃がさないと云わんばかりのパワーだ。
ゆるみきった顔で眠っているはずなのに!
「え、エイベル、助けてあげて」
「……ん」
すたすたと母さんに近づくエイベル。
そしてチョップ。
久々に見たぞ、エイベルチョップ。
いつも俺に放つ時よりも、鋭い振り下ろしだったような。
エイベルのチョップって、痛かったこと、一度もないはずなんだが。
「きゃんっ! な、何するのよぅ、エイベルぅ……!」
「……自己の感情を優先し、他人の心情を考慮できないのが、貴方たち母娘の悪い癖。リュシカは自分の肉圧の恐ろしさを、少し自覚した方が良い」
肉圧……!
そんな珍奇な表現が。
高祖様のおかげで危地を脱した水色ちゃんは、ホッと胸を撫で下ろす。
「うぅ……。お兄さんの云う通り、エイベル様は、良い人でした……」
そういう納得の仕方は、どうなんだ……?
まあいい。
合流できたので、マイエンジェルを起こすとしようか。
「ほら、フィー。起きろ。母さんたちが来てくれたぞ」
「すぴすぴ……」
ダメだァッ。起きない。
朝から外行きをはしゃいでいたから、疲れが溜まっていたんだな。
仕方がないので、マイシスターをだっこして、立ち上がる。
「えっと、湖に向かうのが先なのかな? それとも、マイムちゃんの仲間を捜してあげる方が良いのかな?」
「湖でお願いしますです。私が見つからなくても、お腹が減れば、みんな、あの辺に帰ってくると思います……」
凄い合流理由だ。
はぐれた仲間の捜索や、エイベルの出迎えよりも、食い気を優先するのか……。
俺は母さんに聖湖に向かうことを説明する。
するとマイマザー。満面の笑みで、水色ちゃんを抱きかかえてしまった。
「ふえぇっ!?」
「ふふふー。私がマイムちゃんを、だっこして行くわねー? アルちゃん、通訳、お願いね?」
嬉しそうだなァ……。流石は子供好き。
「はあぁ……っ! もっともっと、子供が欲しかったわねー。五人でも六人でも、産めるだけ産んだのに……」
母さん、際限なく産むタイプだったか。
こうして大家族が作られるわけですね。分かります。
「さあ、出発よー?」
もがくマイムちゃんに頬ずりしながら、母さんが号令を掛ける。
エイベルは肩を竦め、そして、俺の傍へとやって来た。
「……アル。また離れる可能性がある。今度は、手を握った方が良い」
「それはそうかもしれないけれども、ごらんの通り、フィーをだっこしているからね」
「……むぅ」
エイベルは無表情のまま呟くと、俺の袖を、キュッとつまんだ。
これで離れないと云いたいのだろうか?
それとも、妥協の産物か。
どちらにせよ、次に、はぐれることがあるとしたら、それは母さんと水色ちゃんのコンビと云うことになってしまうが、良いのだろうか?
「みんな、子供は持ったわね? 行くわよぉ」
そんな丸太は持ったみたいに云われても。
母さんは笑顔で、ずんずんと歩き出す。
――その時だった。
「お待ちなさい! マイム様を、どこへさらう気ですか!?」
勇ましい、少女の声が聞こえた。
30センチ。
僅かそれだけの背丈の少女が、こちらを睨み付けていた。




