第百八十二話 妹様と水色ちゃん
水色ちゃんことマイムちゃんは、おやつを食べて、だいぶ落ち着いたようだった。
これなら、色々と聞けるのかな?
「えっと、水――マイムちゃん、ちょっと良いかな?」
「ふぇ? お兄さん、私に、何かご用ですか?」
「ああ、うん。ちょっとキミやこの島のことを、訊かせて貰おうと思ってね」
「はい、です。何を知りたいのでしょうか?」
臆病な性格っぽいのに、話す時は、ちゃんと相手の目を見て喋るんだな。良い子だ。
「まず、キミのこと。キミはここで、何をしていたの?」
「ふえ? 私ですか? 私は――」
そこで、ハッとする水色ちゃん。
「あ、ああああ! そうでした! 私、偉い人を出迎えに行く途中だったのですぅ!」
あわあわと狼狽してしまう水色ちゃん。また泣きそうになっている。
「落ち着いて落ち着いて。順序立てて話してくれるかな? 俺たちが協力できることなら、ちゃんと協力させて貰うから」
「ふぇ? お兄さん、私を助けてくれるです?」
「乗りかかった船だからね」
「ふぇえ! お菓子くれた上に、お手伝いまでしてくれるなんて、お兄さん、良い人ですぅ!」
無菌培養なのかな?
コロッと騙されそうな子だ……。お兄さん、ちょっと心配。
「えっと、私たちは、みんなで、この島で暮らしているです」
「たち、と云うのは、精霊さんたちのことだよね?」
「はいです。精霊さんや、妖精さんたちです。それで、この島に、たまに偉い人が来るです。偉い人が来たら、皆で出迎えに行かないといけないです。とっても強くて怖い人だから、機嫌を損ねてはダメだと教わったです」
ううむ……。
その『怖い人』って、まさかエイベルの事なんだろうか?
他所の精霊も含めて、あまり交流なさそうだし。
しかし、だとするなら、怖いと云うのは、大いなる誤解だろう。
優しいからね、うちの先生。
あと、可愛いし。
あ、でも、興味がないものには、結構、冷淡か。
うちの家族には貴重な薬草をぽんぽんくれるけど、人間のためには、粗悪な薬草すら使いたくないって云ってたし。
「それで私たち、偉い人が来たのが分かったので、出迎えに向かったです。そうしたら、はぐれてしまいました……」
「その『偉い人』って、どんな人?」
「エルフと云う種族の、一番偉い人です。『命の季節』の頃から、ずっと、ず~~っと生きていて、とっても強いと聞いているです」
うん。
エイベルで確定だね。
『命の季節』と云うのは幻精歴よりも前。最初に命が芽吹いた、最も古い時代。
世界の主役が、精霊たちだった頃だ。
「ああ、じゃあキミは、エイベルと面識があるわけだ」
「ふえぇっ!? お兄さんは、エイベル様を知っているのですか!? で、でも、呼び捨てはマズいです! 怒らせてしまいますです!」
逆なんだよなァ……。
無駄に持ち上げられる方が、エイベルは嫌がるんだがな。
「俺たちは、そのエイベルと一緒に来たんだよ」
「ふえええっ! ゆ、許して欲しいです~っ!」
何も悪いことしてないだろうに、何で謝るのか。
また怯えてしまったぞ。
「大丈夫だよ。俺たちはキミに何かをする気はないし、エイベルも優しいからさ」
「ふえ? ほ、ほんとうです?」
「うん。エイベルは、とっても良い子だよ」
水色ちゃんは、涙に濡れたくりくりした目を、真っ直ぐに俺に向けている。
そして、一度深呼吸をし、やがて頷いた。
「はい、です。お兄さんがそう云うなら、信じられるです」
「信じて貰えるのは嬉しいけどね。俺とキミは、会って間もない。それなのに、信じられるのか?」
「はいです。お兄さん、エイベル様のことを話す時、凄く優しい目をしたです。きっと、とっても慕っているです。だから、信じられます」
目、ね。
まあ、ゆるんだ顔をしていると云われるよりは、マシだと思っておこう。
それに、エイベルが変に怖がられたり、敵視されるよりは、ずっと良い。
「で、でも、ちゃんと出迎えに行かないといけないです! 無礼や非礼はあってはなりません~~!」
「ああ、それは大丈夫だよ。俺たちもエイベルと、はぐれちゃってね。ここで待っていれば、迎えに来てくれるから、挨拶は、その時にすればいい」
「ふ、ふえぇっ!? え、エイベル様のほうから!? お、お兄さん、一体、何者なんです!? もしかして、エイベル様よりも、立場が上の存在だったりするんでしょうか!?」
「ないない。ただ単に、お世話になっているだけだよ。云っただろ? 優しいって。こういう時でも、だから迎えに来てくれるんだよ」
俺は道ばたに落ちている枝を拾う。
「にーた、それ、何に使う? 誰か、やっつける?」
「物騒な話題から離れてくれ。エイベルが来るまでの時間つぶしだよ」
俺は地面に、『井』のようなマークを書いた。
※※※
「ふへへ……! また、ふぃーが勝ったの!」
「ふぇえ、負けてしまいました……」
マイティーチャーとその親友を待っている間に、フィーと水色ちゃんが遊んでいる。
俺が最初に提供したのは、ご存じ、『○×』だ。
別名を、三目並べ。
小学生が遊ぶ定番ゲーム。
ふたりには未知のゲームだったらしく、その内容に興味津々。ルールを教えてやると、大喜び遊び始めた。
が、そこは頭の良い妹様。
すぐに『○×』の法則性に気付いてしまった。
その辺、マイムちゃんも同じだったらしい。
先攻が有利、いや、後攻は引き分けに持ち込めると見切ってしまう。
仕方がないのでマス目を増やし、五目並べに変更したら、大喜びで遊び始めた。
ふたりとも、小学生の時の俺よりも、ずっと頭が良いようだ。
(五目並べ、商会に持ち込んだら売れるかなァ……?)
娯楽やゲームの類は、それなりに存在するみたいだから、似たようなものが既にあるかも。
あまり期待はしないでおこう。
「また、ふぃーの勝ち! にーた、なでて?」
「あうぅ……。フィーちゃん、強いですぅ……」
うむむ……?
なんだか、ふたりが仲良くなっているような気がするぞ?
水色ちゃん、フィーの友達になってくれたり、しないかな?
「お兄さん、凄いですぅ。こんな面白いゲームを思い付くなんて」
「ふへへ! ふぃーのにーた、凄い! 天才! 何でも出来る! ふぃーのこと、いっぱい、なでなでしてくれる!」
ドヤ顔で身内自慢している所、悪いんだが、この兄は、天才でも何でもないからな?
あと、『凄い』と『なでなで』も、まるで関係ないからな?
「はいです。あんな凄い、お洗濯の魔術は、見たことがありません。きっと有名な洗濯師として、名を馳せると思いますです」
初めて聞いたよ、そんなジョブ。
まあ、仮にそんなものが存在したとしても、浄化の魔術も天球儀も結構、魔力使うから、実際に職業にするのはツラいだろうな。
どちらにせよ、やらんけど。
しかし、フィーは俺を褒められて上機嫌。
水色ちゃんの手を握って、ブンブンと上下に振っている。
「マイムちゃん、よく分かってる! にーた、洗うの上手! ふぃー、いつも髪の毛洗って貰ってる! にーた、ふぃーの洗い方、とっても上手い! にーたに洗って貰うと、ふぃー、幸せいっぱいになる!」
「ふえぇっ! ゆ、揺れます~~っ!」
水色の少女が、ガクガクと揺れている。
うちの妹様、とってもパワフルだからな。
毎日、俺によじ登ったり飛びついたりで、きっと鍛えられているに違いない。
「フィーちゃんも、魔術は得意なのですか?」
「ふぃー、魔術、あまり興味ない! でも、あれば便利! ふぃーはダンスが得意! お砂場やブランコで遊ぶのが好き!」
「お砂遊びは、私も大好きですぅ……!」
「なら、一緒に遊ぶ? ふぃー、砂をこねて、動物作るの好きッ!」
こらこら。
また、どろんこになってしまうではないか。
俺がたしなめると、フィーは口をとがらせながらも、抱きついてきた。
不満を抱くことと、俺に甘えたいことは両立できる妹様なのだ。
「フィーちゃん、手先が器用なのですか?」
「ああ。うちの妹は、ちょっとしたものだぞ?」
正確には、粘土工作が得意な『だけ』で、絵は相変わらず上手くないんだが。
鍛冶とか細工物も、たぶん、上手くない気がする。
技術力と云うよりも、思いのままにこねると、不思議と上手く行く感じ? 天性のものなのだろう。
「それなら、この島に、良い物があるのです!」
ぱん、と水色ちゃんは、掌を打ち鳴らす。
「んゅ? もしかして、粘土ある? ふぃー、粘土こねるの好き!」
「いえいえ、粘土ではありません」
水色ちゃんは、ふるふると首を振り、それから、何故か得意げな顔で、こう云った。
「こねるのは――水、なのです!」




