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妹のいる生活  作者: むい
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第百七十九話 聖域へ


「お出かけ!」

「お出かけッ!」


「楽しいなッ!」


 母さんとフィーが、手に手を取って、仲良く踊っている。


 今日はエイベルの庭園ツアーの前段。

 聖域に行く日だ。


 聖域に入れる人間はあまりいないらしいのだが、こんな理由で訪れても良いものなのだろうか?


「ああ~……。アルちゃんやフィーちゃんに、お母さんがお弁当を作ってあげたかったわー……」


 フィー相手に華麗なステップを決めながら、物憂げにため息を吐く母さん。

 負けじとマイシスターも、くるくる回る。

 う~ん、随分とダンスが上手くなったものだよなァ……。


 妹様は一張羅の白いワンピース姿。銀色の髪の毛と、その上にちょこんと乗っかった水兵風のベレー帽がプリティーだ。

 フィーは普段、あまり帽子を被りたがらない。


 よく走り回ると云うのも理由のひとつだが、最大の動機は、俺に頭を撫でて貰えにくくなるから。

 今回はお出かけと云うことで、母さんが気合いを入れたらしい。


 ワンピース共々、戻ってくるまでに、どろんこになっていなければ良いけどな。


 引率役のエイベル先生の姿は、いつも通りの魔女スタイル。

 可愛いし似合っているけど、たまには別の服も見てみたい。今度、提案してみようかしら?


「ふたりとも、準備は出来た?」


 踊りながら、母さんが聞いてくる。

 俺やフィーは外出する時、迷子札や怪我した時用にポーションを持ち歩いている。

 云うまでもないが、ポーションはエイベル謹製。

 千金を積んでも手に入らない逸品だよ! 


 あと、念のため、おやつも持っていこうかな? 

 何がどう、『念』なのかは知らんけど。


「ふぃー、出来てる! ふぃーの準備、にーたがいることだけ!」


 相変わらず、妹様の妹理論は俺にも分からんなァ。


「……問題ないなら、出発する」


 エイベルはいつも通り、淡々としたものだ。


 離れを出て、おなじみの倉庫エリアへとやって来る。

 目的の場所へは、エイベルの管理する『門』で行く訳だ。


「あの門ね。久しぶりだわ~」


 にこやかに云う母さん。

 エイベルの親友だけあって、使ったことがあるようだ。


 門を抜けた先は、倉庫の地下と似たような、石造りの部屋だった。

 だが、空気が綺麗な気がする。


 部屋から外に出ると、そこには美麗な空間が広がっていた。


「おお~~っ」


 母さんと俺の声がハモる。


 岸壁に囲まれた海と草原が、そこにある。

『門』の隠された石造りの小屋以外は、何もない。


 凄く綺麗な場所だった。

 某『飛べないブタ』の隠れ家に似ていると云えば、伝わる人には伝わるだろうか?


「素敵な場所ねー。こんな場所で読書がしたいわ~」

「……景観の良い場所が望みなら、カノッサ群島に連れて行っても良い」


「カノッサ群島!」


 サラリと凄いことを云ったな。


 カノッサ群島は大陸より南西にあるとされる島々である。

 しかし、それ以上のことは、殆ど分かっていない。


 何故なら、近づくことが出来ないから。


 群島付近の海域は、海竜のテリトリー。

 侵そうとすれば、苛烈な攻撃に遭うと云われている。


 尤も、海竜たちは無秩序な存在ではなく、うっかり迷い込んだ船や遭難者は助けてくれるようだから、人間の出方次第なのかもしれない。


 兎も角、魔導歴ですら、あまり調査の及んでいなかった場所で、数少ない記録には、大陸とは異なる、独自の生態系や珍しい動植物が多数存在するようだと云われている。


「……カノッサにも『門』は設置してある。あそこにしかない植物も多い」

「島に入って、海竜は大丈夫なの?」

「……ん。あの海域の代々の山首とは、知り合いだから問題ない」


 山首ってのは、竜の頭目のことだね。

 相変わらず、人間以外には顔の広い御方だ。


 そう云えば、日本人時代、一回、ギアナ高地に行ってみたかったんだよな。

 この世界にも、似たような場所はあるのだろうか?


「……こっち」


 エイベルは俺たちを海の一部に案内する。

 そこには、シートに覆われた一艘の小型船舶があった。


 帆船ではない。

 別の動力で動く、おそらくは魔導歴時代の乗り物。


 エアバイクと云い、エイベルってモータースポーツが好きなんだろうか? 

 それともただ単に、便利だから使っているだけか。


「あら? バゼル海にあるのと、似た船ね?」

「……ん。同じメーカーのもの」


 口ぶりからして、母さんは似たような船に乗ったことがあるのかな?


「にーた、この変なの、なぁに? ふぃー、気になる!」


 ただひとり、こういった船を知らないフィーが、興奮気味に訊いてくる。流石は好奇心旺盛な妹様だ。

 俺が船の説明をしてあげると、マイシスターは大興奮で、乗りたい! と叫んだ。

 うん。これから乗るからな?


「ふぃー、そーじゅー出来る!? ふぃー、がんばる!」


 うん。それはないかなー?


 と云う訳で、エイベルの運転する船で海を出る。

 陽光を反射する岩のトンネルが美しい。

 フィーはもう、テンションが上がりっぱなしで、観光地にしたら、きっと人気が凄いだろうなと思った。


 岩のトンネルを抜け、青く透き通る海を進んでいく。

 この船、かなりの速度が出ているのでは無かろうか? エアバイクも凄かったが、これも速い。

 もしも落っこちたら、海面に叩き付けられるに違いない。


 やがて船は、奇妙な岩礁の前へとやって来る。

 周囲の海には何もないが、ここに用でもあるのだろうか?


「あら、エイベル様、ようこそ、いらっしゃいました。今年は少し遅かったですね」

「おおっ、人魚だ!」


 海中から、ひょっこりと顔を出したのは、紛う事なき人魚。

 いるんだなァ。

 そりゃあ、異世界だもんな。


「……ん。ルルスス、元気そう」

「はいー、元気ですよ。お久しぶりですねー。お一人でないのは、珍しいですねぇ」

「……そういう時もある」


 人魚の名は、ルルススと云うらしい。

 敬語も使っているし、様付けもしているが、表情や態度はかなり気さくだった。


「島へ行かれるのですね?」

「……お願い」

「では、案内致しますね?」


 ちゃぷんと海中に潜っていく人魚さん。

 俺はお師匠様に問いかける。


「エイベル、彼女は?」

「……聖域への案内人。聖域の島は、魔術で閉じているから、通常は辿り着くことが出来ない。彼女はその海路を知る」


「あら? エイベルでも、道筋をしらないのかしら?」


 母さんが話しに加わってきた。エイベルは、ちいさく首を振る。


「……知らないと云えば嘘になる。案内無しでも、辿り着くことは可能。これはルートの問題ではなく、礼儀の問題」


 ああ、来たことを知らせる意味があるのね。


「お屋敷で云えば、ちゃんと正面から訪ねるべきだと、そう云うこと?」

「……ん。窓や勝手口から黙って入れば、それだけでトラブルの原因となる」

「ははあ、『門』を直接、聖域に置いてないのも、同じ理由か」

「……ん。あそこは、私の領地ではないから」


 そんな事を話しているうちに、ルルススが潜ったと思われる場所から、光の柱が浮かび上がった。


 合図をするかのように、その場でクルクル。

 そして、柱が移動を始める。


 付いてこいと云わんばかりだ。

 エイベルはそれに合わせて、船を進ませる。

 矢張り、あれが進路であるらしい。


 クルクルくねくね。

 あっちへ行ったり、戻ったり。

 真っ当に進んでいるようには見えないが、それでも、これが正しい道のりなのだろう。


 そんな動きにさえ、フィーは手を叩いて喜んでいる。

 ていうか、酔わないのね。逞しいな。


「……見えた」


 操船をしていたエイベルが呟いた。

 目の前に、ぼんやりとしたシルエットが現れ、それはすぐに、明確に『島』としての形を見せた。


「わー……。綺麗な所ねー……!」


 母さんが呟く。確かにそこに見える島はとても幻想的で。

 ひと目見て、普通の島ではないと感じられる神秘さがあった。


 けれども、エイベルはいつも通り。

 ただ淡々と、その名を語る。


「……ここが聖域のひとつ。キシュクード島」


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