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妹のいる生活  作者: むい
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第百七十六話 売り込み品、リベンジ


「にいいたあああああああああああああああああ! にいいいいいいいいいいいいたああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


「おお、よしよし」


 試験会場を出てすぐ、泣きながら駆け寄って来た妹様をがっちりキャッチ。

 毎度の光景だが、やっぱりフィーは、まだ俺と離れるのが耐えられないらしい。


「ひぐっ、ぐしゅ……っ! にーた、ふぃーと離れる、めーなのお……!」

「よく我慢したな、偉いぞ?」


 いつも通りに撫でていると、母さんと、その親友がやってくる。


「アルちゃん、お疲れ様」

「……アル。お疲れ」


 ふたりが声を掛けてくれるが、今回は本当に疲れた。

 変な褐色イケメンの強いこと強いこと。


 あれ、一瞬でも気を抜けば、ワンパンKOされていたと思う。

 実質、一撃喰らえばアウトという試験だ。

 難易度が高すぎる。絶対に変だと思う。


 エイベルに実技試験の内容を話すと、


「……ん。アルにはまだ、魔術抜きの戦闘を教えていないけれど、教えておけば良かった?」


 教わるのは二ヶ月先。

 俺に六歳の誕生日が来てからの予定だからね。

 これは仕方がない。


 そのまま、ぽむぽむと頭を撫でられてしまった。


「……アルはあまり強くないのに、よく頑張った」


 まあ、エイベル基準じゃァ俺の実力なんて、そんなもんよな。


「めー! にーた撫でてあげる、ふぃーのお仕事! 取る、許さないの!」


 腕の中から聞こえる、マイエンジェルの猛抗議。

 エイベルは特に抵抗することなく、スッと身を引いた。


 すぐさまフィーは手を伸ばし、俺の頭を撫で始める。


「ふへへへへへ……! にぃさま頑張った! ふぃーがなでなでしてあげます……!」

「お、おう。ありがとうな、フィー」

「なら、にーたもふぃーを、なでなでして?」


 すぐに手を引っ込め、頭を傾けてくるマイシスター。

 やっぱり、撫でられる方が好きみたい。


「さあさ、この後は、お待ちかねの商会よー? 数々の商品を見ているだけで楽しいから、お母さん、あのお店大好き!」

「ふぃーも好き! 変なもの、いっぱいある! ふぃー、変なの好き!」


 俺に頭を撫でられて、すっかり機嫌が直った妹様。

 そして言葉通りに上機嫌のマイマザー。


 地球世界でも、ウィンドウショッピングは楽しかったからな。

 娯楽の少ないこの世界では、なおさらだろう。


※※※


 と、云う訳で、商会へとやって来たのだ。


 にぎやかな店内を見て回りたいが、それは後でのお楽しみ。

 いつも通り、商会長と副会長様に挨拶せねばなるまいて。


「エイベル様っ! ようこそおいで下さいました!」


 ぱあぁっ! と効果音が出そうな程に顔を輝かせて、商会長が出迎えてくれる。

 一方、ヘンリエッテさんは俺たち全員に、きちんと会釈をしてくれる。


 ……俺にだけは片目を閉じてきたように見えたのは、きっと気のせいだろう。


「商会長、いつにも増して機嫌がよさそうですね」

「開放感もあるからでしょうね」


 いつも通りにソファに座り、副会長様が手ずから入れてくれた紅茶が置かれる。

 フィーは当然の権利のように、この兄の膝の上だ。


「開放感、ですか?」

「ええ、先程まで、例の護民官がいらしておりましたので」


 ノエルのパパさんが来ていたのか。

 イケメンちゃんとは、すれ違った訳だな。


「平民会の影響を強めるためには、どうしても商会の力が欲しいと」

「村む――第四王女の時もそうですが、すぐに巻き込まれそうになりますね、この商会」


 まあ、俺も世話を掛けているほうに属するんだろうけれどもね。

 それだけの値打ちがあると思われているのだろうな。

 無理もないことなのかもしれないが。


 エイベルに夢中だった商会長が、トレードマークの赤い眼鏡を直しながら、こちらを向いた。


「周囲の思惑がどうであれ、商会の立場を変えるつもりはありませんけどね。真っ当に商売だけをし、武装中立を貫くのみです。それこそがエルフ族の安全に繋がることですからね」


 相変わらず、種族愛の強い人だな。

 そう云う人だからこそ、商会長に推されたのだろうけれども。


「さあ、不快でつまらない話は、ここまでです。アルト様、今回はどんな発明品をお持ち頂けたのでしょうか?」

「前回、大コケしたんで、そんなに期待されると困るんですがね……」


 取り出したるは、木製のちいさな直方体。


 以前、爪切りを作った時の動機は、妹様の安全を考えての結果だったが、今回も似たようなものだ。

 今回の売り込み品も、この娘の為に考案したのだ。


 商会長が手に取り、それを横から副会長様が覗き込んでいる。


「これは……刃が内向きに付いていますね。そして、内部に通じる、丸い穴ですか……」

「ええ。えんぴつ削りです」

「えんぴつ、ですか……?」


 そう。

 まさにえんぴつ削り。

 ハンドルを回すタイプではなく、えんぴつを回して削る、シンプルな構造だ。


 理由は簡単に作れそうだから。

 低コストで作りやすく、パーツが少ないなら、売り込み易いだろうと考えたのだ。

 しかも今回は、識字率も関係ないぞ!

 ……まあ、字が書けない人は、あまりえんぴつそのものを買わないだろうけれどもね。


 そして前述の如く、これもフィーの為に考えた。


 妹様が、お絵かきで使うえんぴつが短くなると、俺や母さんがナイフで削っていた。

 フィー自身はまだ刃物を持たせたら危ないから、俺たちが削ることを担当していたのだ。


 しかし、いずれフィーも自分でえんぴつを削る日が来る。


 そんな時、万が一にも怪我をしたら大変だ。

 フィーの指に傷が付くなど、到底、容認できるものではない。


 そこで、フィーが安全で、俺が楽出来て、しかも売り込みが出来ると云う一石三鳥の手段として、えんぴつ削りをつくりだしたのである。


 将来的には、シャープペンも売りたいな。

 でもそれは、えんぴつ削りが頭打ちになってからにしたいな。

 売り込むとしても、何年か先になるだろう。


「はい、はーーーーい! ふぃー、出来る! ふぃー、それ使って、えんぴつ削れる!」


 既に試作の段階で、フィーはえんぴつを削っている。

 よく分からんが、削ることが、大層、気に入ったようである。少し丸まると、すぐに自分で削るくらいに。


 あと、これは云うまでもないことだが、今回も制作者はガド先生だ。

 いつも変なことを頼んで申し訳ない。


 と、云う訳で、実践だ。


「ん~しょ、んしょ……!」


 フィーは得意顔でえんぴつを削っていく。

 それをマジマジと見つめるハイエルフズ。


 この人たち、売り出す品はちゃんと査定するからな。

 真剣な瞳になろうと云うものだ。


「成程。ピーラーの時と同じ設計思想ですね。手軽かつ安全であることを考慮している」

「構造がシンプルな分、熟練の職人でなくとも、作成出来そうなのも強みですね。腕の良い職人の数は、どうしても限られますから」


 などと美人ふたりが品評している。

 俺としては、売れてくれれば何でもいいです。はい。


「ただちにバカ売れすると云うことはなさそうですが、ジワジワと売れていく気はしますね」

「場所も取りませんし、コストも掛からないでしょうし」


 おお?

 前回の無様晒した時と違って、今回は行けそうだぞ?

 

 と云うか、行けてくれ。

 駄目出しは、もうイヤじゃ!


 ハイエルフズは、目の前で色々と話し合っている。

 そしてやがて、俺の方を向いて大きく頷いた。


「こちらの品を、当商会で買い取りさせて頂きます」


 よ~し、よしよし。

 何とかなったぞぅ!


「アルちゃ~ん、おめでとう」


「にーた凄い! にーた天才。ふぃーのにぃさまだけある!」


「はっはっは、まあな……」


 大元は、俺のアイデアじゃ、無いけどね……。


 抱きついてくる母さんと、頬ずりしてくるマイエンジェルに囲まれていると、ヘンリエッテさんが向き直る。


「アルくん」

「はい?」

「以前も一度、云いましたが、ここら辺で、どうでしょう。そろそろ発明者としての名前を使われるのは」


 ああ~~……、そう云えば、そんな話をした気がするな。「あの誰々の発明品ですよ」とアピール出来る方が、商売しやすいんだったか。


(名前か……。どうしよう? 適当で良いんだから、それこそ食いモンの名前でも――)


 そう云えば、腹が減った。

 実技試験でよく動いたからかな?


 この間はカレーが食べたかったが、今はウィンナーが食べたい。


 熱々の腸詰めに齧り付くと、ポリッという小気味いい音と共に肉汁が染みだし、それが口全体に広がっていく。

 そして味の染みこんだ肉汁特有の匂いが鼻孔をくすぐるのだ。

 ケチャップや粒マスタードとの相性は、バカバカしいくらいに良くて、互いの味を、より一層、際だたせる……。


「……エッセン」

「はい?」

「シャール・エッセン。それが、俺の偽名と云うことで」


 何でそんな名前を思い付いたのか?


 それは永遠に、俺だけの秘密なのだ。


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