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妹のいる生活  作者: むい
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第百七十五話 五級試験の舞台裏


「奥院……!? 奥院が出張って来たのですか……!?」


 五級試験の開催される一週間程前。

 私はロッサムさんに、驚くべき話を聞かされました。


 なんとアルト・クレーンプットくんの五級実技に、あの奥院が口を出してきたと云うのです。


「なんだよ、トルディ。あの眼鏡の後輩から、何も聞かされていないのか」


「リュースは仕事に関しては口が堅いですからね。私が知ったのは、ロッサムさん。今、貴方に聞かされて、ですが」

「まあ、俺の情報も、本来は非公開なんだがな……」


 ロッサムさんは、くるくるとペンを回します。

 彼は部署のイスではなく、デスクに腰掛けています。行儀が悪いなとは思いますが、今はそれを指摘する場面ではありませんね。


「アルト・クレーンプットは、六級試験まで全てが満点合格。しかも実技では、俺やお前を撃破している。あの第四王女様が凄すぎて目立ちにくいが、本来は大騒ぎされるような実績だからな」


「……奥院が彼を欲していると?」


「そこまでは分からん。『奥』の場合は成績優秀者よりも、ある意味、壊れた人間を集める傾向があるから、なんとも云えんな。ただまあ、人手が欲しいのは、あちらさんも同じだろう。うちだって少ない人員でやりくりしている訳だからなぁ」


 忙しすぎて、釣りにも行けやしない、とロッサムさんは、ぼやきました。


「それでロッサムさん。奥院は具体的に、どんな色のクチバシを突っ込んできたのでしょうか?」

「実技担当及び、採点に至るまで、あちらの独占。表院の魔術師は、一切が口出し無用」

「何ですか、それは!」


 私は思わず声をあげてしまいました。


 試験内容が真っ当であるのであれば、採点者を買って出るだけで済む話のはずです。

 なのにそんな宣言をすると云うことは、まともじゃないことをやるぞ、と、そう云っているのと同じです。


「しかも、リング位置の指定までしてきたそうだ。Bの7番」

「端っこですね。それも、何らかの障害物を置けば、周囲からは見えない所でしょう?」


 これは確定ですね。

 何かを仕掛けるつもりのようです。まだ幼い、あの少年に。


「止めなくて良いのでしょうか?」


「何をするのかも分かっていないのにか? そいつぁ無理だ。こっちの云い掛かりになるからな。それに、『何か仕掛けた』と云うのなら、俺もそうだ。指輪でインチキをした」


「でも、あれは……」

「知られていたんだよ」

「えっ?」


 意味が分からず、私はロッサムさんを見る。

 彼は、影のある笑顔を浮かべていました。


「一体全体、どうやったのかは知らんがね。指輪のインチキのことが、『奥』にバレていた。ハタから見りゃァ、俺の行為も、極めて危険と云うことになる。『お前が云うな』と返ってくるだろうよ。掣肘は出来ねェ」


「あれを、知られていた、のですか……?」


「或いは、『後から知ろうとして知ることが出来る』か、だ。『奥』にいるのは、イカれた異能の集まりだからな。俺たちからすれば常識外だとしても、やれてしまう怪物もいるかもしれんだろうよ」


 ロッサムさんの言葉を、飛躍した妄想と斬り捨てることが、私には出来ませんでした。

 彼の云う通り、奥院のメンバーと云うのは、規格外の怪物揃いなのです。


「ええと、つまりそれは、警告も兼ねている訳でしょうか?」


「流石に聡明だな。俺もそう思う。お前さんも知っての通り、俺は最近、『奥』を探っていたからな。気付いているぞと云うアピールを、この際だからと、かまして来たのかもしれん」


 奥院の何を探っていたのかは、訊かないほうが良いのでしょうね。

 我が身のためにも、ロッサムさんのためにも。


「では、ロッサムさんは、今回の奥院の意図が奈辺にあるとお思いですか?」


「わからんね。が、まだ、そう深刻なものでもない気はする。『噂の神童を見ておこう。伝聞ではなく、自分たちで測定できる範囲で』。その程度ではないかとな。――それに、『奥』全体の意向かどうかも訝しい。『奥』の中の誰かが、その権限を使って、アルト・クレーンプットを見たがっただけかもしれない」


「では、そう深刻なものではないと云うことなのでしょうか?」


「そうとも云い切れんのが、奴らの悪質なところだ。測定のために無茶なことも普通にやりかねんからなァ。それこそ、流血沙汰も気にしないような試合を組むとかな」


 受験者は五歳ですよ、大問題ではないですか!


「慌てなさんなって。何もかもが、俺の乏しい推測に過ぎんよ。ここで心配しても詮無いことだ。ごく普通に試験するだけの可能性だってある訳だしな」


 それよりも、とロッサムさんは呟きます。


「トルディ、お前さん。カシュアと云う魔術師を知っているか?」

「カシュアさんと云うと、あのカシュアさんですか? 砂の国の?」

「そう。そのカシュアだ」


 カシュアさんと云うのは、他国出身のフリーランスの魔術師ですね。

 歳は私と同じか、ひとつ、ふたつ上と云った所でしょうか?


 優れた格闘術と特殊な風の魔術の使い手として名高い人物です。


 何せ、その風は魔壁をも容易く破壊すると云われています。

『切り裂く』でもなく『吹き飛ばす』でもなく、『破壊する』、です。

 一体、どういった性質を備えているのか、興味がつきません。


 伝え聞く範囲で特筆すべきは、その近接戦闘能力でしょう。


 兎に角、『速い』と聞きます。

 速いと云うのは、もうそれだけで厄介ですからね。


 一息で歴戦の騎士の頭、いつつを割ったと云われる速度は、詠唱を必要とする魔術師には脅威でしょう。


 遠くにあっては風の魔術。近くにあっては格闘術。

 遠近距離両対応の、極めて強力な魔術師であると云えます。


「それで、あの魔術師がどうかしましたか?」


「二日前に、この王都に入ったことが報告されている。目的は不明だが、まさか五歳児の対戦相手として呼ばれた、なんてことがあるわけがないからな。お前さんにも、警戒しておいて欲しいと思ったのさ。フリーランスってことは、場合によっては敵になるって事だからよ」


 強い魔術師と云うのは、こうして何もしていなくても、警戒される場合があります。

 単純に知人に会いに、王都へやって来ただけかもしれないのに、です。


 しかし、国に仕える身としては、ロッサムさんの云い分は、確かに正しいのです。

 我が国と敵対する勢力に雇われた可能性も、本当にあるのですから。


「問題も、警戒せねばならない事柄も、色々と山積みですねぇ……」

「いや、ホント。うちも人、増やしてくれんかなァ……」


 話題の起点となった人物――アルトくんに形だけのスカウトをした私ですが、どうにも望みは薄そうでした。

 聡明な彼は、うちの労働環境がよろしくないと、すぐに気付いてしまったようです。

 十年後にあの子を同僚とするのは、期待薄でしょうね。


「まあ、何だ。俺たちに今できることはない。――が、色々と考えておいてくれと、そういうことさ」


「了解しました。奥院の意図が奈辺にあるかは知りませんが、幼い子が危険に遭うのは見過ごせませんからね」


 今話した内容を、私は本来知らないのですから、それを逆手にとってアルトくんをサポートしてあげることにしましょう。


(と、云っても、あの子は途方もない天才です。並みの試験なら、自力で乗り越えてしまうことでしょう)


 六級試験の時に見せた奇妙な水の弾といい、エルフの襲撃者を退けた実力といい、あの少年の実力は、既に並みの大人以上です。


 そして、これは単なるカンですが、あの子には、何かもっと強力な奥の手があるような気がしてならないのです。

 あの少年は、魔術師の天敵。

 対・魔術戦では、あらゆるものを凌駕するような、そんな気さえするのです。


 それでも、彼はまだ子供です。


(奥院が無茶をした場合は、身体を張って助けなければ)


 しかし私の決意も虚しく、翌日、任務で十日ほど王都から出なければならなくなってしまいました。

 私は無念さと、ひとりにすると危なっかしいトロネさんを王都に残したまま、出張に出かけました。


 ――アルト・クレーンプットが魔術師カシュアを無傷で撃破し、五級試験を満点合格したと云う話を聞いたのは、王都に帰還してからのことでした。


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