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妹のいる生活  作者: むい
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第百七十四話 五級試験(後編)


「行くゾ……!」


 カシュアは風の魔術を放つつもりのようだった。

 術式構築からの展開が妙に早い。

 高速言語には及ばなくても、似たようなことが出来るのかもしれない。


 放たれた風は、殆ど不可視。

 けれども、俺には届かない。


「魔壁、カ……! 色々やるナ……!」


 水の魔壁で攻撃をガードする。


 しかし、何だこりゃ? 

 形作られているのは、弾丸でもなければ、刃でもない。


 これは、まるで――。


「……って、うおぉッ!?」


 俺の魔壁を貫通しやがった。


 これもどうにか、すんでで躱す。


(今のは、螺旋か……! 風をドリル状にして放ったのか。もしも防壁やプロテクターがあっても、それを貫けるように……!)


 おいおいおいおい。

 あんなの喰らったら、俺は大怪我するんじゃないですかね!?


 リングサイドを見ても、採点者は沈黙している。


 つまり、あれもOKってことね? 

 五級試験では死者や怪我人が続出するなんて、聞いたことないんだがな。


 カシュアが距離を詰めて攻撃してくることは無かった。

 リングの上、水たまりだらけにしたからね。


 魔壁を貫通する魔術が放てるのなら、それを撃つだけで良いと考えたのかもしれない。


(魔壁を変更……)


 次弾が来る前に、水の魔壁を解除。

 水はそのまま、リングを侵食させておく。

 接近されるのは、もう御免だ。


 用意するのは、別の魔壁。


「シ……ッ!」


 カシュアは次弾を発射した。

 こちらの展開は間に合っている。

 結構、ギリギリだったけれども。


「ヌゥ……ッ!?」


 貫かせない。

 破壊させないよ。


 俺の魔壁は、見えにくいドリルを止めていた。


「風、カ……。水や氷だけでなく、風も自在に操るカ……」


 俺が作り出したのは、風の魔壁。

 普通、風で壁を作っても、防御力は他のそれに劣る。


 しかし、相手も風の魔術を使うなら、話は別だ。


 カシュアの魔術の回転に合わせ、こちらも風を巻き起こす。

 力を殺ぎ、拡散させるように。


 あのドリルを、無理に止める必要はない。

 同属性で、散らせば良い。


「上手い、ナ……! 発想が柔軟で、しかも速イ……!」


 カシュアの周囲に、いくつもの歪みが現れる。

 例のドリルを無数に撃つつもりなのだろうか?


「フン……ッ!」


 男は、それらを水たまりに放った。

 巻き上がる水しぶき、キラキラと輝く、氷の欠片。


 成程。

 水と氷を同時に排除したのか。

 となれば、来るのは再びの接近戦。


 カシュアは再度、矢のような速度で突っ込んでくる。

 俺がもう一度、水まきを始める(いとま)も与えないつもりらしい。


 まあ、水以外を使うだけだけどな!


「ム、ゥッ……!」


 俺が放ったのは、風の魔術。

 魔壁の一部を根源から再構成して、砲台に変えたのだ。


 弾薬たる風は、壁として最初から用意してある。

 発射速度は、だから速い。

 

 狙うのは、脚だ。

 あのドリルを防ぐことが出来る以上、接近する術さえ奪えば、勝機が見えてくる。


(しかし、よく躱せるな……!)


 正面からとは云え、殆ど意識の外からの攻撃だろうに、カシュアはギリギリで俺の魔術を躱した。

 右に左に、よく避ける。


(これは上手く躱せた、ご褒美だよ~~……)


 彼が頑張って躱している間に、再び水を撒いていく。

 男が舌打ちしているのが見えた。


 今度は散らすなんてさせない。

 風の砲撃で、そんな暇を与えない。


「チッ……! 小賢しイ……ッ!」


 知恵が回ると云って貰いたいね。


 しかし、今の俺がやれていることは、膠着状態に持ち込んでいるだけだ。

 このままでは、時間切れで負けてしまうかもしれない。


 カシュアは、躱しながら言の葉を紡ぐ。

 魔術を使うつもりらしい。


「魔壁か……!」


 展開されたのは、風の魔壁。


 ちいさいが、その分、分厚い。


 彼はそれを前面に掲げ、再びこちらへ突っ込んできた。


(上手い具合に水たまりを避けるな……!)


 さっき一回、散らされたのは、案外、痛手だったのかもしれない。


 けれど、正面。

 正面から突っ込んでくるならば。


 俺は、砲台から、風の魔術を発射した。

 カシュアは、魔壁でそれを防ぐ――つもりだったらしい。


「ぐっ、あ……ッ! これは、まさカ……!?」


 そう。

 螺旋です。


 並みの魔壁なら破壊し貫く、風のドリルだ。


 今そちらが展開している風の魔壁で、さっきの俺と同じことが出来るなら、或いは相殺できるかもね。


「もしそうでも、させないけどな!」


 二射目。

 二本目の、回転する風の槍。


「ぐああああああああッ!」


 カシュアの魔壁が吹き飛んだ。

 とっさに腕をクロスして防いだようだが、勢いを殺しきれず、肉を削ぎ、皮を切り裂き、血が噴き出した。


(どうだ……?)


 俺はリングサイドを見た。


 文学少女は、薄く笑うばかり。

 結構、大きな怪我なのに有効打とは認めないらしい。


 防御が間に合ったと判断したのだろうか?


「小僧……ッ! 俺と同じ魔術を使うのカ……! 一体、どこで誰に教わっタ……!?」

「今、貴方に」


 見せて貰ったからな。

 なら、使える。

 それだけの話。


「見ただけ、デ……? バカ、ナ……?」


 見ただけ、と云うのは、少し違う。

 正確には、『触った』だ。


 防いだ時に、あの螺旋の構造と構築術式は根源から理解した。


 だから、作れる。

 全く同じ、あのドリルを。


「お前を相手に魔術戦をするのハ、賢いことでは、ないようダ……!」


 まるで拳法の構えのように。

 カシュアは、立ち方を変える。


 疑う余地のない、接近戦。

 矢張り、この戦い方が、彼の真骨頂であるようだ。


「行くゾ……ッ!」

「速ッ……!」


 これまでとは比較にならない速度。


 今までは手加減していたのか? 

 それとも、俺のように奥の手を出すことを嫌ったのか?


 いずれにせよ、カシュアは本気を出したようだ。


(速度の正体は、風か……!)


 風の魔術を自身の後方に射出し、ブースターの様にして加速しているのだ。


 速いと云うのは、それだけで多くの選択肢を奪う。

 虚を突かれたせいで、魔術を撃つタイミングが、少し遅れた。


 カシュアは、その一瞬で充分だとでも云いたげに距離を潰し、拳を放つ。


 おそらく、四肢にも風の加速を加えているのだろう。

 先程よりも、明らかに拳速が上がっている。


 避けるだけで手一杯で、他のことが何も出来ない。


「この連撃をも、躱すのカ……! 目が良いナ、小僧……ッ!」


 こちとら0歳のころから、視力強化の魔術を使っているんだ。


 エイベルに習う前から自力で使えた数少ない魔術は、相手の動きを明確に捉えることが出来る。

 だから、躱すだけならギリギリで可能だ。


(そして、もうひとつ……!)


 エイベルに習う前から使っていたものがある。


「グ、オォ……ッ!?」


 掴んだ(・・・)


 水たまりから、魔力で作った手を伸ばす。


 ずっとやっていた、砂人形の水バージョン。

 氷で補強し、カシュアの脚を、掴めるように。


 ガクン、と男の動きが止まる。

 転ばなかったのは流石と云うべきか。


 この男は素早い。

 ここから攻撃に転じたとしても、一撃当てるのが関の山だろう。


 カシュアもそれを理解しているのか、既に防御態勢に入っていた。


 致命傷でなければ構わない。反撃できる。

 そう、思っているのだろう。


(充分なんだよなァ、一撃でッ……!)


 俺は踏み込み、防御態勢のカシュアに触れる。

 さあ、防げるものなら、防いでみろ!


「雷絶……ッ!」


「ぐあああああああああああああああああああああああッ!」


 響き渡る絶叫。

 意識を刈り取る雷の魔術は、表面だけでなく、内部にも浸透する。


 鍛え込んでいようと関係ない。

 俺のようにスイッチを切る手段でもない限り、意識は失われるはずだ。


「ガッ、ア……ッ!」


 白目を剥いて、よろめく男。


 俺は勝利を確信し――。


「ぬあああああああああああああああああッ!」


 男は、自らの肩に貫手(ぬきて)を叩き込んだ。


 血が噴き出し、苦痛に顔を歪める。


 しかしそれで、意識を失うことを拒んだようだ。

 力尽くで、覚醒しやがった。


「まだ、ダ……! こんナもので、俺ハ、負けなイ……ッ!」


 凄い根性だ。

 だが、既にフラフラだ。


(命がけの戦いでもあるまいに、何でこんなに必死なんだよ……!?)


 仕方なしに、俺は追撃をしようとした。


 ――その時だった。


「そこまで。アルト・クレーンプットの勝利です」


 ずっと地蔵だった判定者が、やっと喋りやがった。


「ま、待テ……! 俺は、まダ……ッ!」

「貴方の負け、ですよ、カシュア。この私が、そう判定しているのです」

「クッ……!」


 男は黙り込んだ。

 だらりと腕を降ろし、顔を逸らす。


「貴方の勝ちですよ、アルトくん。素晴らしい試合でした」


 同僚が大怪我しているのに、なんて笑顔をするんだよ……。

 もっと他に、云うことがあるだろうに。


(しかし、疲れた……)


 強かった。

 もの凄く。


「…………ッ」


 男は俺とリュースを睨み付けると、フラつきながら、去って行く。


 あれじゃあ、俺の他を試験するのは無理だろうな。


(本来なら、負けだったな……)


 徐々にちいさくなっていくカシュアの姿。

 彼の手には、能力減衰の指輪が輝いている。


 弱体化されていて、あの動きだ。

 そうでなかったら、初手で顔面を潰されて終わっていただろう。


(自分が弱いと云うことが、よく分かった)


 四級実技って、これよりも難しいのだろうか?

 だとすれば、合格が危ういかもな。


「ふふふ……! まさか、カシュアを倒せるとは……!」


 すぐ横では、リュースが笑いながら、俺を見ていた。


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[一言] 実技の試験の異常性に気ずいて欲しいね
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