第百七十三話 五級試験(前編)
と云う訳で、五級試験だ。
泣き叫ぶ妹様をなだめて、会場へと向かう。
受験者用入り口に入ると、
「何で子供がここに?」
「迷い込んだんじゃないか?」
などと云う声が聞こえてくる。
しかし係員が寄ってこないことから、
「おい、あのガキまさか……」
「アレだろう、第四王女殿下に次ぐ、年少者の満点合格者の……」
そう云う声も出る。
村娘ちゃんのおかげで一番に目立つことは避けられているが、矢張り俺の年齢で五級に挑むのは異常なのだろう。
悪目立ちしてしまっている。
まあ、この辺の反応は毎度のことだし、合格出来ればこの先もそうだろうから、気にしても仕方がないのだが。
「どうせインチキだろ……」
「どんなズルをしていやがるのか」
普通なら気分を悪くするような囁きも、まるで気にならない。
インチキと云うのは、まあ、事実ではあるからな。
純粋な不正とは、また違う方向ではあるが。
おまけに、先生はエイベルだ。
圧倒的に恵まれている自覚はある。
味も素っ気もない魔力量測定をパスし、筆記試験を受ける。
この辺までは、特に云うことはない。
変化があったのは、実技試験の時だ。
おなじみのトルディさんの姿は無かった。
今回は駆り出されなかったのか、それとも、ただ単に会わなかっただけなのか。
代わりに、一度だけ見たことのある人物がいた。
「こんにちは。お久しぶりですね」
「どうも、です」
それは七級試験の時に見かけた、文学少女風の女性だった。
図書館にいそうな眼鏡っ娘。
あの少女だ。
「今回、貴方の実技試験の採点役を仰せつかったリュースと申します。どうぞよろしくお願いしますね?」
「あ、はい。アルト・クレーンプットです。本日は、よろしくお願い致します」
うーむ。
言葉遣いや仕草は、別に文学少女っぽくないな。
ガワだけかな?
いや、別に本人が文学少女と名乗ったことは、一度もないんだけれども。
「神童と名高い、アルトくんの実力をこの目で見ることの出来る機会に恵まれて、私は幸運です」
そう云って握手を求められる。
何だろう。
この人、ちゃんとした対応してくれているのに、なんだか怖いんだよなァ。
よく分からんのだけれど。
取り敢えず、怒らせない方が良いのかな?
いや、それは誰であろうと同じか。
ぎゅっぎゅと手を握り合う。
ほっそりしているように見えて、手にタコがあったのが印象的だった。
武器を使うのか、ロッドを握っていることが多いのか。
いずれにせよ、本来は実戦畑の人なのだろうか?
「……そいつが、俺の相手なのカ」
握手をしていると、奇妙な発音が聞こえた。
振り返ると、浅黒い肌をした、若い男が立っている。
青年どころか、『少年』でも通る容姿だった。
(外国人……? いや、移民と云う可能性もあるか)
肌の色も顔立ちも、そして服装も。
この国では、あまり見かけることのないものだ。
男は、にこりともせずに俺を見おろしている。
「そうですよ、カシュア。きちんと挨拶をして下さい」
「……ふん」
リュースさんに促されて、面倒臭そうに彼は頭を掻いた。
「カシュア、ダ。お前の実技の対戦相手に指名されタ」
「アルトです。よろしくお願いします」
「…………」
彼はさっさとリングに上がり、柔軟を始めてしまった。
どうにも、友好的な人物ではないようだ。
リュースさんが、代わって頭を下げる。
「すみません。ぶっきらぼうな人なんです。ただ、実力は確かなので、担当官としては優秀ですよ?」
「はぁ……」
10代か、行っていても20代になったばかりか。
それで五級試験の担当になるのだから、きっと本当に優秀なのだろうな。
個人的には、弱っちい相手の方が良いんだけれども。
リュースさんが手に持ったマニュアルを見ながら云う。
「五級試験からは、実戦を想定した戦いをして貰います。何発当てれば勝ちだとか、喰らえば負けと云うことはありません。一撃でも有効打だと判断出来れば、それで終わりになります。もちろん、たくさん命中させて勝利に結びつけても構いません。時間制限も当然ありまして、両者共に有効打が無かった場合は、私、リュースが判定を下します。ただ、これは事前に云っておきますが、時間切れで判定になった場合、あまり良い評価には繋がりにくくなるのは憶えておいて下さいね?」
「つまり、採点担当がしっかりしていないと、トラブルの元になる訳ですね」
「はい。頑張りますよ?」
マニュアルで塞がっているからか、片手でちいさく、ガッツポーズ。
ちょっと可愛い。
「おイ、さっさとしロ」
すると、舞台の上から催促がかかる。
せっかちな性格なのかな?
まあ、俺もさっさと終わらせて、フィーのご機嫌取りに入りたいから構わないけれども。
「あの人は、ほんとにもう……。ごめんなさいね、アルトくん。それから、頑張って下さい」
「声援よりも、評価にオマケが欲しいですね」
「それは無理です。あしからず」
軽口をたたいて、舞台に上がる。
カシュアとか云う男は、ジッと俺を見据えていた。
いくら実戦を想定しているとは云え、随分と剣呑な目つきだなァ……。
「では、始めて下さい」
『ガワだけ文学少女』が、開始を告げる。
さて、あの男、どんな魔術を使ってくるのかな?
「――って、うわッ!?」
一瞬だった。
開始の合図と共にカシュアは突風のように突っ込んできて、鋭い突きを放った。
俺は、すんでのところで躱していた。
(おいおいおいおい。これって、魔術の試験じゃないのかよ!?)
身体強化からの殴りとか、流石に考えていなかったぞ?
ちらりとリングサイドを見ると、リュースさんは微笑している。
つまり、こういう戦い方もOKと云う事ね。
まあ、世の中には『特化型』と云う魔術師が存在するから、身体強化オンリーの人もいるだろうしね。
(舞台に上がる前に、身体能力強化と視力強化を使っておいて良かった。じゃなきゃ、いきなりやられたぞ……!)
「今のを、躱すカ」
再び繰り出される突き。
そして、蹴り。
流れるような動作だ。
これは強化した身体能力だけに頼ってはいない。れっきとした、コンビネーション。
この世界にも、きちんと格闘技の技術があるのだな。
俺は蹴りと突きの嵐を躱しながら、カウンターのチャンスを待つ。
もちろん、格闘慣れしている相手に、手を出したりしない。
出すのは魔術だ。
こちとら格闘家じゃなくて、魔術師だからね。
(ここ――!)
水弾を発射する。
軌道変化のおまけつきだ。
「ヌ……ッ!?」
しかし俺のカウンターは、肩をかすめるだけに終わる。
あれを躱すか。
凄い反射神経だ。
ただ身体強化をしているだけでは、カウンタープラス軌道変化の不意打ちは防げない。
運動のセンスそのものが、ズバ抜けているのだろう。
ならば、続いて攻撃するまで。
(いくぞ、不意打ち第二弾……!)
一発目は躱されることを想定しての囮。
二発目の水弾で、足下に水たまりを作って行く。
底面には、薄い氷を張っておくので、よ~く滑るよ?
「ヌッ、あ……!?」
「うお……ッ!?」
互いに無様な声をあげてしまった。
カシュアは氷に足を取られ、体勢を崩した。
ここまでは良い。
しかしその瞬間。
倒れる勢いに任せて、あびせ蹴りにも似た足技を放ったのだ。
絶対に転ぶと慢心していたら、モロに喰らったことだろう。
だが、日々エイベルの猛攻を受けている俺は、目に見える範囲の変形攻撃なら、なんとか対処が出来るのだ。
……見えない範囲からも攻撃してくる魅惑の耳の持ち主には、とても敵わないけれどもね。
「ふン……ッ!」
カシュアは地面に手を付き、跳躍する。
一旦、俺と距離を取るようだ。
いいぞいいぞ。
その間に、もっと水たまりを増やすから。
「魔術で強化しているとは云え、俺の拳打に対応出来る運動神経……。高難度のはずの、水の派生魔術、氷属性を使いこなし、しかも無詠唱。魔力量も、問題なしカ……」
ジロリ、と俺を見る対戦者。
「どれかひとつを取ってみてモ、子供の範疇を遙かに超えル……。貴様、本当に、人の子、カ?」
うちの母さんは人間だと思います。
オーク呼ばわりすると、とても怒るのですよ。
「仕方なイ。攻撃用の、魔術を、使ウ……!」
両の掌に、歪みが現れる。
あれは、風かな……?
風の魔術の使い手なのか。
今なら、あちらさんに干渉して、魔力そのものを行使不能に出来るだろうな。
けれど、あれは俺の奥の手。
知られるわけにはいかない。
知られるくらいなら、敗退したほうがマシってもんだ。
(天球儀を作る時間もない。正面から、やりあうしかないなァ……)
あれだけの格闘能力があるのに、遠距離魔術も使うのか。
実戦想定と云っても、あの男、やけに強くありませんかね?
五級って、こんなに難しいのか?




