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妹のいる生活  作者: むい
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第百七十話 フィー、不可視の神と出会う!


 余分がある――ということは、素晴らしい。

 それは余裕や安心に繋がるからだ。


 もちろん、不要な余裕と云うものも世の中にはあって、たとえば俺が日々敬愛してやまない母上様の二の腕や脇腹をつまんで、


「はっはは! 余分、余分ンンンッ!」


 などと口走ろうものなら、俺はその瞬間に、新たな世界へ転生の旅に出ることになるだろう。


 しかし、そう云った命の危険やマイナスな余分を除けば、無駄を楽しめることは幸福であるに違いない。


 今回のそれは、白い布だ。


 ヴェーニンク男爵家の三女様が、本館から持ってきてくれたシーツである。


 金持ちというのは、体面や設備に拘る。

 そして庶民と違って、それが必要な場面もある。


 まあ、なんだ。

 平民目線では、「まだまだ使えるじゃないか」と思えるようなものも、すぐに捨てて新しいものに代えてしまうと云うことだ。


 このシーツも、そのひとつだ。


 端の方が汚れたとか何とかで、まだ全然綺麗なのに、処分されることになった。

 ミアが、それを確保してくれたのである。


 こういった『裏技』や『抜け道』を使わない限り、お古の類でも、本館が西の離れに物資を回してくれることは殆ど無い。


 たとえば、俺や母さんの使う、くたびれたベッドのマットレスなんかは、フィーが産まれる前から、ずっと使っていたりする。

 この辺は節約なんかじゃなく、嫌がらせなんだろうなと思う。


 さて、シーツだ。


 ミアが持ってきてくれた白い布は、枚数に多少の余裕があった。

 なので、普通に寝具として使う他、遊び道具にすることが出来たのだ。


 まずは、家族全員で、しっかりとお洗濯。

 洗い上がった布には、フィーの魔力を借りて、俺が浄化の魔術を念入りに掛ける。


 この辺は潔癖と云われようが、気分の問題だ。

 他所様の使っていたものだからね。しっかりと綺麗にせねば。


 しかし、その甲斐あって、輝くばかりに生まれ変わった白布が、西の離れに配備されたわけだ。


 金持ちの家が使うシーツは、軽く、薄く、手触りがよく、そして丈夫だ。

 遊びに使うのならば、この丈夫さが重要だったりする。


 こんな良い物をもたらしてくれたミアには、ちゃんとお礼をせねばならないだろうな。

 奴が図に乗らず、かつ俺の身が危険にならない、その範囲で。


 俺がシーツで最初に作ってみたのは、ハンモックだった。

 日本人なら誰もが一度は憧れる、南米先住民族が使っていた、有名な釣床。あの魅惑の空間である。


 吊り用の金具の用意と設置は、ガドがやってくれた。なので、そちらも万全。

『脚立に登るドワーフ』と云う、日本ではまずお目にかかれない光景を見ることが出来たのは、光栄と云うべきなのだろうか?


「ふぉぉぉおおおおおおおおおおおおぉおおおおおおおおおお! にーた、これいい! ふぃー、気に入った! ふぃー、ハンモック好き! にーた大好きッ!」


 当然のように、妹様は大感激。

 ブランコ大好きな子だからね、絶対に気に入ると思ったよ。


 そしてブランコ好きと云えば、もうひとり。


「やーん、楽しい! フィーちゃん、お母さん、お母さんにも、使わせて?」


 親子ふたりで布にくるまって、ぶらんぶらん揺れている。

 積極的に揺さぶるもんじゃァないんだがなァ……。


 ともあれ、遊具兼、お昼寝空間として、ハンモックはクレーンプット母娘のお気に入りとなった。


 次に作ったのが、シーツを使ったスクリーンだった。


 フィーは色々なものに興味を持つ感性豊かな子だ。

 なので、絵本を読む以外で、物語に触れて欲しかった。

 そこで俺の創作という形にして、スクリーンを使って影絵をやってみた。


 手や指で表現するだけはなく、木工の練習も兼ねて作った板ッペラの動物たち。

 それらの挙動は魔術で補うので、案外、何とかなる。


 話の内容は、地球の童話や絵本から、明るく楽しいものをチョイス。

 ツラい思いなんて、今後いくらでもするだろう。

 だから、今は笑っていて欲しい。


 なので、オレ流に演じやすく、わかりやすく、そして面白おかしく、多少の改変もする。

 短くするのも重要。

 見る方もやる方も、疲れてしまうからね。


 フィーは、スケールが大きく痛快なものや、笑えるものをよく好んだ。

 一方、我が家のお母様は、恋愛要素はないのか、だとか、次はラブロマンスが良いだとか、五歳児に無茶な要求を繰り返す。

 流石は恋愛脳。


 しかしこれには、以前よりも小説の入手機会が減ったことも影響しているのかもしれない。

 アウフスタ夫人に押さえつけられているのか、それとも別の理由があるのか、『我が父』ステファヌスは、母さんと合う頻度が減っているように思われる。


 恋愛小説のみならず、生活環境ひとつ取ってみても、愛した女のことなのだから、もっと気を遣ってやれと思うのだが。


 そして、シーツの使い途の本番。

 それは、仮装だった。


「あっははははは……! なぁに、アルちゃん、その格好は……!」


 母さんは俺の仮装姿を見て笑い転げたが、そうでない者がひとり……。


「ふお、おぉお……!? ふおぉおぉおぉお……!?」


 その人物は、俺の姿を見るなり、わなわなと震えだした。

 そして、身体の奥より絞り出したかのような声で、無意識に呟いた。


「か……ッ、格好良い……ッ! にーたッ! 今までで一番、格好良い……ッ!」

「…………」


 まさか仮装姿で『今までで一番』と云い切られるとは思わなかったわ。

 俺の人生、何だったんだろね……?


 まあ、フィーは他所の子と比べて、ほんのちょっとだけ変わっているから、絶対に食いつくと思ってはいたんだが……。


「我が名は……メジェド……」


「めじぇどさま……! 今のにーた、メジェド様云う……!?」


 凄ェ……! 

 フィーの奴、自発的に『様付け』を……!


 そう。俺の仮装は、シュールでありながら、どこか人を惹き付ける、『打ち倒す者』の意味を持つ古代エジプトの神。

 メジェド様そのものなのだ。


 と云っても、目と眉毛を描いたシーツを頭から被っているだけなんだが。


「にーた! ふぃーも! ふぃーも、メジェド様になりたい……! 格好良いかっこ、したい……ッ!」


 取りすがられてしまった。

 しかし、そう云うと思ったよ。


 俺は事前に用意しておいた、ちいさなシーツを取り出す。

 妹様サイズの、神の似姿を。


「きゅきゅきゅきゅきゅきゅーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんッ!」


 叫び声を上げたフィーは、そのシーツを天に掲げ、上下左右に飛び跳ねる。

 無意識に生のままの魔力を放っているのか、中身のないメジェド様の揺れ方がズゴい。


「なる……! ふぃー、メジェド様になる……!」


 そして、頭から布を被る。

 プチメジェド様の完成である。


「あっははは! もう、なぁに、フィーちゃんまで……!」

「おかーさん、不敬! 今のふぃー、どう見ても神々しい!」


 不敬とか神々しいとか、そんな言葉、どこで仕入れてきているんだ、妹よ。


「にーた、大変! シーツ被ると、ふぃー、自分の姿が見えない……!」


 そりゃそうだろう。

 しかし、自分の周囲をちいさなメジェド様がぴょんぴょこと飛び跳ねている姿は、思った以上にインパクトがあるな……。


「はい、これ、母さんの分……」

「ええっ、いくらお母さんでも、これを着るのは、流石にちょっと……」


 そう云いながら、もそもそとシーツを被っていくマイマザー。

 言葉と行動が一致していないではないか。


 そうして完成する、クレーンプット一家のメジェド様包み。

 三柱のメジェド様が徘徊するこの部屋は、何も知らぬ者が見たら、さぞシュールな光景だろう。


「アッルトきゅ~~~~ん! ミアお姉ちゃんが、遊びに来まし――ぎゃああああああああああああ!」


 家族の部屋に入ってきたどこかの貴族のメイドさんが、叫び声を上げた。


 うん。

 まあ、気持ちは分かるぞ。


 ともあれ、こうしてフィーのお気に入りに、シーツグッズが加わったのだった。


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