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妹のいる生活  作者: むい
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第十六話 五歳になりました


 神聖歴1204年の六月。


 俺は五歳になった。

 前世基準だと、まだ幼稚園児。戦隊もののヒーローごっこで遊んでいた時代だな。

 それを考えると、魔術の訓練と鍛冶の勉強を既にやっている今の俺は異常かもしれない。

 しかし、大切な家族の身に何があるか分からない状態だ。自己防衛と生活のためには、今後も修練を続けねばならないだろう。


 こちらに目立った動きがないからか、それともまだまだ全然俺たちが幼いからか、ベイレフェルト家は我が家を放置している。

 邪魔になるなら排除することも厭わないが、そうでない限りは嫌いなので無視したい、と云うのが向こうのスタンスなのではないかと予測している。何にせよ、このままお互い、係わらないでいられれば良いのだが。


「にーさ、ま……。にーた……。にーさ……」


 ベイレフェルト家よりも、節目となる自分の年齢よりも、最近気になっているのはマイシスターの動向だ。

 俺のことを常に「にーた」と呼んでいたフィーが、呼び方を変えるつもりになった。


「兄様」


 それが、フィーの目指す俺の呼称だ。

 平民とは云え、一応貴族の血を引いているから、このような呼び方はどうか、と母さんに云われて、気に入ったんだとか。

 俺的には「お兄ちゃん」でも「兄さん」でも何でも良い。フィーが呼んでくれるなら、どの呼称でも嬉しいし、可愛いはずだから。


「にーさ、ま! すきッ! にーただいすきッ!」


 頑張ってそう呼ぼうとしているらしいが、云い慣れた「にーた」が顔を出す。


「またしっぱい……」


 しゅんと落ち込んでいる。

 俺はフィーの銀髪に掌を乗せながら云う。


「別にまだ『にーた』で構わないぞ。そう呼ばれるの、俺は好きだし」

「ほんと……?」

「本当。ゆっくりで良いさ。俺の方にもその呼び方に愛着がある」

「…………!」


 嬉しそうな顔だ。これは飛びかかってくるかな?


「にーたああああああああああああ!」

「よしよし。俺はお前のにーただ」

「えへへ……。にーたすき! だいすきッ!」


 うん。やっぱり「にーた」がしっくり来るな。

 なでなでしながら、心からそう思った。


※※※


 五歳。

 それはひとつの節目だ。

 平民の俺には関係ないが、上級貴族だと式典にも参加するらしい。

 それに倣って、と云う訳でもないが、一般家庭でも四歳や六歳の誕生日よりも、少し豪華なお祝いをする。

 普段全然顔を見かけない父親からは、歴史書が贈られてきた。

 写本が当たり前の世界なので、本は結構高い。ただ、母さんがしょっちゅう恋愛小説を読んでいるのでもわかるように、『庶民でも手が届く範囲の高値』だ。これは写本作業をする人間が一定数いる事に起因するらしい。

 歴史の本は欲しかったのでありがたくちょうだいするが、正直、思い入れのない人間に高いものを贈られても素直に喜べない。

 俺はこの世界での父親の為人を知らない。母さんと両思いなのは知っているが、それ以外の思想だとか立ち位置だとかはまるでわからない。

 たとえば認知していない息子と娘をどう思っているのか?

 俺自身はどう思われていようと構わないが、フィーにツラい思いをさせるようなら、敵とみなすつもりだ。たとえそれが、母さんの想い人であったとしても。


※※※


 母さんは、ご馳走を作ってくれた。

 普段は屋敷の使用人が作るので、新鮮だった。

 母さんはもともと料理が好きだったのだと云う。だから久しぶりに厨房に立てて嬉しそうだった。


「お母さんからのプレゼントは、もう少し待ってね? アルちゃんに、友達を作ってあげるから」


 手料理がプレゼントだと思っていたので、その言葉には少し驚いた。

 母さんは俺が外に出ることが出来なくて友達がいないことを気にしているらしい。それで、何事かを企図しているようだ。


 ぶっちゃけ魂が成人の俺に、同年代の子供の友達を紹介されても話が合わないと思う。子守のような形になると、こっちが疲れてしまうだけだろうから。

 だから子供の友達はそこまで欲しいものではないのだが、それを口には出来ない。大人の飲み友達なら、もちろん欲しいのだが。

 個人的には一日中フィーとたわむれている方が楽しいし、エイベルやガドに色々教わる時間が貴重で、他のことにかまけている暇がない。


 だから無理しないでと伝えたら、我が子が気を遣っていると勘違いしたようだ。

 泣かれながら抱きしめられてしまった。


「アルちゃん、お母さんが絶対に良い子を紹介してあげるからね?」

「めー! にーたはふぃーの!」


 そしてそれを見た妹様が怒ってしまわれたのだ。


※※※


「……アル。私からのプレゼント」


 エイベルに貰ったのは、綺麗な護符だった。ペラッペラの紙なんかじゃなくて、神社のお守りのような布製で、一見して単なる飾りとしても価値があると分かる。複雑な文様がとても美しい。


「……私の手作り。心を込めて作った」


 渡される時、ギュッと手を握られてしまった。

 どうにも商業地区での一件以来、エイベルにだいぶ気に入られた気がする。いや、前から結構親しかったから上手く説明が出来ないが、より距離が近づいたような感じ。


 お手製の護符は手に持つだけで大きな力を感じる。胎児だった時のフィーに触れた時の感覚に近い。強力な魔力が編み込まれているんだと思う。


(多分これ、相当凄いものだよな? ショルシーナあたりに見せたら、目を回しそうだ)


 で、その効果・効能については、


「……ないしょ」


 と云われてしまった。


※※※


 ガドからは懐剣を貰った。シンプルだが、しっかりした剣だ。


「あまり目立つ作りにしてしまうと、盗難のもとになるかもしれないからな。あえて無骨でどこにでもありそうなデザインにしたぜ」


 渡された剣は切れ味よりも刺突に向いているらしく、


「見た目に騙されて、なまくらだと思って油断してるアホがいたら、その隙を突いて鎧ごと刺してやれ」


 なんて物騒なことを云われた。

 ていうか、鎧を貫通出来る威力なの? 対象はもちろん、革鎧だよね? まさか金属鎧じゃないよな?

 まあ、何にせよ、護身用の武器を持っていないから、これは助かる。

 備えあれば憂いなしだからね。使うことがないのが一番だけれども。


※※※


 そして本命。

 なんと愛する妹からもプレゼントが貰えた。

 これは嬉しいサプライズ。

 魅惑のダンスを披露してくれたのだ。

 舞踏会で踊るような二人ひと組のそれではなく、フィー個人が踊るものだ。

 驚くべき事に、振り付けも妹様自身の考案。


「にーたをのーさつするの! にーただいすきッ!」


 俺は唯一の観客と云う立場に設定されているらしく、飲み物の入ったコップまで渡して貰えた。……中身はただの水だったが。

 そして魅惑のダンスが始まる。


 目の前で腕をふりふり。

 腰もふりふり。

 おしりもふりふり。


 うん。振るばかりだね。クルッと回転するとか、ぴょんと飛び跳ねるとかは一切なかったよ。

 あと悩殺と云っているが、プリティなばかりで色気の類は微塵もない。

 不満? あるわけがない。可愛いからお兄ちゃん大満足よ。

 俺は感極まって愛妹を抱きしめてしまった。


「にーた、うれしい? よろこんでくれた?」

「ああ! 最高だ、最高だよ、フィー!」

「えへへ~。ならにーた、ごほーびちょうだい!」


 プレゼントなのに褒美を授けなければならないとは、これいかに?

 いや、不満なんて全くないよ。だって、マイエンジェルの要求だからね。


「わかった! 何でも云ってくれ! どんなことにも応じるぞ?」

「やったああああ! にーただいすき!」


 全力で頬ずりしてくる妹様。天使のほっぺが柔らかい。


「それで、何が欲しい?」

「う、うん……。あの、ね……?」


 天真爛漫な笑顔は一瞬で吹き飛び、赤く染まった頬と潤んだ瞳の表情に切り替わる。


(むむーっ、これはもしや……!)


 俺はそこで察しが付いた。


「……きす、してほしいの……」


 予想通りキスのおねだりだった。

 感謝デーの一件以来、キスが大好きになった妹は、こうして度々要求してくるようになった。

 ただし、キスは本当に大事な人としかしちゃいけないもので、それも特別な時しか許されないと教え込んでいる。重要だからね、そこは。


(まあ、今日は俺の誕生日だし、別に良いか)


 不安そうな、それでいて期待しているような微妙な表情でこちらを伺う妹に、大きく頷いてみせた。


「じゃあ、するぞ」

「……! う、うんっ! えへへ……!」


 ふるふると感動に打ち震えた後、目を瞑る妹様。

 当たり前だが、まだ唇へのキスは教えていない。大変なことになりそうだからな。


 ちゅっ。


 やわらかほっぺに口づける。


「きゅうううううう~~~~~~ん…………っ!」


 身もだえしている姿も可愛い。

 赤い顔でくねくねふるふるしている。

 気に入って貰えたようで、何よりだ。


「にーた! ふぃーも! ふぃーもしたい! い~い?」

「おおっ! 頼むぞっ」


 願ってもないことだ。

 俺もフィーにキスして貰うの、好きだからな。

 さあ、来い。兄の準備は万端だ!

 いつも通り「にーた、すきッ!」と来る……と思っていたら。


「にぃさま、すき、です……。ちゅっ」


 完全に不意打ちだった。

 俺の方が身もだえしてしまった。

 フィー……。恐るべし。


 こうして五歳の誕生日が終わる。大満足な内容だった。

 来月には八級試験。

 また、あの『月の幼女様』に出会えるだろうか?


 そう考えていた俺に、ひとつのイベントが待ち構えていた。


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