第百六十五話 ぽわぽわ ぽわ~~ん(後編)
「ねえ、アル。ミルちゃん、お腹空いているのかな……?」
イケメンちゃんが俺の袖を引く。
もう片方の袖はぽわ子ちゃんが引いており、更に腕の中にはフィーリア様が鎮座ましますので、変に密集した形になってしまっている。
なんだこりゃ。
どういう状況なんだ。
「何か食べさせてあげたいけれども、勝手に食べさせて、後でごはん食べられなくなっちゃっても困るよね?」
「そうさなァ……」
アレルギーとかも、あるかもしれないしな。
となると、矢張り親御さんを見つけてあげるべきだろう。
そもそも何でこの娘は、こんな所にいたんだ?
まず、それを訊かないと話にならない。
「えっと、ぽわ――こほん。ミルちゃんだっけ? キミはどうして、ここにいるんだ?」
「……名前」
「ん?」
「私、貴方の名前、訊いてない……気がする、の?」
ぽわ子ちゃんが上目遣いに質してくる。
と云うか、そろそろ袖を離してくれい。妹様の機嫌が悪くなってしまう。
「名前……。貴方の、名前」
「ああ、うん。俺はアルト。アルでいい」
本当は偽名にしておきたかったが、ここにはノエルもいるから仕方ない。
「アル?」
「うん」
ぽわ子ちゃんは、俺を指さす。
次いで、イケメンちゃんに指が動く。
「ノエル?」
「よろしくね?」
「ミル?」
そして、自分を指さす。
何でいちいち疑問系なのか。
「アル、ミル、ノエル。るーるるるー……?」
分からん。
何が云いたいのか、サッパリ分からん。
そして、フィーを指さす、ぽわ子ちゃん。
「貴方の名前は、なんて云うの?」
「人、指さす、めー! 名前訊く、先に名乗る当然! ふぃー、にーた好きなの! 今、だっこされるので、忙しい! 構ってる暇ない!」
遠慮会釈もなしに俺の袖を掴んだからか、マイシスターの機嫌は、すこぶる悪い。
礼儀うんぬんを指摘してるが、怒っているのは絶対、別の理由だろう。
「アル、ミル、ノエル……。なら、フィール?」
「ふぃーる違う! ふぃーは、ふぃー! にーたの妹!」
「……ファール?」
「にゃにゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
フィーがキレてしまった。
なんて噛み合わないふたりなんだ。
「おう、よしよし……」
「ふぇぇ……! にーたあああああああああああああ!」
妹様の頭を撫でて、機嫌回復に努める俺。
そしてイケメンちゃんは、やっと当初の質問に戻るみたいだ。
「えっと、ミルちゃん」
「ミルで良い。……るるーるー」
「じゃあ、ミル。キミのお母さんは、どこにいるの?」
「むん? 私の、お母さん? なら、あっち?」
彼方を指さす、ぽわ子ちゃん。
それじゃあ全く分からんよぉ。
「何で別行動をしているんだ? はぐれたのか?」
「お母さん、虫さんの場所を占ってくれた。それで、グロッキー?」
だから、『虫さん』って何なんだよ?
しかし、グロッキーってことは、まさか星読みの力を使って『虫さん』とやらの居場所を探ったのか?
星読みの力って、燃費がかなり悪いはずだ。
で、この娘の母親は国のお抱えだろう?
つまり、貴重な未来視の機会を勝手に浪費することは許されないはずだ。
国から許可が下りたのか?
いや、そんなはずはない。
確かに、ぽわ子ちゃんは奇跡の担い手として、村娘ママンを回復させた可能性のある人物。
その褒美として、個人で星を読むことは許可されるかもしれないが、『虫さん』などという曖昧模糊なものを探すのには、流石に許可が下りないはずだ。
(と、なると、勝手に力を使ったのか……)
何か差し迫った事情があれば、個人での使用も許されようが、『虫さん』の捜索は、どう考えても不要不急の些事であるはずだ。
それなのに、手前勝手に未来視をしたとするならば、ぽわ子ママは、『ただのアホ』と云うことになるが……。
「ミル。さっきから云っている、その『虫さん』って、なんなのさ?」
「むん? 虫さんはね、黒くて、カサカサ動くの……?」
「く、黒くて、カサカサ……?」
おいおい、腰が引けてるぜ、イケメンちゃん。
たぶん、『G』じゃないから、安心しろよ。
「虫さん、凄い。きっと、あれは、虫さんがやった」
「あれって、どれさ?」
「むん……? あれは、こないだのやつ……?」
「ダメだ。ボクには、サッパリ分からないよ……」
イケメンちゃんが首を振る。
ぽわ子ちゃんとの会話は難しいようだ。
そして彼女のぽわんぽわんした瞳は、再び俺を映し出す。
「アル、虫さん?」
「だから俺は、虫じゃァないって」
凄く嫌な予感がするんだが、彼女が探しているのって、やっぱり俺とエイベルなんじゃなかろうか?
何故に虫呼ばわりなのかは分からない。
だが、『虫』と云う部分から離れて見れば、あの夜の『異分子』を探していると解釈出来なくもない。
しかし、あの夜は上手く隠れていたはずなんだが……。
「ちょっと訊きたいんだけどさ。ミルは、その『虫さん』を、どうやって見たんだ?」
「アル、キミまでおかしな事を云っているよ? どうやって見たって、支離滅裂な質問だ」
すまんな、イケメンちゃん。説明は出来ません。
「私、たまに、お星様」
ゆるい動作で天空を指さすぽわ子ちゃん。
イケメンちゃんは、もう完全に会話に入ってこられないようだ。
だが、俺はこう考えてみる。
確かに彼女の言葉だけ聞くと意味不明だが、現象として理解しようとすれば、話は別なのかもしれないと。
星……?
空……?
まさか――!?
(上空から、地上を俯瞰して視る能力があるとでも云うのか!?)
俺は、ぽややんとした少女に問いかける。
「もしかして、上から……?」
「たまーに、勝手に見える……? お星様が出てないと、見えない……?」
矢張りそうか!
しかし、そんな力があるのものなのか。
星の魔術か、或いは、その恩恵なのだろうか?
あとでエイベルに確認せねばならない。
だが、そんな視点を有するならば、観星亭の死角に隠れていた俺たちが見えたとしても、不思議はない。
(ぽわ子ちゃん、実は凄い子なのかもしれん……)
星の魔術は使い手が少ないので、俺の知識も多くはない。
もしもこの娘が、星読みの力だけでなく、星辰の魔術の素養まであるとしたら……?
「アル、やっぱり、虫さん?」
「い、いいや? お、俺は、虫じゃない、ぞ?」
落ち着け。動揺してはダメだ。
このまま、誤魔化し通すのだ!
「アル、どういうことなの? ボクにもちゃんと、教えて欲しいな」
イケメンちゃんが俺の服をつまんでくる。
ちょいちょいと引っ張って、仲間に入れてと言外にアピール。
「ミルは何故か俺を『虫さん』と呼んでいる。だが、俺は、『虫さん』じゃァない。そして、この娘は腹を空かせている。まとめると、以上だ」
「うぅ~~……本当ぅ? なんだか、上手く誤魔化されているような気がするなぁ……」
子犬のように唸るイケメンちゃん。
はい。誤魔化しているんですよ、俺は。
でも、誤魔化さなければいけないのだよ。申し訳ないねぇ。
「それよりも、だ。ミルのママを探してあげないと」
「む。確かに、この娘を、そのままにするのは危険だね」
正義感の強いイケメンちゃんは、よく分からない疑念よりも現実での救済を優先してくれたようだ。よしよし。
「ミル。キミはお母さんと合流する術はあるのかな? ないなら、迷子センターまで連れて行くけれども」
「むん……? 連絡手段……?」
ぽわ子ちゃんは、ポケットをごそごそとあさる。
そして出て来たのは、ちいさな魔道具。
あれは、商会で見たことのあるやつだ。
防犯ブザーと信号弾が一緒くたになった、お金持ちの家の女性や子供が持つ、かなり高い防犯グッズ。
「お母さん、いざとなったら、これを使うように云ってた……?」
「え、ちょっ……!」
イケメンちゃんが使用を制止しようとするが、ぽわ子ちゃんはスイッチオン。
空に向かって放たれる、目映い光。
そして、ビービーと鳴り響く大音量。
起動させた張本人は、ぽかんとしたまま、遙か上空を見上げていた。




