第百六十四話 ぽわぽわ ぽわ~~ん(中編)
目の前にいる、ぽわぽわした雰囲気の女の子。
星の魔術系統を受け継ぐ、予告された、『八代後』。
アホカイネンさん家のミルティアちゃんが、そこにいる。
ぽわ子ちゃんを前に、俺は大きく深呼吸。
さっきは取り乱して、「げぇっ!」とか云ってしまったが、冷静に考えれば、彼女は俺を知らないのだ。落ち着いて初対面のフリをすれば、それで良し、だ。
(幸い、俺の横には、超絶格好良いイケメンちゃんがいる……。強くイメージに残るとしたら、こやつだろう。俺はあまり目立たないようにしておかないとな……)
何せ、『時の人』にしてしまった負い目がある。
今後は、出来る範囲でフォローしてあげなくては。
だが、何度も何度も、ぽわ子ちゃんの目の前に現れれば、『こいつ、なんなの?』と云う話になってしまう。
印象に残るの愚は避けねばならない。
(ならないのに――!)
なんでか、ぽわ子ちゃん、俺の方を、じーー……っと見つめている。
「…………じぃ」
「…………うぅ」
「…………じぃぃ」
「…………うぅぅ」
思わず、見つめ合ってしまった。
イケメンちゃんがそんな様子を見て、訝しそうに首を傾げている。
「……アル、この子とは、知り合いかい?」
「い、いや。初対面……だよ……?」
大丈夫。
俺は出来る子。
ポーカーフェイスだって、お手の物だ。
「……アル、顔が引きつっているけど……?」
「いや、それはノエルの気のせいだ。システムはオールグリーン……。何ともない……」
むむむ……。
何でぽわ子ちゃんは、俺から目を逸らさないんだよぅ……?
「んん~~……?」
指先を顎に当てたまま、首を左に傾げたり、右へ倒したり。
ぽわわんとした瞳が、俺を捉えて離さない……!
(まさか、バレているのか……? いや、それはない。あの夜の振る舞いは、完璧だった……!)
ぽわ子ちゃんは、ぽてぽてと歩いて俺の真ん前へとやってくる。
そして手を伸ばし、突如として俺の頭をなで始めた。
「……凄く、ぐったりしてる……。可哀想……」
「な、何の……話、だ……?」
訳がわからん。俺は元気いっぱいだぞ?
と云うか、ゴミをあさった手で髪を触るのは、やめるんだ。
「この娘が云っているの、アルの気配のことじゃないのかな……? 何と云うか、アルの雰囲気って、くたくたになった労働者のような感じがするんだよ……」
「な、何だよ、それぇ?」
憤懣やるかたないとは、まさにこの事!
しかし、ものは考えようだ。
ぽわ子ちゃんが俺の醸し出す雰囲気に釣られただけならば、この間の夜のことは、その一切が気付かれていないと云うことになるからだ。
どうやら、俺の杞憂だったようだな。
(やれやれ、それなら一安心だ……)
すると、ぽわぽわな女の子。
俺を撫でることを止め、くいくいと袖を引いた。
「……貴方は~……。虫さん……?」
いや。
虫って何のことだよ。
「俺のような虫がいるか!」
「んー……? ん? でもぉ……。こないだ見た虫さんと、同じ……?」
虫呼ばわりされたのなんて、前世も含めて初めてだよ!
もちろん、ちっとも嬉しくないが。
「アル……。ボクにはサッパリ、話が見えてこないんだけど……?」
「安心しろ。俺にも分からん」
ゴミをあさっていたことも意味不明なら、人様を捕まえて虫呼ばわりと云うのも不可解だ。
どうやら俺の能力では、この娘を計ることは不可能なようだ……。
「えっと……」
イケメンちゃんは先入観をパージして、一から情報を構築する道を選んだようだ。
色々なものを振り払うかのように頭を振ると、その美貌を、ぽわぽわぽわ~~んな女の子に振り向ける。
「初めまして、で良いのかな? ボクはノエル。このお祭りを見ている最中に、たまたまキミを見かけて、何かに困っているのではないかと、声を掛けた。キミの名前は何と云うのかな? お母さんか、お父さんは今、どこに?」
「んん~~……?」
しかし、ぽわ子ちゃんはイケメンちゃんの言葉を分かっているのか分かっていないのか、ぽわわんとした表情のまま、小首を傾げた。
「虫さん……。黒い虫さん、二匹いたの……。でも、こっちは、違う……?」
何を云っているのか、サッパリ分からん。
思わず、イケメンちゃんと顔を見合わせてしまった。
「えっと、もう一回、尋ねるね? キミの名前を、教えて貰えるかな?」
「むん? 私、ミル……?」
何でそこで疑問系なのよ?
アホカイネンさん家のミルティアちゃんは、やっぱり俺の方ばかりを見ている。
一方、やっと名前を知ることが出来たイケメンちゃんは、
「ミルちゃんだね」
と、爽やかに頷いている。
どうやら目の前の少女が噂の星読みの子・ミルティア嬢その人だとは気付いていないご様子。
まあ、こんな所で『時の人』が、ひとりだけでゴミあさりだか、虫探しだかをしているとは思うまい。
「それで、キミはここで何をしているの? お母さんとは、はぐれちゃったのかな?」
「うん~……。お空にね……?」
「そ、空……?」
「うん。お空に、月が浮かぶの。そしたら、虫さんが頑張ってたのかなって。だから私、虫さんとお話がしたいの……?」
「…………」
ぽわ子嬢の受け答えに、イケメンちゃんが、よろめいた。
何もかもが意味不明で困惑しているのだろう。
ノエルは俺に、縋るような視線を向ける。
「……空に月が浮かんでいるのは当然だと思うんだけど……。それが何で虫が頑張ることになるんだ? 脈絡がない。話をしたいというのも、ボクの理解を超える……」
「いや、俺に云われても」
ぽわ子ちゃんは続ける。
「黒くてね、もぞもぞしてるものは、虫だって、お母さんが云っていたの。だから、虫さんが二匹だった。凄く不思議?」
「う、うん……。それは不思議だね。不思議すぎて、ボクには、何が何だか」
バッドステータス・混乱に陥ったノエルと、説明はしたと云わんばかりの、ぽわ子ちゃん。
彼女は再び俺の前へ来て、袖を掴んだ。
「虫さんは、虫さん……?」
「いや、俺は虫なんかじゃ――」
云い掛けて、俺は固まった。
ある種の予測が閃いたからだ。
この娘の言葉は一見、支離滅裂で無軌道だが、もしかして、ちゃんと意味があるのではないかと。
(もちろん俺の考えすぎの可能性もあるが、慎重であるにこしたことはないはずだ)
考える、よすがはある。
重要なのは、この娘が俺に、やたらと注目していること。
そして、『月』と云う言葉を口にしたことだ。
これは最悪、あの日に『目撃』されたことも可能性として考慮せねばならないだろう。
寧ろ、そのつもりで対応すべきだ。
見つかってなんかいないはずだ、と、根拠無き希望に縋るべきではないのかもしれない。
となれば、俺のやることは決まっている。
すっとぼけ続ける。
これだけだ。
ぽわ子ちゃんの瞳はえらくおっとりしているが、それでも俺の目の奥を、しっかりと覗き込んでいる。
矢張りあの夜、俺たちは目撃されていたんだろうか……?
「…………」
思わず俺も、彼女の目を見つめ返してしまう。
気付いていたのか、いないのか?
くぅ……ッ。
この娘のぼんやりした表情からは、何も読み取れん……!
「……んぅ……」
しかしそのうち、ぽわんぽわんした表情のままで、ぽわ子ちゃんの頬が赤くなる。
「あんまり見つめちゃ、ダメ、なの……」
照れてしまったらしい。
何でだ。
イケメンちゃんの美麗スマイルは効かなかったはずなのに。
そして、俺の視線に反応する、もうひとり。
「めーっ!」
腕の中から怒りに燃える声がする。
「にーた、ふぃー、以外を見る、めーなの! そこの子、にーたは、ふぃーのなの! 取る、めーなの!」
ぽわ子ちゃんに釘付けだった俺は、妹様を撫でる手が止まっていたことに気付かなかった。
俺とふたりだけの世界――の、つもりだったフィーは現実世界に帰還し、この兄と見つめ合っていた少女を、世界の破壊者と認識したようである。
「むん……?」
しかし、ぽわ子ちゃん。マイエンジェルの怒りを認識していないのか、不思議そうにフィーを見る。
そして、何故だか俺の袖を引く。
「……お腹空いた、の……?」
いや、そんなことを訊かれても。
ぽわ子ちゃんのお腹からは、くうぅ……と、可愛らしい音が響いた。
腹減ってるの、そっちじゃないの?




