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妹のいる生活  作者: むい
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第百六十三話 ぽわぽわ ぽわ~~ん(前編)


「なんだか、済まなかったね……」


 しょうもない嵐が過ぎ去った後、俺たちは斬られ屋に頭を下げられてしまった。


 堂々たる態度で助けに入ったイケメンちゃんは兎も角、ただひたすらに傍観者に徹していただけの俺にまで腰を折る必要はないと思うのだが。

 そこは、ついでと云うやつだろうか?


 斬られ屋は、今日はもう、店じまいにするらしい。

 そりゃあ、あんな事があった後だ。居心地も悪かろう。


「実害は無かったようで、良かったです」


 イケメンちゃんはそんな風に云う。

 まあ確かに、早じまいする事にはなったが、台を壊されるとか宝石を取られるとか、チンピラ軍団に絡まれ続けることは無かったとは云えるが――。


(また来ないとも限らないよなァ……)


 あの男が執念深くなく、一日やそこらで自分がやらかしたことを、とっとと忘れてしまう、いい加減な人柄であることを願うばかりである。


「ごめんね、アル。キミも巻き込んでしまって」

「いや、ノエルが気にすることは何もないよ」


 だって俺、何もしてないもん。

 ヴィリーくんにも、たぶん、顔を憶えられていないだろうし。


「でも、アルはボクを助けてくれただろう?」

「……何のことだ?」


 よもや黒縄が見られていたわけでもあるまいな?


 俺が渾身のポーカーフェイスで首を傾げると、イケメンちゃんは柔らかく眼を細めた。


「ううん。ボクの勘違いなら、それで良いんだ。……だけど、ありがとう!」


 その時のノエルの笑顔はとても可愛らしくて。


 俺は改めて格好良さと可愛さを併せ持つこの友人を、最強なのだと思った。


 一段落ついたのだろう。帰り支度を整えた店主が、俺たちに手を振った。


「さて、じゃあ俺は行くよ。一応、明日も斬られ屋はやっているから、気が向いたら、挑戦してくれよ」


 しっかりとした足取りで人混みの向こうへと消えて行く斬られ屋。


 彼は結局、何者だったのだろうか?

 単なる大道芸人が、あそこまで動けるというのは不可解だった。

 ちょっと確かめてみたいこともあったのだが。


(不可解と云えば、あのチンピラ貴族も、ちょいと不可解だったな……)


 これは完全な偏見だが、あの手の権力を笠に着た奴ってのは、身分や口先だけで、本人の実力は、へなちょこなイメージがある。


 しかし実際は違った。


 斬られ屋には簡単にあしらわれていたが、ヴィリーの身のこなしは、ちょっとしたものだったし、ノエルも彼を「知られた冒険者」と云っていた。

 最初に催しへの挑戦者として出て来た時に、ギャラリーにも「魔術剣士」だと騒がれていた。


 つまり、客観的に見て、水準以上の実力はあるのだろう。


 これは、なんなんだろうね? 

 クズだけど、努力は出来る人とかなのかな?


 まあ、斬られ屋にしろチンピラくんにしろ、俺と係わることはもう無いだろうから、積極的に情報を仕入れようとも思わないが。


「アルは明日もお祭りに来るの? 今度はボクが斬られ屋に挑戦してみようと思うんだけど」


 やや上目遣いで、そんなことを訊いてくるイケメンちゃん。


 そう云えば、最初にここに俺を誘ったのは、この子だもんな。

 目隠しですいすいと躱すと評判になったあの男に挑んでみたかったのだろうな。


「悪い。たぶん、明日以降はもう、来られない」


 けれども、俺がこの友人の勇姿を見ることは不可能だ。

 そう、おいそれとは外出できない。


「そう、か……」


 ノエルは一瞬だけ目を伏せて、それから微笑んだ。


「アルにはアルの予定があるんだもんね。それは仕方のないことだね」

「何か、悪いな」

「ううん、アルは少しも悪くないよ! 機会があったら、またこうして、お祭りを一緒に回りたいね」


 いちいち爽やかな奴。


 見た目がイケメン。心もイケメン。


 将来は、モテモテ確定だろうな。


「おかしなトラブルはあったけれども、こうしてこの場でアルに会えたんだ。神様には、感謝しなくちゃね」

「神様?」


「うん。王妃様の病を癒した、月の女神様だよ。アルは見てないの? あの夜の奇跡を」

「あー……」


 見た、と云うか、やらかしたと云うか……。


(そういや、このお祭りの発端は、アレだからな……)


 無論、真相はひみつ。

 悪い方面で混乱が起こっているわけでもないから、勘弁して貰うより他にない。


「月の奇跡を起こしたのが第四王女殿下なのか、それとも救世主であると指名された星読みの女の子なのか、中々に興味深い話だよね」


 うん。

 たぶん、どっちでもないと思うぞ。


 他でもない。

 この俺が云うんだから、間違いなく。


「ただ――」


 と、イケメンちゃんは話題のネタにしていたことから一点、憂いを秘めた表情を浮かべる。


 この子の性別がどちらなのかは未だに不明だが、仮に男だった場合、ミアあたりが鼻血を吹き出して卒倒するレベルの美しさである。


「どちらが奇跡の担い手であるにせよ、連日の質問攻めに遭っているだろうから、苦労しているだろうね。ボクやアルと同じくらいの年齢なのにそんな状況じゃあ、息もつまると思うんだ」


 流石は中身もイケメンなイケメンちゃん。

 そういう部分、ちゃんと気にしてあげられるんだな。


 まあ、この子もこの子で父親の護民官に連れ回されている訳だから、その辺も影響しているのかもしれない。

 我が身に降りかかることと、ある程度は似か寄るだろうから。


「そう――だな。単純にやかましい者。奇跡のおこぼれに与ろうとする者。状況を知るために話しかけて来る者。色んな連中にたかられているんだろうな」


 その辺、とても申し訳なく思う。


 村娘ちゃんは、やっとお母さんと一緒に過ごせるのに、その時間を邪魔されたくはないだろう。


 ぽわ子ちゃんのほうは――どうなんだろう?


 なんだか、とても柔らかい雰囲気の子だった。

 ひとりだけ時間の流れが違うかのような。


 ああいう子に、せかせかした環境は合わないだろうな。


 どちらの周囲が騒がしいのも俺の責任なので、忸怩たるものはあるが、今更真相を明かすわけにもいかないし、そのつもりもない。

 騒ぎが一過性であることを祈るばかりだ。


「せっかくのお祭りなのに、あの子たちは参加できないんだろうな」


「そうだね。第四王女殿下は、最初からこんな場所には来られないだろうけれども、星読みの娘さんは違うね。本来なら、この場所で、ごく普通に楽しんでいたのかもしれないね」


 そうだよなァ……。

 お祭りというのは、子供にとっての一大イベント。

 それに参加できないのは、不憫だよなァ……。


 なお、お祭りを楽しみにしていた我がクレーンプット家の二大巨頭の片割れであるフィーリア嬢は、俺がだっこしたまま撫で続けているので、デレデレモードになってしまっている。

 ノエルとの会話も周囲の店も目に入らず、ふへふへと笑いながら、とろけた笑顔で、こちらを見上げているばかり。


(ぽわ子ちゃんには、つくづく迷惑を掛け通しだな……)


 そんな風に考えた刹那のこと。


「虫さん……? 虫さん、どこぉ……?」


 ぽわぽわぽわ~~ん、な雰囲気と、ゆるい声が聞こえてきた。


「あ、アル……。何だい、アレは……」


 貴族に凄まれても動じなかったイケメンちゃんの顔が引きつっている。


 友人の指し示した先には、ぽわぽわした声で虫を探しながら、ゴミ箱をあさっている子供の後ろ姿。


 件の人物は「虫さん」を連呼しながら、しきりにゴミを掻き分けている。


「……確かにお祭りでは、鈴虫なんかを売る店が出ることもあるけどね」


 と、イケメンちゃん。


「まあ、ゴミ箱の中にいる虫なんて、普通はゴキ――」

「いくらアルでも、それ以上、その名前を口にしたら容赦しないよ!?」


 抜剣しやがった! 

 さっきの騒動でも抜かなかったのに!


 と云うか、イケメンちゃん、『G』ダメなのね……。

 いや、得意でも困るけれども。


 俺が黙ると、性別不詳の友人は何事も無かったかのように白刃を鞘に収め、ゴミ捨て場のほうを見た。


「あの子、何か困っているのかもしれない。見たところ、近くに親御さんもいないみたいだし、声を掛けてあげよう」


 そう云って足早に近づいていくイケメンちゃん。

 本当に『G』を探している、とかだったら、どうするつもりなんだろうね?


 俺が前世で小学生だった頃、『G』を捕まえてくる! とか云って虫かごを用意したクラスメイトがいたのを思い出した。

 そういう手合いだったら絶叫するのはイケメンちゃんだと思うんだが。


 俺もフィーを抱えたまま、友人の後を追う。


「キミ、どうかしたのかな?」

「ふぇ……?」


 ノエルが声を掛けると、ゴミあさりをしていた子供が手を止めて振り返った。


「げぇっ! あれは……!」


 俺は思わず、叫んでしまった。


 直接、会話した事なんて一度もない。

 けれど、どこのどなたかは、ハッキリと知っている。


 北方人の特徴のある容姿と、それを包み込む、ぽわぽわな雰囲気。


 王妃様の不治の病を癒した、奇跡の夜の立役者。


 アホカイネン家のご息女が、そこにいた。


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[一言] アホカイネンのぽわ子ちゃんすき。
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