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妹のいる生活  作者: むい
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第百六十二話 ちょっとした揉め事


「何だ、このガキは!?」


 颯爽と現れた幼い美形の人物に、取り巻きたちが威嚇の混じった声をあげる。


 しかし向こうに見えるチンピラさんはちいさく舌打ちをしたので、やはり両者に面識はあるようだ。


 イケメンちゃんは、きりりとした瞳で、チンピラ子分を睨み付ける。


「貴族という立場を悪用し、ルールをねじ曲げ民を泣かし、無法を通す! そんなことは、このボクが許さない!」


 やだ、格好良い……!


 俺には生涯云えないセリフだろうし、出てこない発想だ。

 この子のアライメントは、『秩序・善』なんだろうか?


「関係ないガキは引っ込んでいろ! これは貴族の名誉の問題だ!」

「貴族であればこそ、無体はさけるべきであろう! 名誉と正義の前には、関係性の主張など無意味! すぐに態度を改めて、この場を去れ!」


 正義とかサラリと云えるのは凄いな。


 この子、平民だろうに、貴族よりも貴族らしく、騎士よりも騎士らしいぞ?


 あまりに堂々とした態度に、子分ズは顔を見合わせる。

 もしや、どこか名家の子供なんじゃないかとでも疑っているのだろう。


「ヴィ、ヴィリーさん……?」


 取り巻きたちは親分に判断を丸投げしたようだ。


 チンピラ貴族さんは表面上は薄い笑顔で、こちらへと歩いてくる。


「コーレインの子供か……。久しぶりだな?」

「ええ。お久しぶりです。それにしても、この有様は何でしょうか? 栄えあるヘイフテ家の子息とも思えない振る舞いですが?」


「貴族なればこそよ。お前も見ていただろう? あの斬られ屋が、私に吹っ掛けてきたのを」

「貴方が云い掛かりを付けているように、ボクには思えましたが?」


「私が……?」


 おいおい待てよ、と云わんばかりに肩を竦めるチンピラさん。


 彼は背後の斬られ屋を振り返る。


「行き違いがあったこと。そして、それがあちらの手違いであったこと。ともに斬られ屋本人が認めている。私は少しも悪くない。寧ろ、哀れな被害者なのだよ……」

「詭弁は不要。曖昧な云い方で店主を惑わせたのは、貴方だ」


 ヴィリーの言葉を、バッサリと斬り捨てるイケメンちゃん。


 直截的に断定され、男は不快そうに顔を歪める。

 その意を汲んで、取り巻きのひとりが騒ぎ出した。


「このガキが! ヴィリーさんが間違っているとでも云うつもりか!」

「その通り。間違っていると云っている! そもそも、台の上に袋ごと置いた時点で、誰もがあれを賭けたと思うはず。本当に硬貨一枚しか掛けるつもりがないのなら、最初からコイン一枚を置くはずだ。これを詐術と呼ばずして、何と云う!?」


 ビシッと指さされ、取り巻きは一瞬たじろいだ。

 が、すぐに云い合いを放棄する道を選んだらしい。


「無関係のガキは、引っ込んでろ!」


 目の前の子供を排除しようと、手を伸ばす。


 するとイケメンちゃん、慌てず騒がず、男の腕を躱し、そのままの勢いで足を払った。


 身体が前方に傾いている時に足下を掬われれば、当然、体勢を維持出来ないわけで。


「ぶべっ!」


 子分その一は、勢いよく倒れ込んだ。

 台の傍だし、ぶつからなくて良かったね。


「あぁっ!」

「よくも!」


 残りのふたりは怒り出すが、


「いいぞ、よくやった!」

「ざまァみやがれ!」


 観客たちは手を叩いて喜んでいる。

 こんな場所にいるのは大半が平民だろうから、こう云った状況には、喝采を叫びたくなるのだろう。


「この……ッ!」


 取り巻きふたりが、同時にイケメンちゃんに襲いかかろうとする。


 さっきの動きを見ている限り、あの子ならふたり相手でも対応出来そうな気もするが、そう決めつけて万が一があったら大変だ。

 俺も少しくらいは、助け船を出すべきだろうな。


 と云っても、相手は貴族。

 名乗りをあげて、不遇な我が身を憶えて頂こうとも思わない。

 なので、こっそりと手を出そう。


(黒縄)


 男たちの影を使って、つま先が引っかかる程度の縄を、アーチ状に作り出す。


 この状況下で影に注目している人間なんていないだろうから、黒縄の行使そのものが分からないはずだ。


 こういう時、魔術は便利だね。

 フィーかエイベルでもない限り、誰が使ったのか、分からないだろうから。


「あぐっ!?」

「ぬぁッ!?」


 効果音を付けるなら、さしづめ『ビターン!』だろうか。


 このタイミングで、すっ転ぶと思っていなかったらしい三バカトリオのふたりは、顔面から地面にダイブしてしまった。ちょっと気の毒だ。


「にーた、今の動き、面白い! ふぃー、気に入った!」


 あー、うん。

 今のは見せ物じゃないぞ、マイシスター。

 確かに端から見ていれば、コントみたいな動作だったけれども。


 勢いよく走り出して盛大にずっこけたのが面白かったのか、妹様を含め、観客たちが爆笑している。


「貴様、何をしたのか分かっているのか! 貴族に手を出したのだぞ!?」


 ずっこけ三人組のうち、最初に転んだひとりが顔を押さえながら立ち上がった。


 こんな状況でも相手を笑わないイケメンちゃんは偉いと思う。

 そして、威風堂々と答える。


「先に手を出したのは、キミのほうだ。そっちのふたりに関しては、ボクは何もしていない。勝手に走り出し、勝手に転んだんじゃないか!」

「ふたり揃って、いきなり転ぶことなどあるものか! どうせ貴様が魔術を使ったのだろう!」


「ボクは魔力をもっていない。それに仮に魔術が使えたとして、こんな状況で、詠唱もなしにパパッと使える程、簡単なものじゃないだろう?」

「何だ何だ。小僧、貴様、無用民か!」


 男の顔に、侮蔑の笑みが浮かんだ。


 無用民とは、魔力を持たぬ人間への蔑称である。

 そう云えば、魔術師至上主義の集団がいたが、彼らも、そのシンパなんだろうか? 

 単純に他所様を見下せれば何でも良い、と云う可能性も否定できないが。


「貴様、平民だか貴族だか知らないが、無用民の分際で、十級魔導士の俺にケンカを売ったのか!」


 十級って……。

 うちのミアとどっこいじゃないか。

 魔力があれば、子供でも取れる資格だぞ?


 不当な罵倒を浴びせられたイケメンちゃんは、それでも動じた様子はない。

 切れ長の瞳は平静だ。


 つまり、魔術を使えぬ事をなんとも思っていないのだろう。


「魔術とは分野のひとつにすぎない。人の価値は、そこにはない」

「ふん! 魔術を使えなければ、そう云うしかなかろうよ! 貴様にとっては酸っぱいブドウだったようだな、無用民!」


 イケメンちゃんの言葉を強がりだと思い込んだ男が、勝ち誇ったような顔を浮かべた。


 しかし、ここで意外なところから声が掛かった。


「やめろ! お前の云い分は間違っている」

「え!? ヴィ、ヴィリーさん……?」


 なんとなんと、チンピラたちの頭目が、割って入ったのだ。


 彼はツカツカと歩いて来て、子分を睨み付けた。


「誇りある貴族が、『無用民』などと云う恥知らずな言葉を使うな」

「で、ですが、この小僧は、魔力を持たない役立たずで……!」


「魔力を持たぬは役立たずか。では、お前はその言葉、第三王女殿下にも云えるのだな?」

「え? あ、いや、それは――」


 男は黙り込んだ。


 第三王女ってことは、村娘ちゃんのお姉さんか。


 いくつ年が離れているのか知らないけれど、男たちの会話から、その子が魔力を持っていないことが分かった。


(あんな凄い妹を持つって、どんな気分なんだろう……?)


 村娘ちゃん、魔術方面だけでなく、頭脳面も凄いからな。

 第三王女と云うのがどんな人か知らないけれど、あれ以上の才能持ちとは思えない。


 才能が上回る妹を持つって、一体、どんな心情になるのか……。


(――あ! うちがそうだった!)


 俺、フィーに何ひとつ敵わねえわ!


 あー、うん。

 じゃあ、場合によっては、それでも上手く行くのかも!


「……? にーた、ふぃーのこと見て、驚いてる?」

「なぁに。うちの妹は可愛いなと思ってな」

「きゅきゅーーーーーーーーーーーんっ! ふぃー、にーたに褒められた! にーたに、可愛いって云って貰えた! ふぃー、嬉しい! ふぃー、にーた好き! 撫でて!」


 この娘はいつも幸せそうだな。

 比べるとか比べないとか、そういう次元じゃない。


 しかし、背後の客たちからは、少しだけ村娘シスターの話題が聞こえた。


「第三王女様って、アレだろ……?」

「ああ、五歳の誕生日に、宝剣が輝かなかったって云う……」


 第三王女のこと、俺は全く知らないが、庶民の噂になるくらいは知られているのだろうか。


 ずっこけ三人組のボスは舌打ちをすると、イケメンちゃんと斬られ屋を睨み付けた。


「こちらにも多少の落ち度があった故、今回は引いてやる。だがお前たちのことは、しっかりと憶えておくぞ! それから見物客共! ゲスな話題を無責任に云いふらすなよ!」


 行くぞ、と呟いて、チンピラ貴族たちは去って行った。

 あいつ結局、試合の料金、一切、払わなかったな。


 俺はイケメンちゃんを見る。


 美形の友人はヴィリーたちに見向きもせずに斬られ屋に駆け寄って、大丈夫ですか? 無くなったものはありませんか? と声を掛けていた。


 こういう気遣いが優先できるあたり、見てくれだけでなく、中身がイケメンなんだろうなと思った。


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