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妹のいる生活  作者: むい
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第百六十話 見せ物を見る


 現れたのは、長い髪をした美形の男だった。


 年齢は20代前半くらいだろうか?

 整った容姿には違いないが、何というか、マンガとかに出てくる『嫌味な美形キャラ』っぽい顔つきをしている。


 イケメンちゃんのような爽やかさや可愛らしさは感じられない。

 どこか、憎たらしい感じ。

 まあ、見た目だけで偏見を抱くのはいけないことなんだろうけれども。


 ただ、少なくとも、身なりは良い。


 貴族か豪商の出なんだろうか? 

 それとも、儲けている冒険者なのか。


 おとなりの美少年? 美少女? を見ると、美しい顔に眉根を寄せている。

 流石に順番を飛ばされたから怒っている、と云う訳ではないだろう。

 あの男に、何か含むところがあるのだろうか?


「ノエルの知っている人?」

「……少しだけ、ね。貴族階級出身の冒険者で、剣も魔術も使える男だよ」


 そういや、魔術剣士とか云われていたな。

 やっぱり、普通は剣か魔術か、どちらかに偏るものなんだろうか?


 エイベルは両方使うし、ヤンティーネも「魔術が不得手」と云いながら、普通に上手だ。

 雪精のシェレグも両方使えたけど、騎士を名乗っていたな。

 氷原で死んだ、あのリュネループの女性も、剣も魔術も巧みだった。


 俺が見てきたのは、皆、凄い者達ばかりだから、参考にならない。


 ――ああ、蜥人のふたりは、それぞれ剣士とゴーレムマスターの専業だったか。


「ノエルの表情を見る限り、あまり良い奴じゃないのかな?」

「……ボクの個人的な感情は、この際、どうでも良いさ。ただ単に祭りを楽しみに来ているのなら、口を挟むつもりはないよ」


 ノエルは平民でも護民官の子供だ。その縁で知り合っているのかもしれない。


 ヴィリーは自信をみなぎらせた表情で、斬られ屋の前に出る。


「お前が最近、評判の斬られ屋だな?」

「評判かどうかはわかりませんが、光栄なことに、大勢のお客様に贔屓にして頂いております」


「掛け金が青天井と云うのは、本当だな?」

「ええ、本当でございますよ。と云っても、ここは大勢が楽しむ場所ですからねぇ。まわりが肝を潰さない範囲でお願いしたいものですね」


「ふふん……。ならば、景気付けに、『これ』でどうだ?」


 ヴィリーは歪んだような笑みを浮かべると、革袋を台の上に置いた。

 中には、金がギッシリと詰まっている。


 一体、いくらあるのかは知らないが、『肝を潰す』範囲なのは明らかだった。

 観客たちが絶句している。


「……お客さん。これは、何の冗談ですかね?」

「おや、冗談に思えたのか。この程度のはした金なら、何の問題もないだろうと思ったんだが」


 男の言葉に、斬られ屋は首を竦める。


「こちらも商売なんでね。お客さんが『これ』で良いと云うなら、お受けしてもよござんすよ? ただ、後になって『冗談だった』では、通りませんが?」

「だから冗談ではないと云っているだろう? それよりも、そちらは、『この倍』を出せるのかな? 私としては、それが心配だ」


 小馬鹿にしたように男が笑う。

 何だろう? 嫌がらせに来たのかな? やけに挑発しているようだが。


「……生憎、この倍のお金は持ち歩いちゃァいませんが、こいつならどうでしょう?」


 斬られ屋は懐から宝石を取り出した。それは目映く輝く、大きめの宝石。


 観客たちが「おぉ~~っ!」と唸った。確かにあれが本物なら、革袋の倍以上の価値があるのかもしれない。


「また、あの男は……」


 イケメンちゃんを見ると、眉に皺が寄ったままだ。

 せっかくの美形なのに、皺が残ったら大変だ。


(うん。やっぱりあのお金持ちっぽい男のことが、嫌いみたいだ)


 とはいえ、不躾に事情を訊くわけにもいかない。様子を見守るしかない。


 ヴィリーは斬られ屋の提示した宝石をまじまじと見つめ、


「良いだろう。それでやろうか」


 しっかりと頷いた。


 台の上に金袋と宝石が一緒に置かれる。

 置き方に迷いがない。どうやら、どちらも自信があるようだ。


「お客さん、ルールはちゃんと、分かっておりますね?」

「ああ、問題ない。武器は一種のみ。魔術の使用は禁止。リングアウト不可。そして、砂時計が落ちきる前に当てること。シンプルだね」


「左様で。それで、どんな武器を使われますか?」

「これでも構わないかい?」


 ヴィリーは自前の剣を掌で叩いた。

 あれって完全に実戦用じゃないのかな? 大丈夫なのだろうか?


「構いません。それでは、始めても?」

「ああ、その前に――おい、お前たち。これを見張っていろ!」


 挑戦者が振り返って叫ぶとお仲間と思しき三人の男たちが人混みの向こうから出て来た。


 ヴィリー同様に身なりは良いが、なんというか、ちぐはぐな感じだ。

 チンピラが金持ちの仮装をしているかのようなアンバランスさがある。

 そんな印象を抱くのは、彼らの表情が卑しいからだろうか?


「へっへっへ。任せて下さいよ、ヴィリーさん」

「ちゃあんと見張っていますぜ?」


 言葉遣いまで、なんだかチンピラっぽい。


 彼らは台の回りに陣取った。


「斬られ屋。このくらいの用心は構わないだろう?」

「ええ。構いませんよ、一向に」


「では、やろうか!」


 始まるやいなや、ヴィリーは勢いよく斬りかかった。

 ちょっと驚いたのは、挑戦者の身のこなしが予想以上に良かったことだろうか。


 跳躍力。

 速度。

 剣の振り方。

 堂に入ったものだ。


 確かにこれなら、自分の力量に自信を持つかもしれない。


「あの金持ち男、結構やるね」

「一応、多少は知られた冒険者だからね。でも、当たってないよ」


 そうなのだ。

 斬られ屋の技量は、それでもヴィリーの上を行く。

 目隠しをしているのに、するすると斬撃を躱していく。


 流石にさっきの駆けだし冒険者をあしらったようには行かないが、素人目にも「ああ、こりゃ、当たらんな」と分かる避け方だった。


「目を塞いでいるのに見えているかのように躱すのは、どういう理屈なんだ?」

「本人は、『芸』だと云っているみたいだけどね」


 ふぅん。『芸』ねェ……。

 鍛錬の成果と云うでもなく。


「く……ッ! この……ッ!」


 躱され続けているうちに、ヴィリーの表情からは余裕が無くなってきている。イライラしているようだ。


 チラリと砂時計を見ると、既に半分程度になっている。

 こりゃあ、このまま斬られ屋の勝ちかな?


 そう思った瞬間、挑戦者の動きが突然、良くなった。


 足さばきも。

 剣速も。

 要所要所で早くなる感じ。


 まるでオンオフで速度切り替えでもしているかのような。


(身体強化の魔術か? でも、魔術の使用は禁止じゃなかったか?)


 周囲の観客たちは気付いていないのだろうか? 


 たぶん、気付いていないのだろう。

 視力強化で動きを追っているから、俺には明白に感じられるだけで。


 紙一重で躱す相手には、唐突な速度変化は不意打ちとして機能しやすいはずだ。

 しかし、それでも当たらない。


 挑戦者の急激な速度の変化の攻撃でさえ、斬られ屋は躱してのけた。


「にーた、にーた。あの人、魔術使ってる」


 腕の中の妹様が、俺の服をちょいちょいと引っ張る。

 流石は魔力の気配がわかるフィーだ。ヴィリーのインチキも見抜いているようだ。


「魔術使うダメ云ってた。なのに使ってる!」

「ああ、うん。そうだな」


 嘘や悪いことはダメだと躾けられているマイエンジェルからすれば、こういうのは気になって仕方がないのだろうが、世の中には詐欺やペテンが当然のようにひしめいているからな。

 その辺も含めて教えてあげねばならないが、今は説明している暇がない。


「う、うおお、何故だ! 何故当たらん!?」


 身体強化まで持ち出して当たらなかったからか、ヴィリーが目に見えて狼狽した。

 対して目隠しの男は微笑しながら避け続けている。


「はい。ここまでです。お疲れ様でした」


 斬られ屋が告げる。

 砂は、その全てが落ちていた。


 結局、さしたる番狂わせもなく、斬られ屋が全部の攻撃を躱したわけだ。


「なんだか簡単に終わっちゃったな」

「……そうだね。これで終われば良いんだけど」


 イケメンちゃんは試合が終わっても、眉をひそめたままだった。


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