第百五十九話 斬られ屋
イケメンちゃんの目的である斬られ屋の回りには、人だかりが出来ていた。
どうやら、人気のある催し物であるらしい。
「アルは斬られ屋って、どんなものだか、わかるかい?」
「知識としては。でも、単なる見せ物なのか、一種の賭けになっているのか、そこまでは、わからない」
斬られ屋と云うのは、身体を張って『攻撃される』のが仕事だ。
客は金を払い、規定の時間内だけ、好きな武器で攻撃出来る。
斬られ屋は躱し続けるだけ、と云う見せ物。
ただ単に攻撃し、躱すだけと云う場合もあれば、斬られ屋に当てることが出来れば金や景品が貰える場合もある。
近づいてみて気付いたが、どうやらここは、金が貰える斬られ屋らしい。
――当方に命中させた場合、掛け金の二倍を払うものなり。
そう書かれた看板が出ている。
地面にはリングと思しき、土俵くらいの大きさの円が描かれており、近くの台には、二リットルペットボトルくらいある大きさの砂時計が置かれていた。
あれが制限時間を示すのだろう。
俺の知識にある砂時計よりも目に見えて砂の量が少ないのは、商売故か。
俺たちが到着した時は、ちょうど一試合が終わった瞬間だったらしい。
上半身を露出したムキムキのおっちゃんが、肩で息をして大汗を流していた。
「くそー……。当たらん……」
リングから出たおっちゃんは座り込んだ。
「いいぞー! 斬られ屋ー!」
「すげえーっ! あんた、最高だよ!」
観客たちは歓声をあげて、おひねりをザルに投げ込んでいる。
ちゃんと見物客からもお金が飛んでくることを想定しているのは、商売慣れしている証拠だろう。
食いつめ冒険者が適当にやってみた、と云う感じではなさそうだ。
「どうだい、アル。普通の斬られ屋とは、ちょっと違うだろう?」
普通の、とか云われても、俺の知識は地球世界のそれだから、ちょっと返事に困る。
けれども、客が沸く理由。
そして評判になる理由は、一目で分かった。
「にーた、にーた。あの人、ハチマキ、ズレてる! 変! ふぃー、変なの好き! 変わったの好き!」
フィーが斬られ屋を指さして笑っているが、それは実相とは違う。
あれは――目隠しだ。
斬られ屋を名乗る男は、目を布で覆っていた。
この状態で躱す自信があるのだと、明確にアピールしていた。
俺は隣に立つイケメンちゃんに訊いてみた。
「あの目隠し、実は透けてる、とかじゃないよな?」
「あはは。それじゃあ商売にならないよ。お客さんは誰でもまず、あの目隠しを疑うだろうからね」
まあ、それもそうか。
「調べさせろ」の一言くらいは日常茶飯事だろう。
そして、それでももし本当に躱す自信があるのならば、存分に調べて貰う方が、観客受けも良いに決まっている。大いに宣伝するだろう。
「次は俺だー!」
若い冒険者っぽい青年が勢いよく前に出た。
安そうで使い込まれてなさそうな皮鎧を着ているから、駆けだしだろうか?
対する斬られ屋の男は、三十いくかいかないかくらい。
防具は一切、付けておらず、動きやすそうな平服姿である。
「結構。次は貴殿か。いくらお賭けなさる?」
「こ、これだけだぁッ!」
青年が取り出したのは、くすんだ硬貨が一枚。
それは、この『斬られ屋』の最低賭け金で、日本円に換算すると、千円くらい。
なお、下限はあるが、天井はないらしい。
「何だそりゃ、ふざけんな~~っ!」
「根性なしがー! 相手は目隠しだぞー!」
「貧乏人は、引っ込めー!」
「俺の、おひねりよりも少ねェじゃねーか! バカヤロー!」
ショボい金額に、観客たちからは次々とヤジが飛ぶ。
成程。
こういう空気があれば、最低金額は中々に出しにくい。
斬られ屋としては、いくらであろうとも身体を張るのは同じだから、少しでも釣り上げたいに決まっている。
上手く見物客を利用しているんだな。
「う、うるせー! 外野は引っ込んでろ!」
冒険者風の青年が逆ギレする。
うん。
ちとみっともないな。
こういうのは、柳に風と流しておけばいいものを。
「ははは。規定以上なら、いくらでも結構。ささ、好きな武器を選びたまえ」
傘立てのような粗末な武器入れに、よく見る武器の数々が置いてある。
流石にトンファーやら三節棍なんかはないけれど、ロムパイアやショーテルのような変わった武器があるし、弓まである。
「おし! これだ!」
青年が選んだのは、オーソドックスな長剣。
構える姿が様になっておらず、素人目にも未熟と分かる。
案の定、観客たちからはバカにしたような笑い声が飛んできた。
「がははははは! とんだへっぴり腰だな!」
「その様子じゃあ、長生き出来ねェぞ、兄ィちゃん!」
よせばいいのに、いちいちムキになって反応する青年。
どうやら、煽り耐性は低いらしい。
「ええいっ! 笑うなぁっ! ここで勝って、俺は今日の晩飯を豪勢なものにするんだー!」
意外としょうもない目標だった。
いや、切実と云うべきか? この場合。
「そいつァ良い。勝ったら奢れよー!」
「俺は大猪の肉が良いぞー!」
「こっちは金鶏の丸焼きにしてくれー!」
茶化すような歓声が飛び交っている。
仮に勝てても、二千円じゃあ、彼らの叫ぶ高級食材はとても無理だろう。
完全にからかっているな。
「では、始めましょうか。魔術の使用は不可。そして選択した武器以外は使わないこと。よろしゅうございますね?」
「ああ!」
「いざ」
斬られ屋が砂時計をひっくり返してリングに入ると、青年は大上段から斬りかかった。
「なんだ、ありゃ、子供でも躱せるぞー」
観客たちが大笑いしている。
けれど、イケメンちゃんは、笑っていない。
「真剣に見ているんだな」
「挑戦者の彼は、必死だからね。真剣に取り組んでいる人間を笑うことは出来ないよ」
こちらに向かず、しっかりと試合を見ながらノエルは答えた。
(根が真面目なんだろうなぁ。俺とは違うね)
率先してバカにするつもりはないが、滑稽ならば、笑いは漏れる。
そんな普通のメンタリティ。
腕の中の妹様はどうだろう?
ちょいと視線を落として見ると、目を輝かせて青年のひとり相撲を見つめていた。
どうやら、この催し物がお気に召したようだ。
鼻息も若干、荒い。
格闘技観戦とか、好きになる素養があるのかな、この娘は。
そして斬られ屋はすいすいと攻撃を躱す。
まるで相手になっていないようだ。
青年ひとりが叫び声をあげ続け、見せ物は終わった。
砂時計が落ちきるまでの時間は、一分くらいだったろうか。
「はい、お疲れ様でございました。また挑戦してくだされ」
斬られ屋は、にこやかに頭を下げた。
呼吸は一切、乱れていない。
「ち、ちくしょう……。もう少しだったのに……」
笑い声を浴びながら、青年はリングから出た。
イケメンちゃんが、同時にこちらを向いて問う。
「アル。あの斬られ屋、キミはどう思う」
「商売上手だね。わざと大袈裟に躱したり、ギリギリで当たりそうに振る舞っていた。完璧に躱しちゃうと客が来なくなるから、その辺も考えて立ち回っているんだろうよ」
「いい目をしているね。ボクもそう思ったよ。……もしかして、アルって強いの?」
「ないない。剣は習う予定だけど、本格的な訓練すら、まだしてないよ」
氷原で凄い打ち合いを見たからな。
野球の経験が無くても、プロの腕前を見ていれば、草野球のレベルが低いのはなんとなく察せたりするが、アレに近いと思う。
いや、単なる岡目八目か。
(まあ、視力強化のおかげで、よく見えると云うのもあるんだろうが)
何にせよ、俺が強いわけではないね。
外側から適当なことをほざいているのが、この身には、お似合いさ。
「さあ! 他の挑戦者はいないですかな? そこの坊やたちは、どうだい?」
場を和ませるためか、斬られ屋は俺たちに水を向ける。
ぶっちゃけ俺はやる気がないので、軽口を返しておくか。
「えー……。俺たちがやるって云っても、挑戦料は大人と同じなんでしょう?」
「はっははは……! こちらも商売だからね。でも、それは他所のお店だって同じじゃないか。あっちの屋台で串焼きを食べるとして、大人が買っても子供が買っても、値段は一緒だろう?」
そこは笑顔で「子供だから、ロハで良いよ」くらい云おうぜ。
商売上手なだけでなく、締まり屋なのかな?
俺は隣に立つ美形の友人を見る。
イケメンちゃんは挑戦する気になったのか、ポケットに手を入れる。
たぶん、財布が入っているんだろう。
「次の試合、私がやらせて貰おう!」
しかし先に、別人が名乗りを挙げてしまった。
「おおっ! あれは……!」
「魔術剣士のヴィリー……!」
観客たちが、ざわめいた。
何だろう? 有名な人なのだろうか?




