第百五十七話 祭りでの再会
妬ましい、と云う気持ちは万古不易の感情で。
それは遙かな過去から、永劫の未来まで、ずっとずっと続いて行くものなのだろうと思う。
何せ、地球だけでなく、異世界に来てもあるものだからね。
どこにあろうと偏在するモノなのだと、諦めるより他にない。
まあ、つまり、俺にも大なり小なり、『それ』がある訳で。
で、何で俺が楽しい楽しい祭りの会場にまで来て、その感情を呼び起こしたのか?
――いたからだよぅ、格好良い奴が。
そいつは大勢の女性の視線を集め、黄色い声を浴びながら、俺の前へと立ったのだ。
「アル、久しぶりだね! 元気そうで、なによりだよ!」
あまりにも爽やかで、あまりにも格好良い。
なのに、どこか可愛らしい。
イケメンちゃんこと、ノエル・コーレインが、そこにいた。
※※※
話は、ほんのちょっとだけ遡る。
俺とフィーと母さんとエイベル。
祭りに参加するため、いつものメンバーで家を出た。
ミア?
やっこさんなら、屋敷で仕事をしているよ。
労働者だからね。当然だよね。
商業地区を中心とする祭りの現場は、もの凄い活気に満ちあふれていた。
我が故郷・日本よりも娯楽が少なく、命の危険もある世界なので、皆、『今』をとても大事にしている。
盛り上がるのは当然なのだろう。
賑やかなのが大好きなフィーは、大喜び。
俺の回りを、ぴょんぴょこと飛び跳ねて、楽しさのアピールを繰り返している。
「ふぃー、明るいの好き! お祭り好きッ!」
満面の笑顔だ。これを見れただけでも、外に出た価値はあったろう。
「むむむ……! 見たい場所が多くて、困っちゃうわねー……!」
娘同様に騒ぐの大好きな母上様が、あっちへ行ったり、こっちへ来たり。フラフラと各種屋台に引き寄せられている。
「俺、あっちが見たいんだけど」
「むむ~~。お母さんは、こっちが良いわー……」
目移りするので、意見別ればかりになる。
母さんは食べられるものや物販が中心。
俺は見せ物とか、変わったものが見たい。
単純な好奇心もあるけれども、売り込み品なり魔術への応用なりのヒントが、あるかもしれないからだ。
まあ、『単純に楽しむ』と云う観点から見れば、俺の動機の方が不純ではあるのだろう。
その結果、ちょっとした妥協点が成立する
それは、別々に見るという、ある意味で当たり前の結論だ。
と云っても、俺はまだまだ子供なわけで。
母さんの目の届く範囲での別行動と云う変則的なものになった。
具体的には、見せ物のエリアと売り物のエリアの境界線限定での別行動。
母さんにはエイベルに付いていて貰い、フィーは俺に付いてきた。
魔力を感知できるエルフ様と、魔力が何となくわかる妹様。
この別れ方なら、万が一はぐれても、すぐに互いを発見出来る。
「フィー、頼りにしてるぞ?」
「ふへへ……ッ! ふぃー、にーたに頼られた! ふぃー、嬉しい! ふぃー、にーたの役に立つ!」
ギュッと抱きついてきて、得意満面のマイエンジェル。
まあ実際、はぐれた家族を捜すなら、この娘の方が俺よりも頼りになるからな……。
と云う訳で、妹様をだっこして、見せ物のエリアへ。
手品やら大道芸やら色々あるが、日本人時代に色々見ているので物足りないものも多い。
タネがわかるものは、特にね。
一方で魔導士がやっている見せ物は、案外、新鮮。
魔術を使っているだけで、既知の手品と発想が大して変わらないものもあるし、無免許の魔術行使で摘発されて、本人が見せ物になる人もいるけれども。
それでも、とても楽しめる。
時折、母さんの方を振り向くと、バッチリ目があった。ちゃんと気に掛けてくれているらしい。
食べ物を頬張りながらと云うのが、実にマイマザーらしいけれども。
一方で、我が家の妹様は、
「ふおおおおおお! にーた、あれ不思議! 面白い!」
だとか。
「きゅきゅーーーーーーーんっ! 楽しいッ! あれ、ふぃー、楽しい!」
だとか。
「あはははは! 変な格好! にーた、変な格好の人がいる!」
などと大はしゃぎしている。
子供は、こうでなくちゃいけないね。
「フィー、楽しいか?」
「楽しいッ! お祭り、楽しい! でも、ふぃー、にーたといられるのが、一番楽しい! 幸せ!」
頬ずりをされてしまった。
マイシスターは、矢張り可愛いなァ。
黄色いざわめきが聞こえたのは、そんな時だ。
「やだ、あの子、可愛くない?」
「やーん、格好良い……!」
などと云う声を浴びながら、ひとりの人物がこちらへ歩いてくる。
男なのか女なのか分からない、中性的な外見。
けれど、整った美貌の持ち主であることには変わりなく。
(あれに見えるは、イケメンちゃんではないか……!)
商会で見かけた、護民官の子供に相違なかった。
どうやら彼(彼女?)も、お祭りに来ていたらしい。
ノエルと目が合うと、彼女(彼?)は、すぐにこちらに駆け寄って来る。
再会を喜んでくれているらしい。
なんだか、人なつっこいワンちゃんみたいだ。
そして、冒頭のセリフ。
相変わらず、爽やかで見栄えのする奴だった。
少し長めのショートカットがよく似合っている。
涼やかな目元も相まって、佇まいも雰囲気も、ザ・イケメンであった。
(ぐっ……! 相変わらず、やたらと格好良い奴……)
この王都には天誅組と称する迷惑集団がいるが、彼らは定期的に『イケメン狩り』をしているらしい。
この子もそのうち、標的にされるんじゃなかろうか?
今この場でそんなことを思い出すこと自体が、クズの発想だな。反省。
「……久しぶりだな」
「うん。去年の十月以来だね」
間もなく二月も終わろうと云う時期だから、まだ半年とたっていない。
けれど、五、六ヶ月と云う時間は、子供にとっては長いものだろう。
大人になると、一年、二年でも、アッと云う間なんだがなァ……。
ニッコリと微笑みかけてくるイケメンちゃん。
もの凄く格好良い奴なのに、笑顔はとんでもなく可愛い。
そりゃモテるわな。
「にーた、この娘、誰? どこかで嗅いだ匂いする……!」
さっきまで幸せ一杯の笑顔だった妹様が、警戒心の籠もった視線をイケメンちゃんに向けている。
と云うか、今回もマイエンジェルの中では、『この娘』判定なのね。
彼(彼女?)も、フィーに目線を向けた。
しかしその色は、妹様とは対照的に、どこまでも友好的だ。
「一応、はじめまして、になるのかな? ボクはノエル。キミは、アルの妹さんだよね?」
一番最初にイケメンちゃんを見かけたのは、七月の八級試験の時だったはずだ。
あの時、向こうは父親と一緒。
こっちはいつもの我が家で、ちょいとすれ違っただけだったが、彼女(彼?)はフィーのことを記憶していたみたいだ。
まあ、記憶に残るような美少女だからね、うちの天使は。ふふ。
「ふぃー、です。にーたが好きです」
イケメンスマイルが効かないのか、マイシスターの表情は硬いままだ。
警戒を解いていないのは、明らかだった。
フィーはくりくりした大きな瞳を、来訪者へと向ける。
「ノエル、ふぃーのにーた、取る?」
「ううん。取らないよ。だから、安心して?」
いきなりぶっ込まれた切れ味の良い質問に、性別不詳の友人はしっかりと首を振って否定する。
次いで、俺の方を見た。
「妹さん、お兄さん想いなんだね。羨ましいな。ボクには兄弟がいないから」
こればっかりは授かり物だからな。何とも云えん。
両親が健在かどうかも重要だしな。
「……そっちも、今日は、お祭りか?」
「うん。父さんと来たんだけど、挨拶回りが忙しいみたいでね」
字面通りの、単純な挨拶じゃないんだろうな、この場合。
政治やら何やらが絡むと大変だねェ……。
「ボクも一緒に挨拶しなければいけないんだけど、流石に疲れちゃって。それで、少しだけ時間を貰ったんだ」
ああ、確かノエルも英才教育と云う名の売り込みをさせられているんだっけか。
こんな幼子を政治の場に駆り出すとは、ノエルパパも逞しいと云うべきか、浅ましいと云うべきか。
「大変なんだな。気分転換に、何か食べるか? 安いものなら、おごれるが」
「ありがとう、優しいんだね。でも、気持ちだけ受け取っておくよ。実はボク、見たい催しがあってね。そちらへ行ってみたいんだ」
「ふぅん……?」
何か評判になっているものでも、あったかな?
記憶を辿ってみても、そんな噂話に心当たりはない。
「そうだ、アル。良かったら、キミも一緒に見てみない?」
「んん? 俺も?」
見ること自体は別に構わないのだが、母さんから離れるのは問題だ。
ちらりと保護者の方を見ると、何があったのか、エイベルに怒られていた。
お説教かな?
長引きそうではあるが……。
「時間があるなら、付き合ってくれると嬉しいな。ボクもひとりだと、つまらないし」
キュッと手を握られてしまう。
結構ぐいぐい来るタイプなのね、この子。
それとも、天然なのか。
「めー! にーたの手を握る、許さないの!」
イケメンちゃんの行動に、フィーが激怒してしまった。
激怒しながら、俺にひしと抱きついた。
まるで、所有権を主張するかのように。
「ノエル、にーた取らない云った! 嘘ダメ! ふぃー、それ嫌い!」
「おっと、ごめんね。取るつもりはないから、許して欲しい。フィーちゃんだっけ? キミも、催し物を見たくはないかな? 場合によっては、お兄さんの格好良いところを、見られるかもしれないよ?」
「にーたの……格好良いところ?」
さっきまでの怒りはどこへやら、イケメンちゃんの言葉に、フィーはピクリと身を震わせる。
……そんなに興味を惹かれるワードだったろうか。
「ふぃーのにーた、いつでも格好良い……。でも、格好良いにーた、ふぃーも見たい……!」
云っていることが微妙に支離滅裂だぞ、マイシスター。
しかし『見られる』とは何だろう? 参加型の催しなのかな?
射的や輪投げみたいに景品が貰えるのなら、やってみても良いのだが。
「おいおい。一体全体、その見たいものって、何なんだよ?」
俺が問うと、イケメンちゃんは、イタズラが見つかった子供のように笑った。
照れているようだった。
「ああ、うん。それはね」
「それは?」
「斬られ屋――さ」




