第百五十六話 月の裏側のお話
なんだかエラいことになっている。
ここ数日、王都はお祭り騒ぎなのだ。
舞い散る瓦版。無数の噂話。そして、喧噪。
理由は簡単で、それはこの王都に、神の奇跡が顕現したからだ。
夜空に現れた月の印。
そして、王妃パウラの回復。
人々はそれを、神の御意志と判断した。
いや、そういう風に演出したのは、俺とエイベルなんだけれども。
簡単に云えば、これって俺の失策なんだよね。
宗教観念と云うものを、甘く見すぎていた。
奉天草が無ければ治せないような病気だ。
じゃあ、神様の手柄と云うことにしておこう。
この単純な考えが、ここまでの大事になろうとは……。
世間では月の女神がその存在を示したことが重要視されている。
つまり、村娘ちゃんのママンが治ったのは、その『ついで』にすぎないと思われているわけだ。
俺の中では、まず治療ありきだったのだが、完全に逆転してしまっている。
これには、王国の祭祀関連も大わらわだ。
なにせこの国は、月の女神の加護を受けていると云うことになっている。
と、云うか、だから俺も『月』を演出したわけなのだが。
なので、本来は月神が国教でもおかしくない国な訳だが、この大陸においての宗教の最大勢力は、至聖神を祀る教会だ。
だから月の女神への信仰は王族と一部の貴族、それから、ちょっとの平民くらいに留まっていた。
ようは地方ローカル。土着の宗教に近い。
それが、今回の騒ぎだ。
俺の軽はずみな行動は、この国の宗教や信仰に、大きな影響を与えることになってしまうかもしれない。
少なくとも、月神を奉じる勢力が増大するのは間違いない。
教会との間で軋轢が起きなければ良いのだが。
そして、その立場を大きく変えたものたちもいる。
それは星読みの一家だ。
俺が演出――いや、フレームアップと云うべきか――に使った、あの、ぽわぽわな女の子。
あの子は、奇跡の担い手の候補として、耳目を集めるに至った。
本来、奇跡の『始点』となるべき人物は誰でも良かった。
個人的な思惑で云えば、教会の手柄にはしたくないから、それ関係の奴はイヤだなとは思っていたが。
そこに飛び込んできたのが、アホカイネン一族の情報だ。
先祖に未来視されていた『八代後』。
何のバックボーンも無い人物が奇跡を起こすよりも、『予告』されていた人物が事を成す方が、不可解さを消せると考えたのだ。
もちろん、あの親子に月の女神との関連性はない。
なので、村娘ちゃんも巻き込んだ。
結果、あの夜の奇跡は、妙にぽわぽわしてた子と、村娘ちゃん。
どちらの顕現させた手柄なのかで、意見が分かれるようになってしまった。
もしも村娘ちゃんが引き起こした奇跡だと認定された場合、王位継承権にも影響を与えかねないと云われている。
本当に大事にしてしまった。
一方、事件の片割れ。
片棒担ぎをしてくれたエルフ様。
夜空に光の魔術で壮大なアートを仕上げてくれたうちの先生は、
「……ん。誰もエルフの仕業だとは気付いていない」
と、同族たちが巻き込まれなかったことにご満悦。
世俗の混乱などには、微塵も興味がないようだ。
まあ何にせよ、これで今まで通りにエイベルと商会へ出入りできるようにはなったのだが。
(あのぽわぽわしてた子――ぽわ子でいいや。ぽわ子ちゃんが無駄に注目されるようになってしまったのは、俺のせいだ。せめて出来る範囲でフォローしてあげるようにしないとな……)
その辺は、商会経由で今後も情報を貰うとしよう。
問題が起きるようならば、解決してあげねばならない。
完全に泥縄だ。
それでも状況を見て動いていくしかないだろう。俺の自業自得だからね。
あの子のフォロー、後手に回らなければ良いのだが。
そして、あの奇跡の余波……いや、あれを大波とすれば、これはしぶきが掛かった程度の話になるが、我が西の離れにも、ちょっとした影響があった。
「うぅ~~っ……! お外に出たい、お外に出たいわー……!」
「ふぃー、お外行きたい……! 楽しみたい……!」
「私もお外に出たいですねー。羨ましいですねー」
母と妹と駄メイドが、仲良く不満のワルツを踊っている。いや、ミアは仕事しろよ。
原因は、お祭りだ。
奇跡が起きたお祝いとして、急遽、お祭りが開催されているのだ。
突発だというのに、商人達の逞しいこと。
飾り付けた屋台を並べて、食べ物や娯楽を提供している。
飲めや歌えの大騒ぎだ。
ショルシーナ商会も当然のように出店しているようだ。
『イーちゃん文通』で聞いたところによると、王都は大賑わいで、商会も儲かっているとのこと。
それを知って、根が騒ぐの大好きな三人組は、遊びに行きたくて仕方がないご様子。
ま。我が家は事実上、軟禁の立場だからね。
諦めて貰うしかないね。
「うぅううぅうぅぅ~~……っ! アルちゃぁああぁん。お母さん、お外に出たいわー!」
「ふぃーも! ふぃー、お祭り見てみたい! ふぃー、楽しいの好き!」
「アルトきゅ~ん! アルトきゅ~ん! はぁはぁ、美幼年特有の良い匂い……ッ!」
俺にくっついたところで、外出できるわけでもあるまいに。
ええい、変態メイド、お前は離れろ! 嗅ぐなァッ!
静かなのは、騒がしいのも人混みも嫌いなエイベルくらい。
俺の反応が芳しくないと悟ったのか、母さんは四足歩行でカサカサと移動して、セミのようにエイベルに取りすがった。
(うわ……っ! 今、一瞬、嫌そうな顔したぞ、うちの先生)
そういえば、俺たちがあの綺麗な庭園に潜んでいたの、ぽわ子ちゃんに見られているんだよなァ……。
まあ、覆面プラス黒装束だから、身元がバレている訳ではないが、まともな頭をしていれば、あの『偽物の奇跡』と関連づけて考えるはずだ。
その方面でも、騒ぎにならなければ良いのだけれども。
「エイベル~~。私たち、友達よね?」
「……友達なら、そんなセリフは云わない」
「うぅううぅぅうう~~……っ! お願いよぉおお! 私も、久しぶりにお祭りに行きたいのぉおお!」
「……はぁ」
エルフの高祖様は、ちいさくため息を吐いた。
多分に呆れの成分が含まれているが、長い付き合いなので、俺にもわかる。
あれは、折れた合図だ。
俺以上に付き合いのある母さんもそれを察して、勢いよく親友に頬ずりをした。
「これでアルちゃんとフィーちゃんを外に出してあげられるわー! これだからエイベルのこと好きッ! ちゅーしてあげる!」
「……それは本当にやめて」
母さんは普段、エイベルに何かをねだったりしない。
そのあたりは弁えているようだ。
しかし、少なくとも俺が産まれてからは、ただの一度もお祭りには参加できていないはずで。
言葉の通り自分が楽しみたいだけでなく、俺やフィーを外出させたいという想いもあったようだ。
「にーた、にーた。ふぃーたち、お外行ける?」
「あー……。そうだなぁ……」
エルフ随一の耳美人を見ると、無表情なのに疲れた気配で頷いている。
ホントごめんね、エイベル。
俺も含めて、迷惑掛けっぱなしだよね。
「行けるってさ」
「ホントッ!? ふぃーたち、お外行ける!?」
「うん。エイベルのおかげでね。だからちゃんと、お礼を云おうな?」
「う、うん……ッ! 云う! ふぃー、お礼云う! エイベル、ありがとう! ふぃー、にーた好きッ!」
何故か俺に抱きついてくる妹様。
そして、自分を指さすメイドがひとり。
「あのー……? お祭りにはもちろん、ミアお姉ちゃんも、同行できるんですよねー?」
ハハッ! ナイスジョーク!




