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妹のいる生活  作者: むい
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第百五十四話 星読みの親子


 神聖歴1205年。

 二月の下旬。


 この日、夜の観星亭へと訪れた人物は、八名だった。


 王妃パウラ様。その愛娘で百年にひとりの天才と名高い、第四王女・シーラ姫殿下。


 王妃様の世話役のメイドのゾイと、殿下の護衛であるエルマ。

 シーラ姫殿下の学問と魔術の師である、マルヘリート殿と、星読みの親子。


 そして、この王城内観星亭・『カエルム』の責任者である、この私、亭長のコゥバスだ。


 王妃様と姫殿下がいて護衛役がひとりだけなのは、ここが城内だからだ。

 亭内は既に安全だと信頼されている結果である。


 あー……。

 つまり、何かあると、亭長である私の責任になる訳だな。

 憂鬱だ。


 同行予定だった観星院の院長は、今回採用された星読みの名前を知った瞬間、急に腹痛を訴えて同席をキャンセルしやがった。

 卑劣な奴だ。


 おかげで、私ひとりで王族に接しなくてはならない。

 重責だ。


 そう。

 星読み。


 重要なのは、星読みなのだ。


 王妃様の病を癒す手立てを『見る』ことが役目であり、そして、この私の進退にも係わるのが、このふたり。


 その名を、アホカイネン親子。


 現・星読みにして親子の母親の方が、タルビッキ。

 そして、その娘の名前がミルティア。


 アホカイネン一族は、代々、星読みの力を持つ。


 魔力と云うものは遺伝しやすく、従って魔力持ちの親からは魔力持ちの子が産まれやすい訳だが、星読みと云う特別な力を継承しているのは、稀であると云わざるを得ない。

 普通は遺伝などせずに、数多いる魔力持ちの中から、たまに発見されるのが精々なのだが。


 現・星読みのアホカイネン家は、タルビッキの祖父の代に、我が国へと移住してきたのだという。

 その話を裏付けるかのように、この親子には、やけに白い肌などの、北方人としての特徴がある。


 移住を目論んだタルビッキの祖父は、稀少にして重要な『星を読む』力の持ち主だ。すぐに仕官に成功した。

 彼には野心があった。


 と云っても、別に王家の簒奪を企むだとか、高い地位を占めたいだとか迷惑なものではない。


 アホカイネン家には、ひとつの云い伝えがあったのだ。


 それはタルビッキの先祖が得た、星読みの結果だった。


「我より八代後のアホカイネン家の星読みは、ある国において重きを成すであろう。それは月の加護を受けたる国。我が子孫は、そこで救国の英雄となる!」


 なお、その男、星読みの力は持っていても滅多に当たった試しが無く、しかもその日はべろんべろんに酔っぱらっていたので、信じる者はいなかった。


 ただひとり。

 彼の息子を除いては。


 かくしてアホカイネン家に、ひとつの家伝が出来た。

 酔っぱらいのたわごと(・・・・)が、云い伝えとなったのだ。


 ……先程、私はアホカイネン家には代々星読みの力が受け継がれると云ったが、もうひとつ、とても大変なものが受け継がれている。


 それは――おつむの出来だ。


 この国に移住したアホカイネン家だけでなく、移住前の先祖たちも、皆、『アホの子』ぞろいだったと云われている。


 それは当代のタルビッキと、そして、『八代後』である、ミルティアも例外ではない。


「…………」


 私は、星読み親子を見る。


 母のタルビッキは、もうずっと、鼻息が荒い。

 王妃様の治癒の手段を見る役目を与えられてから、むふー! むふー! とうるさくて仕方がない。


 通常業務も手に付いていなかったようだ。

 観星院の職員から、タルビッキが働かないと、何故か私へ苦情が来た程だ。


 彼女は大を成すのは己ではなく、絶対に我が子であると固く信じている。

 だから、ミルティアを無理矢理に連れてきたのだ。


 一方の娘は、ぽけ~……っと、星空を眺めている。

 その様子は、目を開けながら眠っているのではないかと思える程に、のんびりとしたものだった。


「お星様、綺麗……」


 将来の星読みならばしょっちゅう空を見上げているだろうに、そんなことを云っている。


 王妃様のお命が掛かった重責だと、微塵も理解していないようだった。

 いや、実際に理解出来ていないのだろう。


 なにせ、ミルティアはまだ四歳。

 読み書きもまともに出来ない幼子なのだ。


 この場におわすシーラ姫殿下などは去年の二月の時点で、既に十級魔導免許を満点で手に入れているが、比べるのは、あまりにも酷だろう。

 私だって四歳の時に文字を書くのは無理だったのだし。


(全く、マルヘリート殿は、何を考えてアホカイネンなんぞを指名したのであろうな?)


 王国所属の星読みは、タルビッキを含めて、僅か三名。

 この王都に二名と、別の場所にひとり。


 遠方にいる者は距離の関係で呼べないとしても、わざわざハズレを望むことも、あるまいに。


「タルビッキ様の星読みとしての力は、確かに、そう強いものではありません。あまり当たりませんからね。ですが、数少ない『当たり』を引いた時は、重要なものを見ることが多いのです。私は、それにかけるべきだと思いました」


 背の高い女魔術師は、私の疑問に、そう説明した。


 あまり外に情報が出ないようにされているが、彼女はリュネループだ。

 魔術を得意とする三大種族のひとつ。額に第三の目を持つ、別種族。


 普段はヴェールで顔を覆って韜晦しているが、もの凄い美人であるらしい。

 尤も、その顔を見た人間は多くはないのだが。


 マルヘリート殿を深く信頼するシーラ姫殿下のお言葉で、今回の星読みはタルビッキになった訳だ。


「しかし、パウラ様がこうして観星亭に来られる程に復調してくれて良かったですね」


 マルヘリート殿は、王妃様とも親しい。

『ママ友』なのが、その理由だと云っていたが、私にはサッパリわからない。


「ええ。こうしてシーラと星空を見ることが出来て、私は幸せです」

「これからも……! これからもです、お母様! わたくしは来年も再来年も、その先もずっと。こうしてお母様と夜空を見たいのです……!」


 王妃様の命は、保って三月(みつき)と診断されている。

 去年の暮れから、急速に病状が悪化したのだ。


 姫殿下はご母堂を救うための方法を、昼夜問わず懸命に探しているのだという。


 たとえ一時の復調であるとしても、今日、この瞬間だけは、安らいだ時間になって欲しいものだと切に願う。


 ――しかし、空気の読めないバカ者もいる。


「えっと……? 王妃様、全くの健康に見えます、よ……?」


 ミルティアは、ぽけっとした瞳を重病人に向けた。


 瞬間、空気が凍り付く。


 だから、一時的に復調しただけだと話しているだろうに!


 王妃様は怒ることなく苦笑している。外見通りに慈悲深い方なのだ。

 シーラ姫殿下も怒ることはなかったが、どこか悲しそうに目を伏せた。


 しかし護衛のエルマと世話役のゾイは、露骨にミルティアを睨み付ける。


 このふたりは、王妃様と姫殿下が、いかに苦しみ、そして苦労しているのかを知っている。

 相手が子供でなかったら、怒鳴りつけていたかもしれない。


 そして、アホの子が、もうひとり。


「大丈夫です! 王妃様をお救いするための私たち星読みです! 今日、この場で、きっと奇跡が起きますよ! 安心して下さい!」


 鼻息も荒く云い切るタルビッキの姿に、私は頭を抱えた。


 この根拠無き自信は何なのだろうか? 相手は死病なのだぞ?


(くそッ……! 一応の上司として、後で私が王妃様と姫殿下に謝罪せねばならないではないか!)


 矢張りアホカイネン親子は連れてくるべきではなかったのだ。

 今更ながら、直前で逃亡した院長を羨ましく思う。


 マルヘリート殿が、そんな私の肩を叩いた。


「……コゥバス亭長様。今は彼女たちに期待しましょう。落ち込むのも怒るのも、その後で良いのです。ひょっとしたら、奇跡が起こるかもしれませんから」


 ヴェールの向こう側で、一体全体、彼女はどんな表情をしているのやら。


 しかし、既に賽は投げられた。

 私に出来ることは、本当に、なにがしかの希望を見つけてくれることを願うのみ。


「それでは、これより星読みの儀を始めます……! ふふっ……!」


 ドヤ顔と云うのだろうか? 

 思わずビンタしたくなる表情で、タルビッキが告げる。


 かくして満天の星空の下。


 王妃様を救うための儀式が始まったのだった。


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