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妹のいる生活  作者: むい
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第百五十三話 母と娘と


 扉の向こうの声は、確かに村娘ちゃんのものだった。


 遠慮がちで。

 迷惑になりはしないかと不安気で。


 でも――それでも、お母さんに会いたくて。


 複雑な感情が、ないまぜになったかのような、声。


 王妃様は、俺たちを見る。

 この人もこの人で、愛娘に会いたいのだろう。


 どこか縋るような、哀願するかのような目だ。


 流石に、それを阻む気にはなれない。

 けれど、俺たちのことを喋られても困る。


 そこで俺は人差し指で「しーっ」のポーズを取ってから、エイベル共々、ベッドの下に潜り込んだ。

 凄くどうでも良い話だが、王宮の天蓋付きベッドの下に隠れた平民って、俺がこの国で最初だったりするんだろうか?


 潜り込む刹那、エイベルはちいさく指を鳴らした。

 すると眠りの粉の効果が打ち消され、夢の世界へ旅立っていたメイドの少女が目をさます。


 これで環境は、俺たちが忍び込む前と同じになったわけだ。

 黒づくめな師弟コンビの真上で寝転がっている、王妃様の健康状態以外は。


「ゾイ、シーラを入れてあげて下さい」

「え? あっ!? は、はい。かしこまりました」


 メイドさんの名前は、ゾイと云うらしい。今の今まで眠っていたからか、戸惑うような気配がある。


 そして初めて明確に耳にする、村娘ちゃんの本名。

 一応、知識としては知ってはいたが、改めて聞くと、ちょっと驚く。


 一方もうひとりの覆面は、そんなことには動じない。たぶん、興味もない。

 淡々とした様子で、ベッドの下に消音魔術を展開している。


「……これで、ここでも会話が出来る」


 会話と云うか、俺としては、うっかり声をあげてしまったとしても気付かれなくなるのが、ありがたい。


「失礼致します。お母様、お加減はいかがでしょうか?」


 村娘ちゃんは、入り口に佇んでいた。

 広い部屋なので扉からベッドまではそれなりの距離があるが、彼女は近づこうとしない。


 たぶん、それが出来ないのだろう。

 王妃様は魔力の影響を受けると痛みが走ると云っていたから、病状を悪化させるのを恐れているのかもしれない。


 そしてこの第四王女様、視力強化の魔術が使えるらしい。

 母を見るその表情に、大きな安堵が浮かび上がった。


 その様子は、今にも泣き出しそうな程だった。


「お母様、今夜は、顔色が……!」

「ええ。今は、とても調子が良いの」

「あああ、良かった……! お母様が、笑って下さっています……!」


 泣き出しそうどころか、本当に泣いてしまった。

 お母さんのこと、大切で大好きなんだな。


「シーラ、もう少し、こちらへ来て?」

「ですが……! わたくしが近づけば、お母様は……」

「云ったでしょう? 今は調子が良いの。だから、貴方の笑顔を見せて欲しいの」


 王妃様はたぶん、穏やかに笑っているんだろうな。

 そして、愛娘にも、泣き顔よりも笑顔でいて欲しいのだと。


 村娘ちゃんは遠慮がちに近づく。

 けれど、その歩みは、二歩、三歩で止まってしまう。


 無理もない。彼女の中では、母親は命に係わる重病なのだ。

 せっかく調子が良いと云っている王妃様の状況を悪くしたくはないのだろう。


(俺が口止めを頼んだせいで、お母さんも歯がゆいだろうな)


 流石に『今治った』と云われるのは困るが、ずっと隠すなんて出来る訳もないし、それを強いるのも残酷だ。


 うむむ……。

 何か良い手立てはないだろうか……?


 王妃様も俺たちを気遣ってか、それ以上、近づいてくるようには云わなかった。

 メイドさんが椅子を出し、村娘ちゃんを座らせる。


「お母様、三日後も調子がよろしいようならば、観星亭へと参りませんか?」

「観星院へ? 星を見たいの?」


 観星亭と云うのは星の運行を観測し、記録する場所――地球世界で云う天文観測所に近い。

 各種山頂や砦の他、王城の内部にも設置されているらしい。


 観星院は王国の機関で、前述した観星亭を有し、天空の状況から未来を予測しようとする組織のこと。


 一番有名で役に立っているのが、天気予報。

 つまり気象予報も司っているわけだ。


 しかし、ここは魔術のある世界。

 天体観測や天気予報だけで終わるわけもない。


 愛しき我が故郷、日本にも、かつては天文道だ宿曜道だと星に係わる呪術体系があったが、この世界の観星院に所属する人間も、その殆どが魔術師である。


(この間トルディさんが持ってきてくれたスカウト用のパンフレットの中にも、観星院の小冊子があったな、そう云えば)


 通常の観星()は、あくまで魔術が使えるだけの天文観測員であり気象予報士であるのだが、中には本当に『星の魔術』の専門家がいるようだ。


 一方の名を――星読み。


 司るのは地球でもおなじみの『占星術』。ようは、星占い。


 しかし地球のそれと違って、魔術として成立しているので、発動した場合、その情報は確度が高くなる。


 この辺、『第六感』に似ている。

 必ずしも『見える』訳ではない。けれど、嵌れば未来に大きく干渉できる。


 なので強力な星読みは、どの国も喉から手が出る程、欲しがられると云う。


 そしてもう一方が、星辰(せいしん)術士。


 単純に星術士とも云われる、星の魔術の使い手たち。

 星の力を宿し、星の力を行使する特別な魔術師。


 普通の魔術師に得意属性があるように、星辰術にも『守護星』という属性に似たものがあるようだ。

 当然、当たり外れも。


 エイベル曰く、


「……少なくとも、『太白(たいはく)』と『北辰(ほくしん)』の星術士は、明確に強いと断言出来る」


 うちの先生にここまで云わせるのは、普通に凄いことだと思う。


 ただし、どちらも会ったことがあるのは一回だけであるらしい。

 長命のこの御方であってもこれだから、俺に係わることはないだろう。


 さて、村娘ちゃんだ。


 どうやら彼女は、観星亭にお母さんを連れて行きたいらしい。


「三日後の夜は満天の星空であるようです。きっと、綺麗だと思います」


 彼女の言葉は、頑張ってお母さんを元気づけようと云う意志が感じられた。

 矢張り、治療方法探しは上手く行っていないのだろう。

 続けて発せられた言葉には、多少の弱気さがにじみ出ていた。


「その……気分転換にもなりますし、もしかしたら、治療方法が『見える』かもしれませんし」


 もしかしたらという云い方をするってことは、この国の星読み、あまり能力が高くないのかもしれない。

 或いは、単純に存在しないのか。


(これは気分転換のほうがメインかな?)


 もしくは、少しでも思い出を作りたいのだろうか。

 まだ五歳だもんな、村娘ちゃん。


「もちろん、お母様のお加減がよろしかったらです。お身体に障ることがないよう、極力、魔術師の皆様にはご遠慮頂きます」


 極力、であって全部ではないようだから、矢張り星読みか、その代役はいるのだろうか。

 単純に護衛の人のことかもしれないが。


 愛娘の懸命な提案に、王妃様は答える。


「……そうね。私も、貴方と一緒に星を見たい。母親らしいことを、これまで何も出来なかったから……」

「そのようなことを、仰らないで下さい! お母様は、世界一素敵なお母様です! わたくしは……シーラはいつでも、そのことに感謝しております……!」


 村娘ちゃんは、また泣いてしまった。


 本当に王妃様が大切なんだな。

 治療できて良かったが、なんとかそれを表に出せるようにしてあげたいな。


「ごめんなさい。私の云い方が悪かったわね。ええ、一緒に、お星様を見ましょう。もしかしたら神様が、素敵な奇跡を授けて下さるかもしれないから」


 それは、娘を元気づけるための言葉だったのだろう。


 けれども俺とエイベルは、同時に顔を見合わせた。

 どうやら、同じようなことを閃いたらしい。


「エイベル」

「……アル」


 それはきっと無理矢理なこと。

 そして、危ういこと。


 それでも、実現させて良いはずだ。


 ただただ互いを思い合う母娘に、素敵な奇跡があっても、良いはずだ。

 このふたりに、幸せな未来をあげるのだ。


 だから、俺は呟いた。


「神の奇跡を、でっち上げよう」


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