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妹のいる生活  作者: むい
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第百五十一話 美しきもの


 扉の前に来たエイベルは、匂い袋のような、ちいさな巾着を取り出した。


 中身は高祖様が手ずからつくりだした『眠りの粉』。

 これを風の魔術で、内部へ運ぶ。植物に詳しいってのは便利だね、全く。


 消音の魔術を使ってから、扉を開ける。


 中はかなり広かった。

 村娘ママが病気だからなのか、この場でいつでもお世話が出来るように、簡易キッチンや流しまである。

 そしてその傍では、世話役と思われるメイドの少女が眠っていた。


(効果覿面だ)


 流石はマイティーチャー。


 天蓋の付いたベッドへと近づく。

 そこには、ひとりの女性が静かに横たわっていた。


 当然のことながら、とても若い。

 うちの母さんもまだ二十一だし、きっと大差ないはずだ。


(村娘ちゃんに似て、もの凄い美人だね)


 この人が母親で間違いないだろう。

 無関係だったら、却って驚くわな。


「……失礼しますね~……」


 そっと掛け布団をめくる。


「……っ!」


 ――そして、固まった。


 女性には、手足がなかった。


 品の良い寝間着で身を包んではいるが、四肢の部分は、すべてがぺちゃんこで。


 四カ所とも欠損しているのは、明らかだった。


「驚かせてしまいましたか? ちいさな侵入者さん」


 女性は、突然声を出した。穏やかな口調だった。


(起きている……!)


 眠りの粉が効いていないのだろうか?


「私は、魔力に関連する病を患っています。だから魔術を使われると、激痛で目がさめてしまうのです」

「……そう。そう云うこと」


 エイベルが呟く。

 何かを理解したのだろうか。


 現時点で俺に分かるのは、風の魔術の影響で却って目をさましたらしいということだけだ。


「貴方達は、何者ですか? 物取りにも、暗殺者にも見えません。いいえ、そもそも、悪い子にすら」

「い、いや……。不法侵入は完全に悪だと思いますが……」


 いかん、思わず、素で返してしまった。


 すると女性は、品よく笑う。


「ふふふ。そうですね。では、目的をお訊きしても? 悪い子のボクたち?」


 ううむ。

 まだ若いだろうに、マイマザーよりも包容力があると云ったら、うちの母さんに、おしおきを喰らいそうだ。


 しかし、黒づくめの不審者を前にして、随分と肝が据わっているな。

 俺が彼女の立場だったら、絶対に戸惑うと思うんだが。


 俺はお師匠様に駆け寄って、小声で話しかけた。


「え、エイベル、流石にこのまま話すのはマズいよな!? 改めて眠って貰うしか……」

「……話を訊いてから決めて良いと思う。問題が生じるなら、私が手を打つ」

「ま……。まあ、あんた程の実力者が、そう云うのなら……」


 覆面の侵入者ふたりを、王妃様は穏やかな笑顔で見つめている。


「あのぅ……?」

「何かしら?」

「俺たちのこと、怪しいとは思わないんですか?」


 俺の言葉に、村娘ママンは苦笑する。


「だって、貴方達がここに来たのは、きっと私の娘が無理を云ったからなのでしょう?」

「えっ……?」


 確かに俺は村娘ちゃんが心配でやって来たが、別段、治療を頼まれてはいない。

 そもそも、あの子は俺やエイベルが村娘マザーを治すことが出来ることを知らないのだから。


 しかし目の前の美人さんは、そうは考えていないようだった。


 ちいさな王女様は、自らのお母さんの命を救うため、あちらこちらに手がかりを求めている。

 それは当然、この人も知っているのだろう。


 俺たちが訪れたのは、その『結果』。


 つまり、『自分になら治せるはずだ』と思い込んだアホな子供が押しかけてきたのだ、と、勘違いされているのかもしれない。


(『いえ、無関係です』と答えて、改めて不審者認定されるよりも、乗っておいたほうが良いのかな?)


 俺の逡巡を肯定と取ったのか、王妃様は頭を下げてしまった。


「娘の我が儘に巻き込んでしまって、申し訳ありません。ここへ来たと云うことは、貴重な薬を所持しているか、浄化の魔術が使えるのでしょう? けれど、私が治ることはありません。 騒ぎにならないうちに、帰った方が良いでしょう」


 諭すように、村娘ちゃんのお母さんは云った。その瞳に、治療への信頼や希望は、ひとかけらも見えない。

 そりゃあ、こんなちっこいのふたりに難病が治せたら、世話はないわけで。


「……ひとつ訊きたいことがある」


 その時、エイベルがスッと前へ出た。


「……四肢の欠損は、貴方の意志? それとも、娘の方?」

「ちょ、エイベルッ!?」


 手足なんてデリケートな問題を、躊躇無く。


 それにしても、質問の意味が分からない。どういう事なんだろうか? 

 今問う理由も、同様に。


 しかし、王妃様はうちの先生の唐突で不躾な質問にも、特に機嫌を害した風でもなく、こう答えた。


「あの子は生きることに懸命だった。……それだけです」


 どういうことなのだろうか? 

 この人は、エイベルの質問の意図を完全に理解しているようだが。


 俺が説明を促すと、エイベルは無表情のまま、淡々と云った。


「……あの少女の強大な魔力と、この女性の魔素包融症、そして四肢欠損は、全てが同じ理由」

「えぇっ!? ど、どういうこと!?」


「……云い換えれば、全てが同じ魔力」

「えっ」


 それって、つまり。

 この人の中に溜まっている魔力の出所は……。


「あの子は……天才でした。魔力に関する能力と、そして危機を回避する能力が、産まれる前から充分に」

「産まれる――前、から……?」


 王妃様は静かに頷く。


 その後を、エイベルが引き取った。


「……あの少女は、第六感を持つ」


 シックスセンス!? あの、危機回避能力の?


「……アルは、フィーが産まれる前に、その意識に触れている」

「え? あ、うん。それは今でもよく覚えているよ」


 痛い、助けて。

 母さんのお腹の中にいた頃のフィーは、俺に確かにそう云ったのだ。


「……あれは言葉ではなく、魂そのものの叫び。普通はそれでも、どうにもならない。知識も知能も、ないのと同じだから。どうすれば良いのか、分からない。分かるはずがない」


 けれど、とエイベルは続ける。


「……本能的に、『魔力を放出すれば助かる』と『感覚』で気付いてしまえれば、話は別」

「放出って、まさか……!?」


 ちいさなエルフは淡々と頷いた。


「……行き場のない魔力を、無意識で、しかし、正確に射出すれば良い」

「じゃあ……。じゃあ……! その人の手足は、内部から吹き飛んだのか! 胎児自らの選択によって!?」


「……腹を吹き飛ばさないと云う選択も含めて、あの少女の持つ第六感は、極めて精度が良いらしい。異常な魔力量を持つこと。それを制御するだけの能力があること。そして、第六感を持つこと。そのいずれかが欠けても、母子共に生存はなかったはず。ある意味で、フィー以上のレアケース」


 俺は愕然として王妃を見つめた。

 彼女は、静かに微笑していた。


「付け加えるなら、大勢の医師が待機していたことも、私には幸運でした。血止めと治療が間に合いましたから」

「幸運、ですか。それを、幸運と云うのですか」

「ええ、それはもう。あの子を失わずに済みましたし、こうして私も生き延びましたから。幸運と云う言葉以外に、適切な表現があるとは思いません」


 女性は、誇らしげに頷いた。


 彼女には、まず第一に娘の生存を喜ぶ心があった。

 次に、自らの生存を喜んでいる。


 そこに、恨み言も手足を失った慟哭もない。

 ひとりの母親として、我が子の誕生を単純に誇っている。


(強い人だ。それに、綺麗な心の持ち主なんだ……)


 敬意を払うべきなのだろう。こういう心の輝きを持つ人物は。


「娘さんは、当然、貴方の手足が失われた原因を知っているのですよね?」

「気にしなくて良いと、私は、そう云っているのですが……」


 王妃様は、品の良い苦笑いを浮かべた。


「あの子が免許試験で好成績を続けていることは、知っていますか?」

「あ、はい……。現在、六級試験まで、全てが満点の最年少合格ですね」

「あれは、私のためなのです。私のために、昼夜を問わず、勉強を続けているのです」


 この人のため……? 


 それは、治療手段の確立でも目指しているのだろうか? 

 医師を目標にでも掲げているのだろうか?


「いえ。あの子が目指しているのは、初段位の『魔道具技師』です」

「魔道具! 魔道具技師ですか?」

「……あの子の目的は、私の身体を補うこと。私に、新たな手足をプレゼントする事なんです」


 つまり、義手や義足を魔道具として作り上げるつもりなのか。


 それは単なる手足の形をした代理器官ではないのだろう。

 最低でも、自らの意志である程度は動かせるような。


「義手に感覚を持たせたいと、あの子は、そう云っておりました」


 確かにそれは、魔道具でなければ不可能だ。

 しかし、現在の魔道具に、そこまでの技術はない。


(ああ――だからか……!)


 あの子が広大な知識を有すること。

 多くの言語を学んでいること。

 優れた魔術師の条件を、『資質』ではなく、『努力』と表したこと。


 全部が全部、ここに繋がるのか。


 大切な母親を助ける為に。

 大切な母親に、贈り物をするために。


 恵まれた才能にあぐらをかくのではなく、常に努力し、知識を求め続けねば、決して母親は救えない。

 だから、あの子は、あんなに頑張るのだ。


「……良い娘さんですね」

「ええ。あの子は、私の自慢です」


 俺の感想が嬉しかったのか、王妃様は笑顔で何度も頷いた。


 村娘ちゃんは確かに、この人の持つ『美しいもの』を継いでいるのだろう。


 見た目ではなく、精神が。

 きっと、この人に近いのだ。


「あの子に無理はして欲しくない。でも、せめて腕は欲しいなと思ってしまいます。欲張りですね、私は」

「そんなことはないですよ、腕が使えれば、色々便利ですからね」

「あ、いえ。不便だからではなく……」


 彼女は自分の身体を見おろして、照れくさそうに笑う。


「私に腕があれば――あの子を抱きしめてあげられますから」


 どこまでも我が子を第一に考えるこの人の笑顔を、俺は心底、『美しいもの』だと思った。


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[気になる点] 「え、エイベル、流石にこのまま話すのはマズいよな!? 改めて眠って貰うしか……」 「……話を訊いてから決めて良いと思う。問題が生じるなら、私が手を打つ」 「ま……。まあ、あんた程の…
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