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妹のいる生活  作者: むい
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第百四十九話 魔素包融症


「え、それじゃあ、村むす――もとい、第四王女様が、直々に商会へやって来たの?」


「平民服に身を包んでの完全なお忍び形態でしたが、間違いありません」


 訓練終了後。

 休憩時間に、ヤンティーネがそう告げた。


 妹様は俺に一生懸命マッサージを施してくれている。


 体力もだいぶ付いてきたので、六月に六歳の誕生日を迎えた後は、エイベルとティーネがいよいよ俺に武器術を教えてくれるそうだ。


 取り敢えずは、予定通りに剣と槍。それ以外は様子を見ながら、となるらしい。

 まあ適性が実は弓だったりする可能性もあるわけで、主要武器を一通り試してみるより他にないからね。


 で。村娘ちゃんの話だ。


 冒頭の会話でもあったように、なんと彼女が直々にショルシーナ商会へやって来たらしい。


 目的はもちろん、奉天草。

 商会にも、どこにもない、伝説の薬草だ。


「それで、どうなったの?」

「どうと云われましても。かの薬草は実際に在庫がありませんので、どうしようもありません。まあ、仮に存在しても、譲ることはないでしょうが」


 ただ――とティーネは続ける。


「幼い少女が実母のために泣きながら何度も頭を下げる姿を見るのは、忍びないですね」


 そうか。村娘ちゃん、お母さんの為に……。


 六級試験の日――。


 村娘ちゃんが語った病。

 魔素包融症。


 病名を出していた以上、彼女の周囲の誰かが罹病しているんだろうとは思ったが、母親か……。


 俺は母さんを見つめた。

 イスに座ったままの母上様は、機嫌良さ気にミアと談笑している。

 それは、至って平穏な風景だ。けれど、望んでも手に入らない者もいる。


 俺は試験の後、エイベルに魔素包融症とやらがどんなものなのか、訊いていたのだ。

 村娘ちゃんから、頼まれていたことだから。


 エイベルは、こう云った。


「……あれは病気と云うより、現象に近い。最も似た症例を探すなら、リュシカの出産のケースを思い浮かべれば良い」

「それって、フィーがお腹にいた時の?」

「……ん。高濃度の魔力が肉体を壊し、溶かす。病ではなく、魔力によってもたらされる現象。マグマが体内に入ってしまえば、焼け溶けて死ぬのと同じようなもの」


 それは、どれ程の苦痛なのだろうか?

 幸いにしてうちの母さんは早期発見出来た上に、俺とエイベルのふたりがかりで魔力を除去できたが。


「治す方法は?」

「……あの時も云ったように、リュシカのケースでは助ける手段がない。アルがいなければ、あの子はフィー共々、死んでいたはず。対して魔素包融症ならば、確かに奉天草ならば治せると思う。薬師の技量次第だけれど、献地草でもいけるかもしれない」


「魔素包融症と母さんのケース、両者の違いは?」

「……魔力溜まりが体内にあるか、魔力の発生源そのものがあるか。シンプルで、けれど、決定的に大きな違い」


 発生源がある母さんの場合だと、母子共に必ず死んでしまう。

 一方、魔素包融症の場合は、体内にある魔力の量によって、症状の重い軽いが変わってくるらしい。


 当然、軽ければ軽い程、死からは遠ざかる。だから場合によっては、死なない人もいるのだとか。

 ただし、長期に渡って高濃度の魔力に晒されていると、当然、身体は壊れていく。


「発症の条件は?」

「……人為的に引き起こされない限り、明確な条件は不明。ただ、発症には様々な原因が見て取れる。本人が魔力の影響を受けやすいパターンもあれば、自らの魔力が長い時間を掛けて溜まって行き、腫瘍のように変生するケースもある」


 そもそも、魔素包融症自体が、かなりレアなものらしい。つまり、データが少ないのだと。


「なんにせよ、奉天草が無ければ治せないし、薬草を手に入れても、エイベルクラスの薬師がいないと無理って事だよね?」


「……普通ならば、そう。けれど、今ならば、もうひとつだけ解決策がある。それも、極めて成功率の高い方法が」

「えぇっ!? そんなものが、あるの?」


 薬草&エイベル無しで乗り切れる。

 そんな都合の良い方法が、一体どこに――?


「……ん」


 細くて綺麗な白い指が、俺を指し示した。


 え? 俺?


 入り込んだ魔力……。

 母さんのケースに似ている……。


「あ!」


 そう云うこと、なのか……?


「……アルは魔力そのものに干渉すると云う、破格の能力を有する。通常ならば除去不可能な魔力溜まりも、貴方ならば排除は可能なはず」

「行けるのか、俺で?」

「……患者の状況は不明だけれども、最低でも数ヶ月、長ければ年単位に渡って生存している。この状況から、対象はリュシカの時のそれよりも軽症だと思われる。ならば、アルになら出来るはず」


 そうか。俺は彼女を助けることが出来るかもしれないのか。


 しかし、問題がある。


 ひとつは試験会場でも呟いた通り、連絡を取る手立てがないこと。


 そしてもうひとつ。

 それは、エイベルの存在が露見する可能性があることだ。


 村娘ちゃんの立場ならば、きっと多くの人に治療のための助言を訊き求めたはずだ。

 幻の薬草を探したり、ろくすっぽ親交のない俺に手がかりを求めるくらいだから、ずっと手詰まりであったに違いない。


 なのにポンと解決策が出て来たとなれば、きっと、うちの師匠がただのエルフではないと思い至るだろう。なにせ、あの子は聡いのだ。


 それは出来ない。

 そうなってはいけない。

 俺にとっての優先順位は、大切な家族たちだ。


 ノーリスクで救ってあげられるなら兎も角、自分の周囲を騒がしくしたり、エイベル、ひいてはエルフ族そのものに迷惑を掛けてしまうのは、何を置いても避けねばならない。


 だから、その時に出した結論は、こうだった。


(少し様子を見よう)


 結局、連絡手段もわからないのだし、症状の重さもわからない。次の五級試験の時にでも、改めて話をすればいい。

 六級試験終了の折りに、俺はそう考えたのだった。


 ――そして、現在だ。


 今になって村娘ちゃん本人が商会へ出向いて来たのだから、おそらくお母さんの健康状況が悪化したのだろう。


 ティーネは『泣いていた』と云った。

 六級の時は気丈に振る舞っていたのに、それすら出来ないのだ。病状は重いと考えねばならない。


 救ってあげたい。

 けれど、一切を秘密にしたい。

 そんな上手い手があるわけがない……。


 俺がそうしてぐだぐだ考え込んでいると、可愛い先生が、ちいさな掌を頭の上に乗せてきた。


「エイベル?」

「……アルは、見ず知らずの、親しくもない他人を救いたいの?」

「出来るなら、助けてあげたい。でも、色々なことが露見するのは困る」

「……なら、こっそりとやればいい」

「こっそり? 一体全体、どうやって?」


 俺が問うと、ちいさな先生は無表情のままで、事も無げにこう云った。


「……私とアルで、王宮に忍び込む」



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