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妹のいる生活  作者: むい
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特別編・チョコ曜日は最悪です


「諸君! 今年も、この日が来てしまった……!」


 集会場には、異様な熱気が充満していました。


 見渡す限りの、男、男、男!

 彼らの瞳にはギラギラとした不穏な炎が輝いています。


「我々、カカオ天誅組は、今年も富の不均衡を糾し、不当にチョコを貪る愚か者に正義の鉄槌を下さねばならぬ! これは大神が認めたもう、絶対の善にして秩序の構築である! 我らは今こそ立ち上がり、貧富の差を是正せねばならない! チョコを貰う者は悪である! チョコを自慢する者は悪である! 邪悪を倒せ! 愛を取り戻せ! 天誅組万歳!」


「天誅組、万歳!」

「富の不当な独占を許すな!」

「カップルは血祭りだ!」


 気勢を上げているのは、『天誅組』と称する迷惑集団です。

 主にバレンタインやクリスマスに出没し、恋人たちを襲撃する変人たちなのです。


「おお! 同志ミィス、来てくれたかッ!」


 失礼なことを云いながら、リーダーが私に近づいてきます。


「誰が同志ですか、誰が。高貴なハイエルフである私と、モテないあなた方とを一緒にしないで下さい!」

「我々はモテないのではないッ! 時節が到来していないだけだ! そして、同志ミィス。千年近く生きていて、タダの一度も縁談が来たことがない、類い希なるハイエルフよ! 我々はキミの組織参入をいつでも歓迎する! その優れた魔力があれば、より多くの痴れ者共に、天誅を加えることが出来るのだからな!」


「金属生成、金ダライ」

「ぷぎゃッ!」


 無礼で下等な人間が、地に倒れ伏しました。


 挨拶が遅れましたね。

 こんにちは、ミィスです。

 ハイエルフの中でもトップクラスに美しいと噂されている出来る女です。


 今日はハイエルフを名乗る鬼である、ショルシーナ商会長の命令を受け、天誅組の手綱を握りにやってきました。


 毎年の恒例行事ですが、この天誅組を名乗るモテない男の集団は、そこかしこで暴れます。


 当商会もバレンタインはチョコを売り出すので、こういう連中が騒いだり乗り込んでくると、とても迷惑してしまいます。

 安心して買い物できる環境を整えることも、商会員の勤めですからね。


 本日の朝。

 あの鬼畜生は、私にこう云いました。


「この時期はいつにも増して忙しいの。だから、ミィス。アレの対応、貴方が行ってきなさい」


 だからって何ですか、だからって! 

 いくら商会長でも、無礼が過ぎますよ!?


 しかし、この迷惑集団の排除は、誰かがしなければならないのも事実。

 今年は私にお鉢が回ってきたのだと、諦めるより他にありません。


(と、云うか、殲滅したほうが早くないですかね?)


 そのほうが後腐れもないと思うのですが。


 天誅組の構成員たちは、皆、怪しげでローセンスな覆面を被っています。

 しかし、知り合いだったりすると、マスクの下が誰なのか、一目瞭然です。


(あれは魚屋の店主。向こうにいるのは鍛冶屋の跡取り息子。あっちにいるのは、学術協会の会長ですね……)


 この国、もう駄目かも知れません。


「良いですか、リーダー。貴方達が嫉妬心を拗らせて凶行に及ぶのは自由です。ですが、商会の傍はやめて下さい。せめて当商会のライバル店の近くでお願いします」

「流石は同志ミィス。相変わらず身勝手で薄汚い心の持ち主よな……」

「失敬な! 私の心は鏡面の如く。聖湖の湖水よりも澄んでおりますよ!」


 しかし、と彼は吼えます。


「我らの裁きに、場所柄は関係ないのだ! 憎むべきは天下の往来でイチャつくカップルであり、周囲をドン引きさせるアベック共である!」


 アベックって……。


「我らは怨嗟の声より産まれし闇の落とし子! 生きとし生ける全ての者達に平等なる幸福をもたらさんとして戦う、聖戦士である! 何人(なんぴと)たりとも、その歩みを妨げること許さん! たとえそれが、『千年モテない女』であるとしてもだ!」


 決めました。殺します。


「金属生成、トゲ鉄球!」

「に、逃げろーっ! モテない女が、拗らせて八つ当たりを始めたぞーっ!」


 ああ、はい。

 ヒラ隊員まで、そんなことを云いますか。

 皆殺し決定ですね。


「金属生成、鉄の杭」


「ひいっ! 出られないッ!?」

「知らなかったのですか? いい女からは、逃げられない」


 集会場の扉と窓は、厳重に封鎖しました。

 生きては帰しませんよ?


「ま、待て……! 話せば分かるぞ、同志ミィス! 我らの目指す場所は、同じなはずだ!」

「図書館と処刑場くらい違いますが。それでは、殄戮(てんりく)を開始します」


 そして、殲滅が完了しました。


 構成員の半数が壁や床にめり込んでおり、のこりの半数は馬車に潰されたヒキガエルのように突っ伏しています。


「む、無駄だ、同志ミィスよ……。我らは個にして群……! 私を倒したとて、この世に愛の独占、寡占があるかぎり、第二・第三の私が現れる……! 故に、我らは滅びぬ! 何度でも蘇る……ッ! クリスマスとバレンタインがあるかぎり、我々は……! ぐふっ……!」


 リーダーは、まだそんなことを云っています。アホですね。


「そう云う主張は、ブタ箱の中でいくらでもやってください。貴方達は、残らず官憲に突き出しますので」

「そんなー」


 ええ、残らず出荷しますとも。

 この場にいる者だけでなく、集会場に来ていなかった残党も。


 私は残りをすり潰しに、外へと出ました。


※※※


「あ、おかえりミィス。今年はあんたが駆除当番だっけ?」

「ええ、まあ。最悪でしたが」


 商会へ戻ってくると、同僚のハイエルフが呑気に声を掛けてきました。


 寒空の中、正義のための駆除に頑張っていた私と違い、この娘は暖かい商会内で、ぬくぬくと簡単な仕事だけをしていたのです。

 不公平と云うべきでしょう。


 残党を処理して歩いて、事前調査していたよりも、人数が多いことに驚きました。

 彼ら、去年よりも勢力を増しているようです。

 人の集まる王都だというのに、世も末ですね。


 アホ集団を誅戮(ちゅうりく)して回るよりも、その時間、呑んでいる方が遙かに健全というものです。

 むなしい労力でした。


「あそ。じゃあ、今、暇でしょ? 私、今日、残業だから手伝って行きなさいよ?」


 この娘は毎度毎度……! 

 一体、私を何だと思っているんでしょうか?


「彼氏持ちは今日は残業しないからねー。人手が足りないの。その辺、あんたなら、安心でしょ?」


 ここにも殲滅すべき対象がいたようです。


 断っておきますが、私はモテないのではありません。

 時節が到来していないだけなのです。


「はい、いいから、口開ける! あーん」

「何ですか、一体。むぐっ……!?」


 放り込まれたのは、チョコでした。

 表面は甘く、しかし内部には、私の好物が入っています。


(ウィスキーボンボン……!)


 ああ、やっぱりこれですよ! 

 アルコール最高です! 

 酒なくして、何の人生か!


「貴方が買ったんですか、これ?」

「うん。売れ残り品ー。商会長に頼んで、更に安くして貰った」


「意外ですね。あげる相手がいるのですか」

「いたら残業するわけないでしょ? それ、報酬の先払いだから」


「は?」

「だから、残業よろしくねー?」


 いけしゃあしゃあと、同僚は片目を閉じました。


 矢張りバレンタインは悪……! 抹殺すべきです!


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― 新着の感想 ―
[一言] そういえば商会長、副会長は何歳なんですかね? ミィスよりも年上なんでしょうか? いつも応援しております。
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