第百四十八話 フィー、雪に挑む
「寒ッ……!」
明け方なのに、寒すぎて目がさめた。
こんな時でも幸せいっぱいの表情で眠っていられるフィーと母さんは、素直に凄いと思う。
夏場は少し苦しいが、真冬のフィーは最高の抱き枕となる。
いや、湯たんぽと云うべきか?
とにかく、柔らかくて温かい。
だから、どちらが抱いて寝るか、マイマザーとは争いになる。
昨夜の俺は、クレーンプット家長女の取り合いで、母さんに敗れた。
その結果が、これだ。
今日は一段と冷える。
トイレへの道すがら、キンキンになった廊下から外を見て、その理由を理解した。
「雪だ――!」
白。
一面の、白。
雪に埋もれたその世界は、いっそ、幻想的ですらあった。
(昨日は早く寝たからなァ……。直後から、降り始めたのか)
現在進行形で舞い落ちる雪の粒はとても大きくて、日本人なら一目で、「ああ、そりゃあ積もるわ」と呟く類のものだった。
なお、「雪かよ……!」と忌々しげに呟かないので分かると思うが、俺は雪国出身の人間ではない。
前世では道産子の知り合いが、「雪かきも除雪車も大嫌いだ」と吼えていたのを憶えている。
雪なんて、どうあっても好きになれないよと云う言葉も。
まあ、北海道や東北の出身でなくとも、社会人になれば、降雪は嫌いになるものだけどな。
子供に戻った今の身分だと、雪は好きだ。
まだ、ほの暗い空からしんしんと舞い落ちる冷たい綿は、ある種の感動と共にひとつの決意を俺に芽生えさせた。
――そうだ、雪で遊ぼう! と。
※※※
「真っ白! にーた、お外、真っ白! ふぃー、にーた好きッ!」
銀世界と化した庭を見て、妹様がぴょんぴょこと飛び跳ねている。
俺と違って本物の子供だから、はしゃぎ方がハンパない。
明け方まで降っていた雪は既に止んで、冷たいが青くて綺麗な空へと戻っていた。
(そう云えば、フィーは氷雪の園でも、雪に興味を示していたなァ……)
あの時は遊んであげることが出来なかったからな。
今日はたっぷりと構ってやらねばなるまいて。
「フィー、今日はお兄ちゃんと、雪で遊ぼう!」
「――ッ!」
ぴくん、と、マイエンジェルが身体を跳ねさせる。
「にーた、ふぃーと雪で遊んでくれるの……?」
「もちろん。たっぷりと楽しもう」
「や……」
「や?」
「やったああああああああああああああああああああああああああ! ふぃー、にーたに遊んで貰えるううううううううううううううううううううう! ふぃー、嬉しいッ! ふぃー、幸せ! ふぃー、にーた好きッ!」
抱きしめられてしまった。
う~ん、あったかい!
「遊ぶのは良いけど、ふたり共、ちゃんと暖かくしなきゃ駄目よ?」
今年の冬服は、母さんの編んだ毛糸グッズがある。セーター、マフラー、手袋と。
フィーに至っては、毛糸の帽子と毛糸のぱんつも用意されている。
全てを装備し、『もこもこの妖精』と化したフィーは、それはそれは可愛らしい姿だった。
「ふへへへ……ッ! あったかい!」
マイエンジェルは、毛糸装備が気に入ったようだ。
その様子を見て、母さんもご満悦。
「ぬふふ。毎年、作ってあげるのが、お母さんのささやかな楽しみ……! フィーちゃんが編み物を覚えても、ここは譲りたくないわねー」
マイシスターは去年より母さんから編み物を教わっているのだが、まだまだ上手とは云い難い。
絵が上手くないことでも分かるように、どうやらうちの妹様、得意なのは、土をいじることに限られるようだ。
他は、普通の子供と変わらないみたい。
「にーた、にーた! 雪で、どう遊ぶ? ふぃーに教えて欲しいッ!」
「そうだなー……。まずは雪だるまを作ろうかー」
「作る! ふぃー、にーたと一緒に、それ作る!」
と云う訳で、雪をころころ。
大小ふたつの雪玉を作成する。
俺が大きいので、フィーがちっちゃいのだ。
後はそれを乗っけて、雪だるまの素体とする。
外国だと三段重ねが当たり前だが、俺は元・日本人だからな。二段重ねで良いだろう。
頭にバケツを被せ、枝を手に見立てる。目は大きめの枝を適当な形にカットし、火の魔術で焼いて、真っ黒にした。口も同様。鼻はなし。
大雑把だが、これで完成。
「ふぉおおお~~~~っ! にーた、雪精! これ、雪精! ふぃー、見たことある!」
雪精が雪だるまに似ているのか。
雪だるまが雪精に似ているのか。
まあ、どっちでも良いけれども。
(後は、これも絶対必要だ)
穢れない雪から、ちいさな玉を作る。
そしてそれを、雪だるまの頭に乗せた。
帽子代わりの、バケツの隣に。
(これは、あの子)
あの大地を救ってくれた、ちいさな英雄だ。
「ありがとな」
独り言のように呟いて、魔力の籠もった指の腹で撫でておく。
「にーた、何か云った?」
「うんにゃ。次はソリで遊ぼうか」
「ソリ! にーた、いつも曳いてるやつ!」
まあ、本物の雪用ソリは無いんで、麻袋をその代わりにするだけなんだがな。
雪を集めて傾斜をつくって、その上を滑るのだ!
小学生が芝生の斜面を段ボールで滑るみたいにな。
「ふへへ……! にーた、これ、楽しい! ふぃー、しゃしゃーってするの好き!」
やっぱ動いて遊べるものが、妹様の好みのようだな。
「はいはーい! お母さん! お母さんも滑りたいわー!」
何かあるとすぐに童心に返ってしまう母上様が、元気よく手を挙げた。
雪だるま作りや斜面作りには、参加しなかったのに……。
愛娘と違って、あまり身体を動かさないお人だからなァ……。
結局、母上様も交え、ソリ――と云う名の麻袋――で遊んで、雪兎なんかも作ったりした。
フィーはウサギという動物を知らなかった。
そう云えば、うちにある絵本にも出て来てないな。
「可愛い! ウサギ、可愛い! ふぃー、ウサギ好き!」
ハニワだけでなく、こういう普通のものも、気に入ってはくれるようだ。
ちなみに俺は、ウサギならロップイヤーが好き。あの耳が、とても可愛いと思う。
だが――。
「フィーも可愛い!」
「きゃーっ!」
不意打ちで俺に抱きしめられた妹様、大喜び。
(しかし、ウサギか……)
ウサミミフードとか、ネコミミフードとか作ったら、売れないかしら?
でも、獣人とかいる世界でそういうのって、デリケートな問題になったりするのかな?
「にーた、雪、楽しいッ! 色んな事が出来る! ふぃー、雪大好き!」
満面の笑顔だ。
前世で知り合いだった道産子が聞けば、「ねーわ」と真顔になりそうな気はするが。
「アルちゃんアルちゃん、雪遊びと云ったら、他にとっておきのが、あるでしょう?」
「ん? かまくらでも作るの?」
「それも良いわね~。中で暖かいもの食べたくなるわー。でも、そうじゃなくて、もっと能動的なもの」
「ははぁ」
ぴーんと来たね。
それは、修学旅行のマクラ投げと同じ類のもの。
「アレですかい」
「アレよー!」
顔を寄せ合って笑い合っていると、そこにフィーが入り込んできた。
「めー! おかーさん、フィーのにーたとイチャイチャ! めーなの! ふぃーも話聞く!」
「もう。フィーちゃんは、やきもち焼き屋さんなんだから。じゃ、説明するわね?」
そうして伝わる、雪合戦の概要。妹様の瞳に、闘志が灯った。
「やる! ふぃー、それやる! にーたと同じチーム!」
「えー! お母さん、羨ましいわー! じゃあ、私はエイベルと組むわねー!」
傍にいた親友に抱きつく母さん。
「……ん。戦う以上、手加減はしない」
いや、貴方に本気出されたら、普通に死屍累々だと思うんですが、それは。
「ようし、頑張ろう、フィー!」
「ふぃーやる! 勝って、にーたにキスして貰う! ご褒美貰う!」
いつの間に、そんな話に。
「俺たちが負けたら?」
「ふぃーがにーたに、キスしてあげる! ふぃー、にーたを慰める!」
出たな。どちらになっても『結果キス』。
そんな訳で今日も我が家の妹様は、元気いっぱいに雪に挑むのであった。




