第十四話 ガドに師事する
「おら、そうじゃねえ! もっと素材の状態をよく見ろ! 技術だけを追いかけるな!」
神聖歴1204年の五月。
九級合格のプレゼントとしてエイベルから貰った工房で、俺はガドに鍛冶を教わっていた。
基本的に怒鳴るような口調だが、教え方は丁寧でわかりやすい。
「……アルは上達が早い」
などとエイベルに褒められたが、これはガドの指導が上手だからだと断言出来る。
ガド本人は素性経歴を深く語らないが、世に知られるような凄い人なんじゃないかと睨んでいる。
指導中の技量もそうだし、お手本で作る鉄器の出来が、素人目にも名品に見えるからだ。
「ねえガド。何でガドは鍛冶をやろうと思ったの?」
休憩時間中に、そんなことを聞いてみた。
ガドと話すことは楽しい。多くの経験から来る体験談を通して、色々な世界を知ることが出来るからだ。
「にーたすき! にーた、いいにおい! すきッ! だいすきッ!」
それと当然ながら、妹様は工房でも一緒だ。
危険がありそうなものを手に持っている時は遠慮して貰っているが、それ以外は俺に抱きついて離れない。
(そうか、俺の匂いが好きなのか。それは初耳だったわ)
前述の通り今は休憩中なので、俺の膝の上に座って胸に顔を擦り付けてすんすん。
最初ガドは幼児は危ないから入れるなと怒鳴ったが、泣きながらも絶対に諦めないフィーに根負けして作業場に入ることを許している。
(なんだかんだ云っても、この爺さん、フィーを見る目が優しいんだよな)
きっと子供好きなのだろう。『紳士的な意味』で好きだったら困るが。
そのガドが、不審そうに眼を細めた。
「あん? 鍛冶士になった理由? 何でそんなことを知りたいんだ?」
「単純な興味だよ。俺はどちらかと云うと不純な動機で始めたからさ。本格的な鍛冶士がどういう理由で職業に定めたのかを知りたいんだ」
「……俺はお前よりも、もっとダメな動機だぜ」
ガドは苦笑いする。
「うちは代々鍛冶屋だった。それだけさ。親父にハンマーを押しつけられてやってみたら、思いの外、楽しかったのさ。それでそのまま家業を継いだだけだ。誰かのために、なんて考えたこともなかったな」
「でも、天職で良かったじゃないか」
「まあ、な……」
ガドは目を逸らしてヒゲを撫でた。サンタクロースのような、ふわっふわの大ヒゲだ。
マイシスターが触りたそうにうずうずしている。きっと獣人族をもふもふしたい時の俺の心情と似たようなものなのだろう。
そう。つまり俺のもふもふ欲は疚しい気持ちが一切無い。赤心から出たものだ。本当だ。信じてくれ。
「鍛冶士と一口に云っても、それぞれが専門分野を持っているって聞いたけど、ガドはどれなの?」
「一応武器だが、あんまり拘ってねェなァ……。必要なものを必要な時に作る技量があれば、それで充分だろう」
「……それ、ラドンが聞いたら怒ると思う」
エイベルが突っ込みを入れた。休憩時間中のお茶は、なんとこのエルフ様が直々に淹れてくれている。母さんが云うには、「エイベルは紅茶に拘りがあるからね~」だそうだ。
「ラドンって誰?」
「……有名な防具職人のドワーフ」
「何で怒るの?」
「……コンプレックス」
エイベルはそれしか云わなかったので敷衍して貰うと、こういう理由だった。
ラドンは代々武器職人の家に生まれた。
本人も打ち物が大好きで、美しく強い剣を打つことが悲願だった。
だから当然、長じてからは武器専用の職人になった。
けれど本人の希望とは裏腹に、ラドンは武器職人としては二流、良くて一流半でしかなかった。本人の望みとしても、一族の仕事としても、それでは納得できないし、不充分。
鍛冶職として伸び悩み、鬱屈した日々を送っている時に、たまたま防具を作成する依頼が舞い込んだ。本人は武器職人を名乗っているから引き受けたくなかったが、生きて行く為には仕方がない。引き受けた。
すると、途方もない名品が産まれた。
どうやらラドンの天分は防具にあったらしい。
以降、依頼は増えるようになったが、望まれるのは防具ばかり。
武器職人を主張するラドンとしては憤懣やるかたない。しかし彼の打つ剣は矢張り二流のものばかりで、さして需要がない。
やがてラドンは天下の名工との評判を取るようになったが、それは当然、防具職人としてのものだ。
武器職人としての彼には、未来も需要もなく、結局、彼がちいさな頃から望み、夢見た『強く美しい剣』は、作ることが出来なかった。
そしてこの辺がドワーフの頑固さだろう。ラドンの店の看板は、その後も『武器専門店』であり続けていると云う。
贅沢な話だ、と云うのが俺の感想。
防具の方にでも才能があったのなら、恵まれているじゃないかと思うんだが。だって世の中には鍛冶士になりたくてもなれない人だっているだろうに。
「その辺はドワーフと人間の感性の差だな。お前達の感覚で云うと、そうだな。好きな女がいるとして、お前じゃ口説くの無理だから好きでもない別の女で我慢しろ、と云われるような感じかな。あの女じゃなきゃ絶対に嫌だ。何で好きでもない女と結ばれなければならない? という不満が出るのも、少しは分かるか?」
「へえぇ……」
俺に当てはめてみると、フィーを捨てて他の少女を妹として可愛がれと云われるようなものだろうか?
それは認められない。そんなことになっても、俺はフィーの兄を名乗り続けるだろう。
もしくはエイベルの耳を諦めて、ガドの耳で妥協しろ、とかか。……確かに、それは嫌だな。
「……ラドンの場合は自分の弟が優秀だったと云うのもある。何しろ、どんな依頼もこなせる職人で、後進を鍛える親方としても有能だったから」
「ふうん、ラドンって人、弟さんがいるんだ?」
「ま、まあな……」
エイベルの代わりにガドが頷いた。
弟かぁ。
もしも俺に自分より優秀な弟がいたらどうだろう?
リュシカ母さんの子供なら、仲良くできる気はする。現に妹のフィーは魔力ひとつとってみても俺より優れているが、別にコンプレックスは感じない。
問題なのはベイレフェルト家に傑物が生まれた場合だろうか? いや、寧ろ俺より優れた存在が産まれてくれないと逆恨みされるかもしれないから、あちらに才子が登場してくれる方がありがたいのかもしれない。兄弟付き合いと云うのは、難しいな。
何にせよ、ドワーフと付き合っていくなら、こういう感性の違いも理解できるようにならねばいけないだろう。
「難しく考えるな。ドワーフなんて、酒を与えておけば大体の問題は解決する」
俺の胸中を看破したのか、ガドはそう云って笑った。
イメージ通り、件の種族は大酒飲みなのだろう。
「でも俺はドワーフって云う種族自体をよく知らないからなぁ……」
これは完全にこっちの独り言。
背が低く、ずんぐりしてて力と頑丈さと器用さに優れて、頑固で酒好き。
その程度の知識しかない。たとえば寿命なんかがどのくらいかも知らない。
「ドワーフ族が気になるのか? エルフ族と同じで、元は三種類いてな……」
「……エルフはエルフ。分ける意味はない」
ガドが喋ろうとしたら、エイベルが遮った。多分、これはアレだな。前にショルシーナが自分をハイエルフだと云った時に、区別するなと云ったやつだ。
ガドに視線で「どういうことなの?」と訊いてみたら、苦笑いしながら答えてくれた。
「たとえばだ、アル。お前は魔術が使える。だが、お前の母親は魔術が使えない。これを別の種族と分けて考えるか、それとも考えないか」
「いや、分けるも何も、母さんは人間だし」
「そうだな。だが、魔術を使えるものとそうでないものには、明確な能力差がある。戦闘ひとつ取ってみても、貢献度は大違いだ。或いは暮らしに必要な魔道具の作成。これは文化文明を支える重要なファクターだが、魔力持ち以外には作成できない。つまりただの人間には不可能なことだ。人間族の場合は魔力の有無くらいしか違いがないが、ドワーフやエルフは違う。身体能力や寿命にも明確な差異がある。これでも同じと考えるか?」
魔力の有無如きで『別種』扱いはどうかと思うが、流石に寿命まで違うと同一視するのは難しいと感じてしまう。
時間の感覚が違うと云うことには、きっと大きな隔たりがある。
「エイベル様はそれらも区別するに値しないと考えている。エルフはエルフだとな。が、世間一般だとまあ、力ある者は上位種と呼ばれるわな。特に神祖直系とそれ以外は力の差がバカみたいに大きくてな」
アーチエルフは存在そのものが魔法生物みたいなもので、はっきりと「あれは受肉した精霊だ」と評する人もいるくらいなんだとか。強大な魔力で造られた身体は低位の攻撃全てを無効化し、僅かな傷は瞬時に治癒する。
他方、それ以外のエルフは瞬間治癒能力なんか持たないし、攻撃無効化も不可能だ。それが魔術として行われるのではなく、生き物として成されるのだから、別種と云う考え方は確かに正しいと思う。エイベルからしたら不服だろうけれども。
「話を戻すぜ。ドワーフは三種類いた。アーチエルフに該当するドワーフアルケー。これはもう死滅している。何せドワーフには寿命があるからな。だからもう、俺たちの高祖様は存在しない。んで、残りは普通のドワーフと、上位種のドワーフレアルだ。ノーマルとレアルの差は魔力の保有量の差と、身体能力。それから寿命だな。器用さには違いがないから、レアル以上の名工となるノーマルのドワーフも珍しくはない。まあ、武具は魔力を帯びた方が強いから、それでも基本的にはレアルの方が優れた名工が多いんだけどな」
「へええ。それで、ガドはどっちなの?」
「さぁてな。もう覚えてねェよ」
老いたドワーフはにやりと笑った。どちらなのかを断言しないのは多分、エイベルに気を遣ってのことだろう。
ガドの考え方や視点はバランス感覚に優れている気がする。客観的な視座と云うか、区別はするが見下しはしないと云うか。
以前聞いた人間族とドワーフ族の付き合い方を思い起こしても、そう思える。
だから、鍛冶以外も教わってみたいと俺は考えるようになった。俺には知識も常識も足りないし、公平な視点もない。道徳面でも教師役が要る。ガドは、そうたり得ると思った。
尤もストレートに師事しても断られそうだから、雑談という形で吸収していくしかないだろうけれども。
うん、良い師匠だ。引き合わせてくれたエイベルに感謝だな。
そんな風に考えていると。
「めー! にーた、ふぃーとおはなしするの! なでて!」
休憩時間なのに放置してしまったので、妹様がお冠になられてしまった。
「ごめんよ、フィー。ほーら、なでなで~」
「きゃん! ふぃー、なでなですき! もっとなでて! にーたすきッ! だいすきッ!」
そうして、その後の休憩時間の全てはマイエンジェルのご機嫌取りに費やしたのだった。




