第百四十三話 五歳児の六級試験
「おや? 随分と大きな水弾を作ったな。それで一気に攻撃するつもりなのか?」
「ええ、まあ」
アルトくんはスッと指を振りました。本当に何でもないかのように。
――瞬間。
「ぬあァっ!?」
水球から、飛礫のように水弾が生まれ、次々と撃ち出されていきます。さながら、水の砲台と云った所でしょうか。
丸い射出機からは間断なく水弾が放たれています。
このような連続速射は見たことがありません。
まさか『大元』を作り出して雨あられと降らせるなど。
(あ、いいえ! もしかしたら、『これ』であの日、投擲された短刀を弾き落としたのかもしれませんね)
しかし、はて? あの時は、大水球は見あたりませんでしたが……。
とすれば、水ではなく、風など、他の属性魔術を用いたのかもしれません。とすれば、その応用力は凄まじいことになるのでは?
そして、これだけの魔術を顔色ひとつ変えることなく使ってのける、アルト少年の魔力量の凄まじさ。エルフに勝つわけですね。
なんにせよ、これでは複数の魔術師に一斉攻撃をされたようなものです。だから大慌てになりながらも躱してのけたロッサムさんは、凄いのかもしれません。
(と、云うか、全力で避けてますね……。本物の指輪だったら、既にアウトでしょう)
アルトくんは一歩も動かず、水球から水弾を生み出し続けています。
対してロッサムさんは、魔壁を使い、身体能力強化を使い、息も絶え絶えに彼の攻撃を頑張って躱し続けています。
これでは、どちらが『格上』か分かったものではありません。完全に立場が逆転してしまっています。
(確かアルトくんは、魔術の阻害、投擲の迎撃、そして雷絶と、少なくともみっつの魔術を同時使用していました。とするならば、今の状態から、更なる追撃も可能なはずですが……)
にも係わらず、幼い魔術師は攻撃手段を増やしません。
その目はジッと年上の試験官を見つめています。
まるで、攻撃回避の仕方を見学でもしているかのような。
ロッサムさんの回避技術で特に目を惹くのはパリングでしょう。
シールドサイズの魔壁を作り出して、水弾の軌道を逸らしています。これは本来、盾術の領域でしょう。
ロッサムさんは、盾の扱いが巧みだと聞いたことがありますから、その応用のようです。
そして、真っ正面から水弾を受けずに逸らすというのは正しい判断だと思います。
アルトくんの水球は間断なく射撃を続けているのですから、これを受けては動くこともままなりませんし、受け続ければ魔壁は破壊されてしまうでしょうから。
ロッサムさんは体捌きも巧みです。
むやみやたらに躱すのではなく、躱す度に、アルトくんとの距離を潰しています。接近して活路を見いだすつもりなのかもしれません。
「巧いなァ……!」
アルトくんは他人事のように感心しています。しかし、その気持ちも分かります。
単純な数の暴力を回避術とパリングだけでいなし続け、未だ一発も攻撃を受けていないのですから。
これはロッサムさんが魔術師の集団の中に放り込まれても、単独で充分戦闘が可能なことを示します。凄いことなのです。一対多の魔術戦が出来るわけですからね。
「ぬおりゃっ! 喰らえッ!」
試験官とは思えないセリフを吐いて水弾を発射するロッサムさん。
きちんとアルトくんに当てやすい位置から仕掛けているのは流石ですが、残念なことに、彼の水球には、迎撃能力もあるはずです。
あの日見た短刀のように、きっと、はたき落とされるのでしょう。
けれども、アルトくんは『それ』をしませんでした。
「こうかな?」
「なぬッ!?」
ロッサムさんが目を見開きます。
うちの先輩の放った魔術を、ちいさな子供がシールドサイズの魔壁で弾いてしまったのです。
(パリング……!)
まさか、ロッサムさんの動きを見て、覚えたのですか?
「いや、嘘だろッ!?」
驚きながらも、二発、三発と水弾を発射するロッサムさん。そして、そのどれもが、アルトくんに弾き飛ばされてしまいました。
「便利だなぁ、これ。格上の攻撃も場合によっては逸らせるだろうし、何より、魔力の消費が少なくて済む」
「何で……使える?」
「今、目の前で見せて頂いたので」
アルトくんは指を振りました。
水の砲台による射撃が再開されます。
しかし、ロッサムさんには、高レベルの回避技術があります。このままでは千日手になるのではないか?
そう考えたのですが、変化はすぐに訪れました。
「なんじゃァ、こりゃァッ!?」
ロッサムさんの手足が、拘束されていました。
それはこの私が最も良く知る、黒い縛め。
闇魔術の『黒縄』に相違ありませんでした。
「こ、これは、トルディの捕縛魔術じゃねェかッ! お前、闇系統も使えたのかよッ!?」
「それも見たので」
黒い縄は、ロッサムさんの影から生えていました。
私は自分の影を使うのですが、捕縛対象の影を使うならば、確かに速度は意味を成しません。対象と同じ速さで、影も動くからです。
しかし、己以外の影を媒介にする場合は、相当の魔力を消費してしまいます。こんな水弾の雨やら魔壁やらを使って、魔力不足にならないとは、一体、どんなキャパシティをしているのでしょうか。
「よっ!」
アルトくんが指を振ります。
瞬間、パパパパン、と連続で音が響きました。水弾がプロテクターに命中したのです。
「マジかよ……」
完封されたロッサムさんが、力なく笑います。笑うしかないでしょう。それ程までに、アルトくんの力は、図抜けていたのですから。
「それまで。アルト・クレーンプット。実技試験、合格です」
前回自分が云われた言葉を、そっくりそのまま、私自身が告げます。
先輩、ショックでしょうね。
子供に負かされる気持ちは、私もよく知っていますから……。
ちいさな魔術師は、そんなロッサムさんに頭を下げました。
「たくさん勉強させて貰いました。能力減衰状態で、あの動きと魔術の精度を誇るのは、本当に凄いです」
「あ、いや、まあ、な……。はははは…………」
ロッサムさん、引きつってますね。無理もありませんが。今更、種明かしは出来ないでしょう。
「しかしお前、顔色ひとつ変えてねェが……。魔力の残量は大丈夫なのか?」
「ああ、はい。このくらいなら、別に」
「はは……。魔力量には、自信があるってか?」
「まさか……。魔力量が少なすぎて、やれないことばかりです」
「はァ……ッ!?」
アルト少年は頭を下げて去って行きました。
去り際に見せた寂しそうな笑顔は、私が受験者の時に、何度も見た類のものです。
それは、自らの力不足を嘆く場合の落第者のそれに、相違ありませんでした。
「……トルディ。最近の子供は、あれくらい出来て当たり前なのか?」
「そんなわけ、無いでしょう。だとしたら、この会場が子供の受験者で埋まってますよ」
「そうだよなァ……。じゃあ、あいつは何だったんだ?」
そんな問いには、私も答えられません。
分かっているのは、彼は成果を出しても一切慢心しないと云うこと。
そして、これ程の才がありながら、決して自分を優秀とは考えてもいないようだと云うことだけでした。




