第百四十話 study & creation
「やったああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
西の離れに、エンジェルボイスが響き渡る。
それは、ある家具を見て、フィーが大喜びをしたからだ。
――机。
漢字にして、ひと文字の家具。
それが、妹様の前に置かれている。
「ふへ……ッ! ふへへへへへ……! ふぃーの! ふぃーのつくえ! ふぃーだけの、つくえ! ふぃー、うれしい! ふぃー、しあわせ! ふへへへへへへへへぇ……ッ!」
あーあーあーあー……。
マイシスターの頬がゆるみっぱなしだ。
出来立てほやほや。新品の机を前にして、昂ぶるテンションを押さえられないらしい。
「良かったわね、フィーちゃん。でも、ちゃんとアルちゃんにお礼を云わなければダメよ?」
「うん、いうッ! ふぃー、にーたに、いっぱい、かんしゃする!」
云うが早いか、俺に駆け寄って、抱きついてくる妹様。
そう。
この机は、俺がフィーの為にと用意した物だ。
と云っても、商会で購入したわけではない。この兄の手作りなのだ。
「にーた、にーた! ちょっと、かがんで?」
「おう。こうか?」
「ふへへへ……ッ! にぃさま! ふぃーにつくえつくってくれて、ありがとーございます! ちゅっ!」
キスされてしまった。
そして何故か、キスしたほうのフィーがデレデレ顔になっている。
「やややんややん!」
うかれているのか、おしりをふりふり。
「やんややーんっ!」
機嫌良さ気に、おしりをふりふり。
思わず得意のダンスを披露するくらい、喜んでくれたようだ。
さて。
机を作った理由についてだ。
これには、ふたつの意味がある。
ひとつは、木工の練習。
俺はガドから木材の加工技術も教わっているので、そのひとつとして、マイシスター専用デスクを作ってみた。
まだまだ難しい加工は無理だけれども、シンプルで小型の机くらいならば低難易度だし、練習にも、もってこいだ。
フィー用の机は、俺が普段使っている出文机のように、イスに座らず、床におしりをくっつけて使用する、台の低いものだ。
ようはまあ、ちゃぶ台みたいなものだね。
一応、デスクと銘打っているので、引き出しも付いている。
これで妹様も『宝箱』以外に筆記用具や画用紙をしまっておけるだろう。
今までフィーがお絵かきや文字を書く時は、床に寝そべって書くか、俺の膝の上に座って、俺の机を使うことが殆どだった。
しかしこれからは、自分の机でペンを走らせることが出来る訳だ。
それこそが、もうひとつの作成理由だ。
年が明けたら、フィーはフィー自身の勉強を、本格的に開始することになる。
普通は三歳で勉強なんて始めないのだが、この子は天才だ。既に、明晰な頭脳を持っている。
無理に教育を押しつけるのではなく、未来への選択肢を増やすために、学問を修めて貰うことになった。
もちろん、この子がやる気を見せていることが、決断の理由だ。
まだ遊んでいたいと云うのなら、俺はそれでも構わないと考えただろう。
けれども好奇心旺盛なこの子は、自分から勉強をすると云い出したのだ。偉い!
――平民に学問は必要無い。
そう考える人もいるが、これは完全な間違いだと俺は思う。
良い悪い以前に、無学だと単純に損をする。
これだけでも、ものを知り、学ぶ価値はあるだろうと断言出来る。
わざと下々に知識を与えたくなくてそう発言するなら、セコいと思いながらも理解は出来るが、そういった『政治的理由』抜きで勉強など不要と云う人間が結構いることに、俺は驚いた。
西の離れの使用人たちなんかも似たような陰口を俺たち兄妹に云っていたし、駄メイドのミアや、その友達のイフォンネちゃんには、平民自体がそう考えがちなのだと云われたことがある。
だから、どちらかと云えば、『常識』に近い錯誤なのかもしれない。
王都やセロなどの大都市は識字率が高く、田舎や僻地は文盲が多い。
それがそのまま職業選択の自由、ひいては貧富の差に繋がるのだから、無学でいて良いと思うのはおかしいのだが、その『おかしい』と考えられること自体が、知識の差によるのかもしれない。
なんにせよ、フィーには犀利な頭脳がある。
放置するのは、勿体ない。
しかし、当家に学問の師を雇う余裕なんかない。
なので、俺と母さんとエイベルが先生だ。
「ふへ……ッ! にーたが、ふぃーのせんせい! ふぃー、それうれしい! ふぃー、にーたすき!」
うん。
この子にとっては、勉強も俺とのコミュニケーションの手段や、遊びの一環と考えているのかもしれない。
まあ、フィーのためになるのなら、何でも良いのだが。
「ああ~~っ! うちの子供たちは天才だわー! お母さん、鼻が高いわー!」
母さんが、そんな風に大喜びしている。
俺は兎も角、フィーは紛れもない麒麟児なので、実際にリュシカ・クレーンプットと云う人の仔出し能力は優秀なのかもしれない。
「フィーよ……」
「なぁに、にーた? ふぃー、にーたすき!」
「プレゼントは、他にもあるのだ」
「…………っ!」
ぴくんっ、とマイシスターが身体を震わせる。
そしてそのまま、可愛らしい両手を俺に伸ばして身体を掴んだ。
「きょう……。せけんは、ふぃーのたんじょうびだった……!?」
それは先月かなー……。
まあ、種明かしをしてしまうと、こないだのエルフ騒動の時に商会で買った物を渡しそびれていただけなんだが。
「これだ。これがフィーの、新アイテムだ」
「……! これ、は……!? ふぃー、これしらない! でも、これきになる……!」
フィーの『面白いものセンサー』が激しく反応した。
そんなに大した物ではないのだが、この子の性格だと気に入るかなと思って買ったのだ。
「これは……粘土だ」
「ねんど……!? これ、ねんどいう……!?」
子供の遊び道具の定番、粘土である。
地球世界でも低年齢の頃から楽しめる逸品だ。
うちの妹様は泥遊びとか大好きだからな、絶対に波長が合うと思うのだ。
商会で販売されている粘土は、作業用の板やヘラ、ローラー、型抜きなども完備している。
こねる以外の遊び方も出来るようになっているのが嬉しい。
売り込んだのは、ドワーフだったとか。
ドワーフ族は子供の頃から、こういう『作る遊び』を好むらしい。それが創作力に繋がっているようだ。
ドワーフ族は昔から粘土をこねているので、子供が安全に使える素材も理解している。
当然、この商品も安全だ。
じゃなきゃ、お子様用商品として、商会も採用しない。
(実は粘土は小麦粉と塩でも作れるんだけどな……)
まあ、この世界じゃ、食べ物で遊ぼうとは思わないだろうな。
「にーた! ふぃー、これ、やってみたい! おしえてほしい!」
「よし! じゃあ、やってみるか! まずは、板を敷こう!」
腕まくりをして、粘土で遊ぶ。
子供はまず、粘土の感触を特に楽しむ。
ただ単に、こねるだけで楽しいのだ。『何かを形作る』と云うのは、その『後』に来る。
――はずなのだが。
「ふへへ……! ふぃー、どーぶつつくる! わんわん! わんわんがいい!」
フィーは犬派なのかな?
そう云えば数少ない外出で犬を見かけると、撫でたそうにしていたからな。
まあ、『飼いたい』とまでは発展しないのが、フィーらしいと云えば、らしいのだが。
「……てか、初めてなのに、上手いな……!」
いつも砂場で遊んでいる経験からか?
いや、これは単純に、それだけでは済まない出来映えのような……?
「フィーちゃんには、土をこねる才能があるのかもしれないわね! もしかしたら、陶芸家にも、なれるかも! 流石は私の娘だわー! 天才! 天才よーっ!」
それは流石に大袈裟だと思うが。
しかしこの子なら、本当に何でも出来てしまいそうとも思ってしまう。
これが兄バカか……!
その後、俺たちは、母さんも加えて粘土で遊んだ。
年が明ければ、フィーは勉強の開始。俺は六級試験。
また忙しくなりそうだ。




