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妹のいる生活  作者: むい
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第百三十九話 貴方と、ゆさわりを


「完成だーっ!」


 十二月も終わりに近づいてきたある日。

 俺は、ある揺動系遊具を完成させていた。


 その名はブランコ! 


 ちいさな子供からリストラされたオッサンまで、幅広い人種がギーコギーコやっている、公園の定番設備である。


 庭にあるでかい木を見た時から、いつか作りたいなと思っていたんだよね。


 けれども不要不急の遊具ともなれば、後回しにするより他にない。加えて、俺は幼い。木登りして枝の先に乗って作業するのは、母さん的にもNGだった。


 しかし、エイベルに下で見ていて貰うことを条件に、この度、ついに説得に成功したのだ。


「ふおぉおおぉぉぉおぉおぉぉ~~~~っ! にーた、これなに!? ふぃー、これきになる! ふぃー、にーたすき! だいすきッ!」


 完成したブランコを見て、フィーが激しい興味を抱く。


 三歳児のこの子を高い木の枝に登らせるわけにもいかないので、作業中は下で待っていて貰うと告げると、不平タラタラ。


 今にも泣き出しそうな気配だったが、遊具が出来上がると、それらの感情は、ものの見事に吹き飛んだようだった。


「よーし、よしよし……」


 板の丈夫さと角度。ロープの耐久性と長さ。いずれも問題なし。

 なかなかの出来映えだ。

 苦労して作った甲斐があったと云うものよ。


「……鞦韆(しゅうせん)を見たのは久しぶり」


 エイベルがそんな感想を漏らす。

 エルフの里にも、ブランコはあるらしい。


 あ、ちなみに鞦韆と云うのは、ブランコのことだよ。


 なんと、この世界で最初にこの手の遊具を作ったのは、エルフの高祖様のひとりなんだそうだ。


 まあ、森の中には丈夫なツタとかあるだろうしね。

 着想を得やすい環境にはあったんだろうさ。


「フィー、乗ってみるか?」

「のる! ふぃー、これきになる! ふぃー、きにいるけはいがする!」


 そっかー……。

 気に入る気配がするかー……。


「フィーちゃん、ブランコには、ひとりで乗っちゃダメよ? 必ず、私かアルちゃんと一緒じゃないと、危ないからね?」


 もっともらしいことを云いながら、我先にとブランコに腰掛けるマイマザー。

 未だに中身がでかい子供のような御方だからな……。


 俺はマイシスターを抱きかかえて運搬し、母さんの膝の上に乗せる。


「母さん、フィーを落っことさないでくれよ?」

「大丈夫よぅ! 大切な我が子だもの。そんなことはしないわ! ささ、アルちゃん。揺すって、揺すって?」


 背後から押してやると、ブランコはゆっくりと前後に揺れ始めた。


「きゅきゅーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ! これたのしい! ふぃー、これきにいった! ふぃーの、よそくいじょーのたのしさ! ふぃー、にーたすき!」

「そこはお母さん好きって、云って欲しいわ~……。でも、ブランコなんて久しぶり! セロの公園では、よく遊んだのよねー。お父さんたち、元気かしら……」


 おっと、妙なところから里心が付いたようだ。


 甘えん坊気質な部分もある母さんだ。久しぶりに両親に会いたいに違いない。

 今年はもう無理だが、来年は、何とかまた、里帰りをさせてあげたいな。


(セロの街と云えば、作ってあげると約束をした、ブレフの剣とシスティちゃんのアクセサリは、まだまだ完成には程遠いんだよなァ……)


 アクセサリは現状の技術でも何とかなりそうだが、問題は剣だ。


 未だに、なまくらの域を出ない。

 壊れやすい剣なんて危ないだけだからな。


 魔剣化すれば頑丈さだけは確保できるが、そんな歪なものを使わせるわけにはいかない。

 そもそも魔剣を作れることを知られるのはマズいのだ。


 だから結局、真っ当に実戦に耐えうる剣を作れるようにならねば、贈ることが出来ない。

 アクセサリと同時に完成させるのは、諦めるべきかもしれない。


 ガド曰く、一応、俺の鍛冶の技量は進歩しているらしいから、こればかりは気長にやっていくしかないね。

 すまんな、ブレフ。


「ふふふふふふー……。楽しい、楽しいわー!」

「きゃーっ! きゅーっ! ふぃー、これすき! ゆれる、たのしいッ!」


 ブランコがあるのは砂場の近くなので、何と云うか、本当に公園みたいだ。

 このエリアがフィーのお気に入りになるのは、確定だろう。

 ともあれ、あの子が喜んでくれるなら、俺も作った甲斐があったというものだ。


 きゃっきゃとはしゃぐマイエンジェルとマイマザーを、俺とエイベルが隣り合って眺めている。

 だから自然と、会話の相手はこの人になる。


 今の話題はブランコではなく、エルフのこと。

 あの家出娘ちゃんたちの、顛末だ。


「ほーん……。保身のためにねぇ……」

「……ん。それが里長の動機だった」


 家出娘ちゃんは自分のお母さんを助ける為に、コッソリと里を出た訳だが、残された彼女の身内は、そこから異なる反応を示した。


 トロネパパは、娘が単純に心配だった。

 そして、高祖様に迷惑を掛けてはいけないとも考えた。

 だから、商会へ相談して捜索を頼むと云う、有効にして真っ当な手段を選んだ。


 他方、祖父である里長のほうは、複数いる孫娘に、それ程の思い入れはない。


 ピートロネラと云う少女は長の孫であっても、嫡流ではなかったから、あまり顔を合わせる機会もなかったようだ。

 事実、彼女からの長の呼び方も、『お爺ちゃん』や『お爺様』ではなく、『里長様』であったらしい。


 つまり長から見ればピートロネラは、『里にいるエルフのひとり』と云う程度の位置づけだ。


 しかし、関係が薄かろうと孫は孫だし、加えてトロネパパは里の有力者のひとりでもある。

 そんな存在から問題が生じれば、当然それは、長の責任となるわけで。


 許せない。

 不名誉だ。

 あってはならない。


 その思いが、あの三名の派遣だった。


 人間族の生活領域で人間族を害してしまうと云うのは、場合によっては種族間戦争にもなりかねない大問題だ。

 しかし一方で、内々に処理してしまえるのならば問題は生じない。

 無謀にも、そう考え、実行しようとしたらしい。


 あの三人が単なる無能ならばそんな試みはしなかっただろうが、追跡者たちは愚かであっても、無能ではなかった。


 実際、ごく短期間のうちにピートロネラの行く先を特定し、この広い王都の中で発見してのけている。


 しかも人払いの魔術すら行使出来、俺やトルディ女史に勝利出来てさえいれば、死体の隠滅と事件の隠匿自体は、短期間ならば可能であったと思われる。


『彼を知り己を知れば、百戦殆からず』の原則を知らず、猪突して玉砕したと云うのはフォローのしようもないことではあるのだが。


 家出娘ちゃんへの攻撃も、『孫娘の確保』よりも『高祖への直訴の阻止』と『里への責任問題』を最優先した結果であると。


 ちゃんと一度は口頭による警告をしているので、そこから先は、ピートロネラの自業自得。


 戻ることを拒んで高祖への直訴を続行しようとしたとあっては、斬り捨てるのもやむなしではないか、と云う理屈であるらしい。


 何にせよ、あの三人組は、ある種の残念さと一部優秀な実行力の保持者だったようだ。


 里には里の守り手がおり、長はその中から、追跡と隠滅能力に長け、かつ場合によっては手を汚すことも厭わない性格の持ち主として、彼らを抜擢したのだと。


「それで結局、里長や三バカトリオはどうなるの?」

「……エルフにはエルフの法がある。良くて禁固刑。場合によっては、死罪になる」


 エイベルはいつも通り『エルフ』の一言でくくっているが、ノーマルエルフにはノーマルエルフの。ハイエルフにはハイエルフのルールがあって、あまり干渉はしないんだそうだ。

 その中で裁かれることになるだろうとの話。


 半分巻き込まれた高祖様は、だから余程のことでもない限り、口を挟むつもりがないのだと云う。


「……私が言葉を発すると、いちいち大仰に取られてしまう。却って問題を発生させる危険性がある」


 綸言汗の如しと云うべきか。

 立場やら身分やらがある人は、大変だねェ……。


「一番の当事者、ピートロネラは、どうなったの?」

「……里からの追放。年に一度、一日のみ戻ることを許されていると聞いた」


 ありゃりゃ。せっかくお母さんの病気が治ったのに、離ればなれか。

 まあ身内のためとはいえ、彼女が騒動の大元だ。

 無罪放免とは、いかないのだろう。


「……ピートロネラはずっと里で暮らしていた。だから外に知己はいないし、生活する術を持たない。それで結局、今回知り合った人間の魔術師が彼女を保護したらしい。暫くは、この王都で暮らしていくはず」


 ……今回の事件での一番のとばっちりは、トルディさんなのかもしれない。

 あの人、この件とは、一切の無関係だったはずだよね?


 俺が唸っていると、エイベルは頭を撫でてきた。


「……アルが無事だった。……私は、それだけで良い」


 本当に心配を掛けてしまったんだなァ……。


 まあ実際、あのエルフたちが俺以上の実力者だったら、俺は死んで、今ここにはいなかった訳だしね。

 自重しなければいけない。

 エイベルや母さんを不安がらせるようなマネは控えなければ。


「にーたああああああああああああああああああああ! つぎ、ふぃー、にーたと、ぶらんこのりたい! にーた、こっちきて? ふぃー、にーたに、だっこしてほしい!」

「あー! 私も私も! お母さんも、アルちゃんと乗りたいわー! さ、来て来てー?」


 新設遊具が気に入った親子ふたりが、大輪の笑顔を咲かせてこちらに手を振っている。


 そんな俺の背中を、エイベルが押した。


「……リュシカたちが呼んでいる。行ってあげて」

「うんにゃ」


 俺は振り返って、恩師に手を伸ばす。


「エイベルも行こう。俺、エイベルと一緒にブランコに乗りたいな」

「……っ!」


 エルフの先生は一瞬だけ身を竦め、


「……もう」


 小さく呟き、それから、手を握り返してくれた。


 その顔には、ほんのわずか――可愛らしい笑みが浮かんでいた。


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